いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年10月01日

(116)イタリア「オステリア・フランチェスカーナ」

訪れる客の質も一流。モデナの郷土愛に
満ち溢れた世界最高峰のイタリアン


つい最近、突然謎の閉店をしてしまった某イタリアン。店主の奥様が焼くピッツァがおいしいと評判の店だった。
以前こちらで食事をしていた際、店主がぼくたちに「オレはアジアのベスト50に入るんで、イタリアンはもう辞めるんだ」と言い出した。確かに賞を獲るという観点では、日本のイタリア料理はなぜか分が悪い。しかし、炭酸水(サンペレグリノ)のメーカーがスポンサーであるランキングに対し、それほどまで強い魅力を感じるものなのかと驚いた。
ただ、このランキングが始まった当初は本当にそう受け止めていたものの、日本でのミシュラン同様、年月が経って定着すると権威も後からついてくるような気がする。
アジアのベスト50に日本のイタリア料理店は一軒のみ。しかも個人店ではなく、各国のイノベイティブ料理を渡り歩いて修業した外国人がシェフ。日本の場合、ミシュランも同様にイタリア料理への評価が低いとはよく言われることだが、ぼくは、投票者や審査員のレベルが低い、もしくはきちんとした評価基準が定められていないだけだと考えるのだが。

個人的には、ベストレストランなどにお金や知恵を投資するなら、今は成城石井でしか日常的に買えないサンペレグリノを大手コンビニで販売してほしいと切に願う。実はあの炭酸の感じが大好きなのだ。

さて、批判ばかりもよくないと思い、かたや世界のベスト50に目を向けると、イタリアのレストランは日本と同様3店がランクインしていて、しかも2018年の一位は、イタリア料理店だ。であれは、その店に行ってみようと思い立ち、イタリアはモデナまで出かけた。

モデナは、フェラーリ、バルサミコ、広義にはパルミジャーノ・レッジャーノも発祥の町である。自動車産業や食品、酪農業等、イタリアといえばが山盛りだ。世界三大テノールと言われたルチアーノ・パヴァロッティもモデナの出身。芸術のそして大人の雰囲気を感じさせる、住んでみたくなる町だった。

Googlemapをもちろん使っているものの、スマホを見ながらレストランまで歩く無様なことをしたくなかったので、ホテルフロントにて「オステリア・フランチェスカーナに行きたいんだけど・・・」と質すと、「Tonight?」と一言睨まれた。お前はこのレストランがどれだけすごいか知っているのか、今夜の予約が取れる訳はないだろうと言いたげな表情だ。
言葉が足りなかったぼくは、「いや、すでに席は取ってあるので道順が知りたい」と返すと、フロントマンの表情は180度変わった。街を見学しながらぶらぶらいくルートと最短のコースの双方を実に丁寧にレクチャー。イタリア地震のときも含め、公的な支援活動もさかんに行うこの店は、モデナの誇りでもあるのだろう。

「オステリア・フランチェスカーナ」へは、予約の15分前に着いたが、ドアに鍵がかかっている。以前は店内にウェイティングがないとミシュランで三ツ星は取れなかったとも聞く。時代は変わったなあ。そう、「オステリア・フランチェスカーナ」は、世界ベストレストラン一位とともにミシュラン三ツ星でもある。

時間まで店内に入れない分、当日の客が店の周りに集合する。中にはフェラーリを店の前に路駐して颯爽と降りてくる男女もいる。一組の女性同士をのぞきすべてがカップル。無粋な三ツ星コレクターやSNSで旗揚げして集まったようなグループは皆無。すばらしいことだ。しかも女性は今まで見たこともないような美人ばかりで、ここは映画祭のレッドカーペットかと見間違う。「オステリア・フランチェスカーナ」に誘われて断る女性もいないだろうから、予約の取りにくさに匹敵する高いレベルも納得だ。

ぼくは自分の妻とこの店に来られたことを誇りに思いつつ、糟糠の妻を伴って入店した。
店内にはジャズの名曲「バードランドの子守唄」が流れ、季節のメニューのテーマはオータム・イン・ニューヨークとあった。シーズンごとに来ることができるならそれもいいが、こちらで季節のメニューと言われてもなかなか手が出ない。しかもメインデッシュが和牛だったので、クラシックのメニューをチョイスした。

アックア(水)の希望を訊かれ、コンガス(ガス入り)と答えると、当然ながらサンペレグリノが運ばれ、食事が始まった。
この世界ベスト50に入る店は、スペイン、アメリカ、フランス、そして日本と何店舗が訪れたことがあるが、イノベイティブと言われる無国籍なフュージョン料理ばかり。その土地まで出かけているのに、その場所を感じることができない場合が多く、とろろ昆布などが皿に載って出てくると愕然とする。ところが「オステリア・フランチェスカーナ」は、以前見知ったベストとは異なった。世界ベストの流れからして、この店が一位なのか不思議だし、逆にここを一位に選ぶ世界ベストレストランを改めて見直すことにもなった。
盛り付けも派手ではない、色とりどりでもない、皿の上で何か造形やサプライズを創ろうとするでもない。それぞれの皿は、モデナへの郷土愛に満ち溢れた究極の職人技なのだ。

これはイタリア料理なのかと思わせるほど幾通りもの味のベクトルが違うソースが皿の上を満たし、その多くに地元産のバルサミコが使われる(使うためにソースを多用するのかもしれない)。ソースには、もはや泡も液体窒素もないが、どう考えても紙にしか見えない触感と食感がソースとしての存在だったり、ウナギの切り身に絶妙にまとわせた酸とほのかな甘みは、見た目もテイストも日本の蒲焼を想像させた。

シェフのマッシモ・ボットゥーラは、イノベイティブ料理の元祖ともいえる「エル・ブジ」にて修業をしたことはよく知られるが、アメリカにもいたらしい。コースの後半は、そんな経験も垣間見る。イタリアでは比較的珍しいアメリカンフーズの新解釈だ。今までベースとなってきたモデナの郷土料理は、その都度スタッフから伝えてもらわないとなかなか実感できないが、「シーザーサラダ」「ポップコーン」とくれば、世界の誰もが知る。こういったテイストに対するシェフの考えや造形を提示することによって、コーストータルでの理解を深めようという試みだろうか。
もちろんいずれも、その名の料理(スナック)とはまったく異なるが、特にアメリカへのイタリア移民が作ったとされるシーザーサラダは、様々な葉野菜が幾層にも重ねられ、しかも特徴であるパルメザンチーズを強く感じさせることなく、葉野菜の香り、というか大輪の花びらをいただいているような感覚になった。

最後に余談だが、その日店内では、公開プロポーズが催された。あらかじめレストランにお願いしていたようで、スタッフや客から惜しみない拍手が贈られ、とてもとてもステキで非日常な時間だった。というのも、プロポーズをしたカップルは、その日唯一の女性同士だったからである。

「Osteria Francescana」
https://www.osteriafrancescana.it/
posted by 伊藤章良 at 11:43| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする