いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年10月01日

(138)大阪「ゴメンネJIRO」

東京にはない。大阪が誇る
コスパよすぎるやん、な洋食店

インターネット黎明期から現在に至るまで、その世界をずっと牽引し続けている佐藤尚之、通称ささとなおという友人がいる。彼と初めて出会ったのが20世紀の終わりごろなので、すでに20年以上になる。出会ったころ彼は、仕事の関係で大阪勤務だった。今では何の不思議もないが、当時、大阪勤務の彼と東京在住の自分が自然に出会えるほど、すでにさとなおさんはインターネットに親しんでいた。

さとなおさんは、東京生まれ東京育ちながら、コテコテな大阪にも溶け込んでいて、ネット上だけではなく新聞や雑誌でも食に関する情報発信をしていた。そんな彼が書いた、確か全国紙の大阪ローカル紙面でのグルメ連載は、今でも強烈に印象に残っている。それは元々コピーライターだったさとなおさんらしい、食とコピーライトの融合だ。

ある年の4月の連載テーマは「春はあげもの」だった。今、「春はあげもの」と聞いて、どの程度の人が枕草子の第一段冒頭「春はあけぼの やうやう白くなりゆく・・・・・・」を思い起こすのか想像がつかない。しかし、食に枕草子を結びつける発想は、東京のぼくにも興味津々だった。

そして「春はあげもの」特集の初回に取り上げていたのが「ゴメンネJIRO」という洋食店だ。この、一度耳にしたら決して忘れない店名までも、計算されていたのであろうと感じるほど巧みな導入だつた。

かの連載から20年以上が過ぎ、ぼくはやっと2020年夏「ゴメンネJIRO」の客となった。「ゴメンネJIRO」とは、歌手・奥村チヨの初期のヒット曲だとピンとくる人は、もう少ないだろうなぁ。奥村チヨの代表作といえば「恋の奴隷」。悪い時はどうぞぶってね〜♪ などと、なかにし礼作詞ながら、今の世では絶対に許されない内容。当時でも、この歌詞は紅白歌合戦にはふさわしくないとして歌えなかったようだ。

「ゴメンネJIRO」は、大阪の天満エリア。大阪人は、その中心である天神橋筋六丁目を短縮し、親しみを込めて「てんろく」と呼ぶ。今や大阪梅田を挟んで環状線の二つの駅、福島と天満が大阪でも人気急上昇のグルメゾーンとなっている。実は天六は、大阪の我が実家から徒歩圏なのだが、子供のころは、親と一緒ではないと踏み入れられない場所だった。

「ゴメンネJIRO」は、間違いなく東京にはないタイプのレストランだ。大阪そのものを堪能したいなら、ぼくは「ハジメ」より価値があると思う。入店すると、常連でもないぼくに対しても、シェフは「いやー、ぎっくり腰やっちゃってさぁ」と、腰をさすりながら挨拶代わりに声をかける。洋食店としてのメニューは過不足なく揃うし、「ちょこっとエビフライ」「ホウレン草のネギ焼」「牛のたたきJIRO風」など、気になる皿も豊富だ。酒のリストには、赤白ワイン、日本酒、焼酎は一種類しか置いておりません。今後も増やすつもりはありませんと、きっぱり明記。なんという潔さ、カッコよさだろうか。これだけの歴史ある繁盛店なら、うちの酒を置いてくれと酒販店も後をたたないだろう。さらに店としての利益も見込めるはずだ。しかし、わずらわしい作業は排除して、ひたすら料理に集中したいとの意思表示と受け止めた。

スタートは、前菜の盛り合わせをお勧めする。洋食屋さんらしい、スモークサーモンやマリネなどを盛り込んだプレートが、信じられない価格で提供される。次いで、お好みの定番洋食へと進む。さとなおさんがあげもの特集で紹介されたように、ビーフカツなどのフライ類は白眉で、今まで体験したことのない食感のハンバーグもぜひ。

といいつつ、一番舌を巻いたのがエビピラフ。出された瞬間、ほんのり赤いライスからぐわっとエビの香りが立ちのぼる。まるでビスクのようだ。洋食店のエビピラフといえば、エビと冠しつつ、ほとんどそれは色どりの一アイテムであることが多い。思わずシェフに、これはとてもおいしいですねと嘆息をもらすと、最初に生のエビからじっくり火を入れてるんですよ。その分、時間と手間はかかるんですけどねと事もなげに返答する。

シェフに「まだ食べるのですか?」と笑われながら、前菜盛り合わせからエビピラフまでを二人でたいらげ、ビールと赤白ワインをボトルで飲んで、9千円で釣りが来た。過去に一度も使ったことのない和製英語で叫ぶなら、コスパよすぎるやん。

洋食は、フレンチやイタリアンと同じぐらい手間がかかるも、ぼくたちに身近な分、価格を上げることが難しく、洋食店は今や絶滅危惧種である。いっぽう、大阪の天六には、「ゴメンネJIRO」という圧巻のグレートバリューを誇る繁盛店も存在する。ニューノーマルの時代でも、生き残る施策が確実に大阪にあることは、洋食店の未来にとって明るい材料になってほしいと願う。

「ゴメンネJIRO」
●大阪府大阪市北区池田町8−9
●06-6354-0480
●17:30〜22:00(LO)
●日休
posted by 伊藤章良 at 22:37| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする