いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年04月01日

(111)大阪「anju sachi」

切り盛りするのは超美人な店主がひとり。
祖母の技を継ぐナチュラルな韓国料理の店

深夜のグルメ番組を見ていたら渡部建さんがゲストで、変わった調理法や珍しい料理を出す地方の店を紹介していた。そして渡部さんは、そんな料理人のことを「彼らは変態なんですよ」と言った。

SNSの中のごく一部の人たちが、変わった調理法や珍しい料理を出す地方の料理人を「変態」と称している様子を目にしたことがある。でも、おそらく視聴者の90%以上は変態=犯罪者との認識だろう。しかも、いかにも犯罪者のような料理人の写真までテレビ画面に登場していた。

ただ、ぼくがもっと驚いたのは、そこに同席していた老舗料理雑誌の編集長までもが、かぶせるように「ど変態ですよ!」と叫んだことだ。正しい日本語を扱うことが仕事の編集者が、公共の電波で変態という言葉の及ぼす影響を考慮しないものなのだろうか。かくして、たまたま一緒にテレビを観ていた母が、「この人って変態なの?」とぼくに聞いた。

変わった調理法や珍しい料理って、昨年スペインを訪れても感じてきたが、すでに過去の潮流である。というか、一瞬にして模倣され一般化し、今や単なる化かし合いのようにも見える。「変態」ではない優れた料理人は誰も、そんなことを極めようとか勝負しようと思っていない。ぼくも純粋に、おいしい料理が食べたいだけである。しかも、体によいものなら、さらに嬉しい。

大阪で、まさにその言葉にぴったりくる店と出会った。「anju sachi」という。大阪梅田から徒歩圏。関西では著名な神社、お初天神横の雑居ビルにて女性が一人で営む韓国料理店である。

ぼくは自ら選ばないジャンルの一つに韓国料理がある。特に東京の大久保界隈で乱立するそれらの店は、どの店も同じ味、どの料理も同じ味に感じてしまう。最初の一口は強いインパクトながら、添加物やうま味調味料の大量投与にて、早々に食欲が失せる。もちろんそんな店ばかりではないことも認識している。しかし、自分の舌の記憶あるのは、ほとんど同類ばかりだ。

ところが大阪は本場。底力が違う。一瞬にして魅力に取り込まれた。
「anju sachi」店主の大山佐知さんは、つい先日までメインは主婦だった。お子さんが手を離れたのを機に、一念発起して念願の料理店を持った。そこには、自分が大好きだったおばあちゃんの味を、きちんと残したい、再現したい強い気持ちだけがある。彼女の舌の確かな記憶に、確固たる技術力が加わり、極めてシンプルながら、今までほとんど口にしたことのない陶然とする韓国料理に仕上がっていた。

最初に出されたスープの衝撃、そして自然な食材の味をきちんと残したナムル。韓国らしいピリ辛の方向に振れても、そこに今までぬぐいきれなかった抵抗は感じない。韓国語でジョンと呼ばれるピカタのような皿。愛あふれる母の味だ。と、この辺までがセットとして提供される。
小さな店で、すべてが手作りなので、メニューは多くない。さすれば、今日あるものはすべていただいて帰ろうと、そんな気になった。

添加物まみれのものしか食べたことのないチャプチェは、ここではまるでサラダのようだ。酢の物に含まれた辛みに朝鮮半島の主張を感じ、ホルモンの処理もさすがである。キムチは一週間漬け込んだというが、未だシャキシャキでみずみずしいものの、きちんと発酵途上の香りがまとう。メインとして用意されるのが「茶美豚のスペアリブ」。スペアリブと呼んでしまっては説明のつかない奥深い味わい。相当満腹状態ながら、骨の周りまでくまなくガッついた。

さらに膝を打ったのは、こんな料理だからこそワインとのマリアージュを楽しませてくれる。焼酎やマッコリといった主張の強い酒である必要がない。

ところで佐知さんは、一部に浪速のジェニファー・ロペスと称されるぐらいの美人である。確かに、こんなお母さんだったら息子はドギマギするかなあと思いつつのスタートだった。ところが、途中から全く気にならなくなってしまった。
色気より食気のぼくなので、あまり説得力がないかもしれない。でも、料理にすっかり心を奪われ、自分の中にはほとんどその記憶しか残っていないのだから、仕方がない。

「ワインと韓国料理 anju sachi」
●大阪府大阪市北区曽根崎2-5-22日宝パティオ曽根崎4F
●06-6362-0037
●17:30〜21:30LO
●日、月休
●要予約


posted by 伊藤章良 at 20:05| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする