いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2016年07月01日

(93)日本橋蛎殻町 「すぎた」

任せっぱなしがおまかせではない。

客と主のやりとりで流れを作る圧巻のすし店

まったく個人的なレベルを大前提に、正統派江戸前鮨の将来に危機感を抱いている。それは、現在築地と呼ばれる仲卸も鮨職人もぼくたち食べ手もそれぞれに感じているが、ここでは食べ手側の危機を取り上げたい。

極論すれば、高級江戸前鮨は、今や金さえ払えばもっとも頭や気を使わずにすむ食事である。敷居が高いとか謎めいているとか、どうやって頼めばいいのかわからないとか様々に形容されてきたが、結局、金に糸目をつけなければバカでも簡単に食えてしまうのが高級江戸前鮨の現状である。正直、回転寿司の方が次になにを選ぼうかと頭をひねる。

まず、カウンターメインゆえ男女問わず一人で行ける。誰を誘おうとか、同席者とどういった会話をしようとか、そんなことは一切悩む必要がない。全国どこでも電話をして予約しカウンターに座ればそれでいいのだ。スタートからそんな楽な食事なんて他にあるだろうか。

そして、今やどこでも高級と称される江戸前鮨のメニューは「おまかせ」、つまり一つのコース料理のみである。すべて店側のおまかせにすることで自らの力量不足を隠し食材のロスを極力抑え、請求の計算も簡単。高額の支払いに客もおまかせだからと納得する。
それゆえ、何を食べるか飲むか、料理の順番や食材でどのようにディナーの流れを組み立てるか等々、まったく頭を使う必要がなく、ただただ出されたものを食べ高額のお金を払えば高級江戸前鮨に行ける時代、それが今である。

結果、「今月は毎晩鮨だよ」などと言ってしまうお金持ちがブロイラーのように餌を摂取する場となり、他人を誘えない、味以上に重要なコミュニケーションというテイストを食事の場に持ち込めない人たちの拠り所となり、お金だけは何の疑問も意義もとなえず払うので、鮨の価格だけが高騰し続ける。

気骨ある幾人かの鮨職人は、そんな状況を相当に憂いている。少しでも解決となる方法を模索する貴重な面々もごく少数だが存在する。「小笹すし」や「鶴八」は、かたくなに「おまかせ」を否定し「おこのみ」でしか注文を受け付けないし、その流れをくむ「しみづ」は、当日の朝からしか予約を受け付けないという、業界でも唯一無二なシステムを導入した。
ただ、そういったレアなケースを除けば、「おまかせ」しかない高級江戸前鮨店が、信じられないぐらいの勢いで続々とオープンし、経営が苦しくて閉店したという話をほとんど聞いたことがない。
それほど他人と交わらずに済む楽な栄養補給が魅力なのだろうか。そして、こんな時代ながらも、金があり余っている人、経費を含めた金を食事に自由に使える人がそこまで多いのだろうか。いや、そんな人が多くを占める訳はないにしても、高級江戸前鮨がどの店も10席程度で営業している環境からして、あくまで需要の方が多いというのが現状に違いない。

「すぎた」は、もともと別の場所で違う名前で営まれていて、比較的最近水天宮に移転したのは周知の事実だが、ぼくはそれを知らず、移転前の「都寿司」にも気が遠くなるほど前に一度行ったきり。そもそも予約の取れない店にわざわざ行かないので、移転前の「都寿司」もすでに自分のリストにはなかった。

友人に「すぎた」に行こうと誘われ、直前までとんかつ店だとばかり思っていたので、「すぎた」入店後もその話をしていたら、店主はそれをおもしろがって、「もうすぐ揚がります」などと返され、終始なごやかな時間だった。
銀座界隈の意味不明な緊張感とは別次元の、下町の鮨屋としての度量や円熟味が備わった店だと感じ久しぶりに心が動いた。例によって半年以上も予約が取れないということだが、そこは多少の手段を講じつつ一カ月後に再訪した。

夜は二回転、休日は昼も二回転だという。すんごい儲かってるんだなあと感心しながら夜の二回転目に訪問。指定された時間に遅れそうで慌てて駆け込んだものの前の客が終わっておらずしばらく待たされ、着席後も酢飯を作ってくるということで店主が席を外すが、その際の口調やちょっとしたつまみの提供等、実に見事で、客を不快にさせないさまは料理人すべてが手本にすべき対応だった。

もちろん「すぎた」も、おまかせのみである。大ぶりの切り口が頼もしい刺身や意外ときめ細かい料理がつまみとして提供され、その後にぎりとなる。もはやこの店のタネがどうだの酢飯がこうだのと紹介することになんの意味も意義も感じない。ただ、極めて圧巻で特筆すべきことがあった。

その日は、私たちの両側が都寿司以来の常連とおぼしき男性同士の二組。カウンター全員が一切写真など撮らない、スマホをカウンターに置くという無粋なことすらしない。都寿司の常連は、なんとすばらしいマナーの持ち主なのかと感極まった。そして店主は、カウンターの三組に対し、それぞれの好み、体調、酒の進み具合にあったバラバラのメニューをバラバラのタイミングで提供した。

ぼくたちにはおそらく、もっともベーシックな「すぎた」スタイルであったのだろう。一方常連二組には、それぞれの方々の持病まで熟知し軽口もたたきながら、扱う魚や量も上手に調整して過不足ない流れを作っていた。

「おまかせ」を頼みつつ、左右の客、そして自分たちとも違う料理が出てきたというのは鮨店において初めての体験だ。目の前で出来上がるつまみやにぎりに、あ、ぼくもあれが食べたいなあとか、いろいろと贅沢な思いをはせながらも、「すぎた」の常連への道は遠いだろうなあと観念したのだった。

日本橋蛎殻町 「すぎた」
●東京都中央区日本橋蛎殻町1-33-6 ビューハイツ日本橋 B1F
●03-3669-3855
●17:30〜、20:30〜(火金)、17:00〜、20:00〜(土祝)、11:00〜、13:30〜、18:00〜(日)
●月休
posted by 伊藤章良 at 09:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする