いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年12月01日

(96)「麻布 山路」

偉大なる師匠たちの技と心を受け継いで
港区に帰り咲いたすしの名店

「山路」と聞いて、テレ朝通りを少し脇に入ったところにある「鮨」の大きな看板を思い出した方は、相当のすし通であろう。
もはや伝説となった鮨職人・藤本繁蔵から薫陶を受けた弟子といわれる、清水喜久男、鈴木民部、新津武昭らと並ぶ位置にこの舘野弘光氏の店「山路」はあったが、抜群の立地や店に敷きつめられた赤じゅうたんの色っぽさ、そして店主のざっくばらんな人柄等、1980年代東京に移動してすぐの自分にはとても親しみやすく、最初に受けた江戸前鮨の洗礼だった。よく言われる関東と関西とで異なるテイストとは、うどんでも蕎麦でも鰻でもなく、一番大きく違うのは「鮨」なのだ、と深く知った。

松田優作が愛した店などさまざまな逸話が残り場所柄も芸能系の方々が多い環境で、六本木ヒルズができる前のこの界隈のコアな東京っぽい雰囲気がまた格別。全国からの来客、例えば大阪の兄と慕うJ氏や広島の弟と想うI君など、食べ好きの友人も多数お連れした思い出がある。

テナントビルの取り壊しが理由とも聞くが「山路」は閉店、舘野氏は腕を買われて別の店を少し手伝っておられるとまでは耳にした。ただ、六本木当時のお弟子さんが「山路」という屋号を引き継いで、盛岡で鮨店を営まれている、との話は伝わってこなかった。

そして、もっと驚いたのは、10代のころから六本木の「山路」で舘野氏の元にて修業ののち盛岡に移って36年間続けた「山路」を閉め、再び東京の麻布に「山路」を再開させた、という事実に直面したときだ。

ご主人曰く、二人いる息子さんも料理人だが、おひとりは東京でお勤め、もう一人はすでに東京で店を開いており、盛岡の店を継ぐ人間は誰もいない。であるなら、ぼくが再び東京に行こうと思い立ったというのである。60代後半からの新たな東京出店なのだ。そんな熱い前情報のなか予約の電話を入れると、優しい東北なまりの女将さんによる応対で、これはもう間違いないと確信。心が震え静かに興奮した。

お店は、東京メトロ麻布十番駅からすぐ。軽井沢に本店のある蕎麦「川上庵」の前である。頻繁に歩いているこの界隈だが、不覚にも「麻布 山路」の暖簾に気づくことはなかった。店内にすすむと予約電話通りの柔和な女将さんの笑顔に迎えられ、この道50年というベテランながらも、新たな東京出発に意気が揚がるご主人の前へと導かれた。

刺身、召し上がりますかの声にうなずくと、いかにも老舗のごとく、皿を広く使っての4点盛。日本酒に切り替えると岩手の未経験な銘柄。ホタテ、赤ムツなど火を入れたお魚が続く。強烈にうまいかというと、それはよくわからない。でも、この上なく快適だった。

昨今の東京の鮨店は、血気盛んな若手の職人による高級食材の饗宴である。店内もその職人と呼応してギラギラに明るい。しかも、少しずつ次から次へと出てきて都度長い解説が入るので味の本質がつかめない。客はブロイラーのごとく連続して突っつき続け、落ち着く暇もない。

にぎりをお願いする。酢飯はかなりのアルデンテである。この硬さを盛岡でも提供し続けてこられたのだろうか。今の東京の主流は、もう少し酢や塩を利かせた具合だが、酢飯の炊き加減には往年の六本木「山路」を彷彿とさせるものがあった。しかもさすがというべきか、これも昨今の若手職人には技術的に追いつけない、握る際の力加減にこそ、この道50年の技を感じて目頭が熱くなる。

他の客は、焼酎を飲みつまみながらのビジネス談義で、にぎりは少々との注文。
30年前なら「すきやばし次郎」にもこんな客はいたなあと思いつつ、おそらくは盛岡でも移ってきた東京に至っても、まだまだこういった客層なのかと少々残念に思う。その日は、コハダをお願いしても寝かせが足りないのでまだ未完成と言い、かんぴょうを頼んだら冷凍しかないとの回答。

ただ、圧倒的な技術力と実直なお人柄は比類なく、しかもここが藤本繁蔵の孫弟子の店と知られることになれば、高スペックが大好きな東京の鮨フリークがいずれは日参するに違いない。
そして、そんな鮨好きが飲み客を圧倒しつつ、ご主人が本流のにぎりに注力し昔の杵柄を取り戻したあたりで(おそらくすぐだと思うが)、また再訪しようと強く誓った。

「麻布 山路」
●東京都港区麻布十番3-2-6 ライオンズマンション麻布十番第三 105
●03-6453-6717
●17:00〜23:00
●水休
posted by 伊藤章良 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする