いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2015年12月01日

(88)金沢「鰯組」

かの主が自身のリセットに訪れる

金沢の隠れた名店

北陸新幹線は、今年のヒット商品番付ナンバーワンだそうである。そんな話題の高速鉄道に乗って、金沢に行ってきた。

すでにたくさんニュースになっているのでご存知の方も多いと思うが、JRの金沢駅には度肝を抜かれる。入口にそびえる巨大な鼓門、そしてバス停での長蛇の列……。金沢に陸路で入るのは、もちろん初めての経験。
JR金沢駅自体通過点に過ぎなかったり、小松空港からタクシーで移動した経験しかない自分には、まさに最初から異次元。ただその駅前も、見慣れてくると、なんだか札幌にも福岡にも似てるように思える。JRのターミナル駅って結局このような形でしか帰結しないんだなあと、今さらながら気づかされる。

いろいろと話を聞いていると、特にタクシーの運転手さんや料理店の店主から耳するのは「格差」である。大量に人が入ってくることにより、大型バスを止めて誘導しやすい名所、例えば兼六園やひがし茶屋街や近江町市場等ばかりに集中。宿泊は、繁華街の中心にいくつもそびえる異常に高い「アパホテル」は避け金沢駅前を選ぶので、飲食店は金沢駅前ばかりが栄えはじめ、香林坊と呼ばれる旧来の繁華街から人を奪っていく。
名所のひとつ、近江町市場にも訪れたが、一杯三千円もする海鮮丼の店にも長蛇の列。丼によそったゴハンの上に刺身を載せるだけの何の調理もない料理に……と、観光地での金銭感覚に天を仰ぎたくなる。

かと思えば、金沢に来たからには、もうすぐ閉店する「小松弥助」に行かなきゃとか、鮨ならやっぱり「めくみ」だよとか、今からでも「乙女寿司」なら取れるかもと、多数の囁きが聞こえてくるが、何カ月も前から必死で予約を取り、スタンプラリーのように訪問したことだけで満足するグルメコレクションには、最近まったく興味がなくなった(以前からなかったですが 笑)。

そして目指すのは「鰯組」。金沢に来て、なぜ鰯料理店? しかも、なんとベタな店名。ノドグロやブリやガス海老を食べなきゃ。思いは同じなのか、店に向かうタクシーの運転手さんにも、どこか別の店を紹介するとまで言われた。もちろん食事は一回ではないので地の魚介に接する機会もゼロではないが、何しろメインイベントは、この鰯料理なのだ。

この店に魅かれ目指したのは、ひとつ理由がある。日本ジビエの大家とも、鮒ずしをはじめとする発酵の錬金術師とも称される名店のご主人が、金沢に行くと必ず立ち寄る店としてご紹介をいただいたからだ。
そのご主人は、ご自身をリセットする目的で、金沢に来ると必ずこの店を訪ねるという。

「鰯組」、入店すると、小道具や調度品にちょっと工夫を加えた、と居心地のいい居酒屋風情。二階もあるのか、二階から宴会のさんざめきが聞こえるが、一階のカウンター席は、一人客も多く静謐そのもの。カウンターの向こうも、寡黙に作業する料理人が、まな板と包丁の音でハーモニーを奏でる。

実にいさぎのいい見事なメニューだ。すべての料理のどこかにイワシ。刺身の盛り合わせにはイワシ以外の地の魚も入るようだが、それには目もくれず、まずは、イワシの刺身、たたき、南蛮漬け。そしてイワシと大根煮、イワシのコロッケ、なんとイワシ餃子まで。聞けば、鮮度を重視する料理については近海のもの、それ以外は別の地域と、イワシ自体も使い分けているという。

これらのメニュー、本当にイワシという一つの食材から出来上がったのかと首をかしげたくなるぐらい、個々に異なる味わいがあり特徴が顔を出し、そしておいしさが追いかける。その道を極めた料理人が、自分をリセットしたいと、そんな哲学的なことを念じるまでもなく、マジックを見ているがごとく不思議で愉しくて、そして確実に笑顔になる味がそこにあるのだ。しかも、たたきも南蛮漬けも餃子もコロッケも、イワシから作ったというより、もともと存在する料理がベース。普通にその味を確認しながら最後にイワシが登場する。いずれも、いい意味でイワシが強く主張することがない。ゆえにイワシ独特の臭みが嫌いな方も、何も気にせず、ホントにイワシ料理なの? と首をかしげながら愉しむことができよう。

圧巻は、「いわしいしるラーメン」。古くから加賀地方に伝わるイワシでつくった魚醤「いしる」をかえしに使い、干しイワシでダシをとったという。おそろしくうまい。すべてのラーメンフリークに体験いただきたい、魚介系スープの概念が変わる逸品である。

すべてイワシの料理でありながら、前述したように、どれを食べても違うテイストなのに加え、付け合せの生野菜にもすべて違うドレッシングが使われていて、思わず野菜サラダを追加注文した。もちろんこのサラダのドレッシングも新しい味覚だった。

すべてのメニューを制覇したくなったが、それにはさすがに体がついていかない。それでも目の前に作り置きしてあるイワシのばってらは食べてみたい。聞けば持ち帰りも可能という。そしてこのばってらが、翌日のぼくの最高の朝食となったのは、言うまでもないだろう。

「鰯組」
●石川県金沢市片町1-7-13
●076-224-1493
●17:00〜23:00 (L.O.22:30)
●日休
posted by 伊藤章良 at 06:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする