いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年11月01日

(139)広尾「ヨシダハウス」

町中華の跡地にできた
愛すべき町フレンチ


「では、次回はビストロとか、いかがですか」と一口に言っても、意外と受け止め方はまちまちだ。ビストロは単に安価なフランス料理店とは異なるカテゴリで、カジュアルなレストランとも違う気がする。
現実にパリのビストロは、東京とは比較にならないぐらい狭く、時々となりのテーブルの皿を誤って食べてしまいそうになるくらい。量が多いだけでおいしくないケースも多々ある。そんな意味でも、日本のビストロのほうがずっと幸せだ。

広尾と恵比寿の中間あたり、明治通り沿いの「ヨシダハウス」。ここができる前は、何を注文しても同じ味がする町中華だった。広尾にも恵比寿にも背を向けつつ長くがんばっておられたので、ぼくは時々ビールを飲んだ。しかし、ついに閉店して改装が始まり、レストランが出来上がった。

完成を目の当たりにして、よくできているなあと嘆息した。日本人がイメージする、いかにもパリの街角にありそうな佇まいなのだ。パリの場合、街全体が放つオーラの中にあってこそ「佇む」のだけど、「ヨシダハウス」はすぐ近くにベタな日本の交番がある環境でも、その周りだけに違うスポットが当たっているような異彩を放っていた。以前の町中華同様、広尾にも恵比寿にも迎合しない孤高な雄姿が魅力だ。

何度か通うと慣れてしまうのだけど、入口をどこに設けようかと、シェフの吉田佑真さんは悩んだのではないか。以前の町中華とは少し角度が違う気がする。店内も、ギシギシと木がこすれるような音の感触とガス燈に近いオレンジの灯りで、ぬくもりの中にある活気が食欲まで大きくする。

客層は決して良くはない。「ハウス」なる店名を拠り所とするのか、Tシャツに短パンや、やたらご近所感を出す人たち。ビストロがカジュアルなところという主張は分かるも、あくまで異国の料理を提供する店なのだ。そこに対する敬意はほしい。

料理は、ビストロというベーシックな概念の上に日本人としての工夫と技巧がある。野菜や魚介類は日本の風土を生かして多種多様に盛り込むし、パテ・ド・カンパーニュには、田舎風を頭一つ抜けた広尾らしさがある。でも、ムニエルやステークなどのメインを食べ終わるころには、ああ、腹いっぱいフランス料理を食べたなあ・・・との満足感で頬が緩む。もう一年以上フランスに行っていない寂しさも、「ヨシダハウス」ではしばし忘れる。

料理も十分にリーズナブルだが、ワインはさらに安価な値付けで上質なものを揃え、ビストロの域を越えたサービスにも頭が下がる。店名が英語なのは、より身近なものとしたい意図だろうか。もしくはメゾンみたいなフランス語の仰々しさを嫌ったか。すべてに愛らしい、そして愛されるレストラン。長く大切に付き合っていきたいと思う。

「ヨシダハウス」
⚫︎東京都渋谷区広尾5-20-5
⚫︎03 5860 2139
⚫︎18時〜翌2時LO
⚫︎月休(月1回不定休あり)
posted by 伊藤章良 at 12:11| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする