いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2021年05月01日

(145)本郷三丁目「canade」

予約電話の対応から始まる高揚感。
料理とホスピタリティが満点の新鋭イタリアン

「かなで」と言えば、令和3年の今は「3時のヒロイン」を思い浮かべる。圧倒的人気を誇る女芸人トリオ「森三中」をもしのぐ勢い。ネタも面白いしツッコミに冴えがあるし、芸人としてオンナを捨てつつ品がある。ちなみに「3時のヒロイン」とは、女の子はみんな、おやつの時間はヒロインだという意味らしい。トリオ名も3人のキャラクターにぴったりだ。中でも向かって右のかなでさんは、クラシックバレエ歴10年というから、太った体躯で奇声を発してもダンスはキレキレで、単なるお笑い芸人の域を越えている。

さらに最近、ぼくにとって目が離せなくなった「かなで」は、本郷二丁目にあるレストラン。久しぶりに東京のイタリア料理の域を越えていた。
「canade」は、2020年12月に池田光寿&美穂夫妻がオープンしたばかりの新鋭。最寄り駅は東京メトロ本郷三丁目。自著を編んでくださった出版社があるので何度も訪れているものの、目的の店の界隈は全くの不案内。東大のお膝元である本郷とは異なるイメージの落ち着いたレジデンスエリアだ。

お店の紹介に入る前に、予約の際のマダムの電話応対がとても素晴らしかった。チャーミングなお声なので、どんな方だろうかと想像しながら向かった。そして、美声を裏切らないすばらしい対応で迎えられ席に着いた。お店自体は、つい先日まで別のレストランでした、との様相は否めない。だが、マダムのキャラクターが、ぐいっと新たな「「canade」に導く吸引力も備えていた。シェフとソムリエール、ご夫妻の砦は、カウンター9席とテーブルが1卓。こんな時期ゆえカウンター全席を埋めてはいない。しかし、メニューを見ると手の込んだ料理が並ぶので、これをお2人で仕切るのはかなり大変なのではと、最初に感じた。

ところが、メニューを決めワインを相談し最初の一杯が注がれたころ、このお二人はとんでもない熟練工なのではないかと感じ始めた。ご夫妻とも相当な修業と鍛錬を積んで、満を持してここに集結した、そんな印象なのである。シェフは悠然と立ち、静かに最短距離で厨房を動き、瞬間最大風速で鍋を振る。調理はすべて一人でこなすが、慌てる、いや急ぐ様子もないのに、次々と的確に出来上がってくる。マダムは、すべての客の皿の状態、飲料、そして顔の表情に目が行き届き、寸分の見落としもなく丁寧にサービスを施す。

安堵感という言葉がふさわしいかどうか。オープンしたてなのにすでに5年ぐらい営業を続けているような力加減が、最初から心地よかった。シェフの料理人としてのスタートは広尾時代の「アロマフレスカ」というから、キャリアはすでに相当な歳月だし、経歴としての”引き”も強い。しかも静岡のご実家は料理店で、しばらくそこで料理をしつつ再び東京に戻り、東京のレストランで改めて研鑽を積んでのオープンという慎重派。マダムも広尾の「ビスポッチャ」におられたとか。東京イタリアンの変遷を巧みに渡りつつ、泳ぎ疲れることなくこの場所にたどり着いた。

実はぼくは、シェフが東京での開業を前に広尾「ボッテガ」の厨房に少しおられたとき、穏やかでにこやかな姿を眺めつつ、この方が独立したら追っかけようと決めていた。「ボッテガ」にはカウンターの店での働き方を学びたくて手伝わせてもらったと聞いた。すでに自分の店舗の青写真は出来上がっていたのだろう。

ぼくは元々「アロマフレスカ」やグループ出身の料理やサービスが好きなのだが、その中でも師匠の持つ美しい表現力を明確に受け継ぎ、素材の扱いにイタリアのエスプリやオリジナリティを見い出し、裏切らないおいしさを記憶に残す。前菜からプリモ、セコンドまで、どこかが突出してしまうイタリア料理店が多い中、満遍なく高いクオリティを保ち、皿の温度にもブレがない。緑の野菜がどっさりと盛り込まれただけのパスタでも、修業先すべての英知を注ぎ込んだシェフの生真面目さがうかがえた。さらにマダムのワインのチョイスとアドバイスが的確で安価。こんなにストレスなく楽しくワインを選んだのもしばらくぶりかもしれない。

若くして独立する料理人は、それなりに話題となり技量が褒め称えられるケースも多い。ギラつきがあって頼もしいが、客側も温かい目というよりは、なんとなく構えてしまう。いっぽう「canade」は真逆。ご夫妻ともずっと料理やワインが大好きで、長期にわたってイタリアで学び、やはり東京でお店をやりたくて身の丈に合う物件を本郷に見つけた。それゆえ、燈火が灯った瞬間から愛に満ち溢れている。こんなレストランこそ、一日でも長く続いてほしいと願う。

「canade」
・東京都文京区本郷2丁目31−3 二木ビル 1F
・070-3843-8393
*緊急事態宣言下の営業については店に確認してください。
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2021年04月01日

(144)広尾「レストラン オカダ」

10年の年月が作り上げた
フランス料理好きが唸る料理と空気感


広尾界隈は大好きな場所のひとつ。頻繁に散歩している。メインの商店街は、派手な暖簾やネオンに囲まれたわかりやすいチェーン店が並ぶ一方、少し脇に入ると広尾らしい品のある秀逸なレストランがポツポツと佇んでいる。「レストラン オカダ」も確かにそんな中の一軒で、オープン当初から何度も前を通って、吸い込まれそうに素敵な半地下の入口にいつも魅了されていた。だが、気になりつつも訪れる機会がなかなか到来しなかった。

ぼくの妻はフラワーデザイナーで、店舗を持たず受注ごとに仕入れに行き、自ら現場まで運び活ける。もしくは、制作した花束やアレンジメントを指定先まで届ける仕事をしている。新規オープンの際エントランスを飾る祝花の依頼も多いので、どこよりも早く新店情報が入り、ニヤリとすることもしばしなのだ。

そんな妻に、「レストランオカダ」10周年を祝うお花のオーダーがあった。驚愕した。あの店は、もう10年も広尾の一角で輝いていたのか。少し慌て気味のぼくは、すぐに予約の電話を入れた。ということで、3か月連続でのフランス料理店紹介である。

レストランのスペックにはほとんど興味はないのだけれど、「レストラン オカダ」の岡田宏シェフは、西麻布にあった「ラ・フェドール」で日本での修業を始めたことは知っていた。ぼくはこの「ラ・フェドール」がものすごく好きで、ぼくのフランス料理に対する愛着にも多大な影響を与えたレストランだった。「ラ・フェドール」の田村良雄シェフは、その後軽井沢に「エルミタージュ・ド・タムラ」を興し、軽井沢レストランの草分け的な存在。後進にお店を譲られたと聞くが、ぼくが以前お手伝いをした軽井沢での食フェスでも参加をいただいた。岡田さんは、「エルミタージュ・ド・タムラ」の立ち上げにも参画し、その後渡仏したという。

フロアを担当する木村伸也さんは、伝説の店、原宿にあった「オーバカナル」の出身。お二人がどのように出会ったのか詳しくは存じ上げない。でも、長年の東京のフランス料理好きにとって、このスペックは、どうしても書いてしまいたくなる気持ちをお許しいただきたい。

階段をトントンと降りた半地下に入口があり、小さなウェイティング風のカウンター席。そこからフラットにつながってテーブルが幾つか。この小空間に、ぼくは震えるぐらいのフランスのエスプリを感じた。店の全体を大きく占めるも木目の存在感は、10年を積み重ねて、お店の方々や客がコツコツと塗り固めてきたものかもしれない。

メニューはプリフィクスと呼ばれるアラカルトの中から前菜やメインをチョイスするオーソドックスでわかりやすいスタイル。価格は固定されていて、食材によってはプラスとなる明朗なものだ。こうなるとすべて食べてみたくなる。その上ででき上がった皿の想像がつかないものから選ぶことが多かった。ところが最近は、仕込むのに手間がかかっただろうなあとか、ベーシックなメニューをどれだけシェフご自身の料理にされているのかという点にも興味が出てきた。

「レストラン オカダ」のメニューには、すべて産地が明記されている。そのほとんどが国産で、しかもその食材が土地の名産かどうかはあまり関連性がないようだ。おそらくは、お店からの「和」と「見識」の主張と受け止めて、素直にのっかることとする。

まずは「スープ・ド・ポワソン」。フランス料理店のメニューにスープがあれば、頼んでみるようになった。健康も考えてと言いたいが、ひと皿多く注文できるかなというのが本音だ。もうひとつ、日本料理の椀の持つ意味や重要度をフレンチでも経験したいとの気持ちもある。口当たりよくなめらかで香りのバランスも技巧的。汁物に対する造詣の深い日本人ならではともいえようか。

シンプルなサラダ類も、ドレッシングのオリジナリティを求めてオーダーする。ところが、ドレッシングだけではなく、一緒に添えられた魚介類やソースの下ごしらえが入念で、サラダという名の重厚感が多方面に増していく

「鴨モモ肉と豚足のガレット」は、鴨というより豚足の魅力が最前線だ。ガレットに仕上げ鴨肉をつなぎに使うことで、豚足を上手に化けさせる。ここまでおいしく豚足が食べられると、高額な食材の価値を見失いそうだ。

10周年の節目に、というか、やっと10年目に訪れることのできた気負いなのか、木村さんのフレンドリーな接客にも関わらず、少々普段通りではない自分を感じていた。「ラ・フェドール」以来の年月が駆け巡るアップダウンに息切れしたのかもしれない。広尾の町角に息吹く小さな小さなフランス。そこにやっと触れることのできたぼくは、さあ次はいつ来ようかとばかり考えながら帰路についた。

「レストラン オカダ」
●東京都渋谷区広尾5-17-11
●03-5475-152
*コロナ禍の営業時間に関しては店にお問い合わせください
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2021年03月01日

(143)幡ヶ谷「ウィル・オ・ウィスプ」

コロナ禍で静かに、熱く
現れたネオビストロ


「ウィル・オ・ウィスプ」、つまり鬼火というすごい名前の、というか飲食店、ましてやフランス料理店の名前とは思えないレストランが昨年2月にオープンした。店名でまず度肝を抜かれ、訪れて、あまりの駅近に驚嘆した。京王新線・幡ヶ谷駅、階段を上がってすぐ。しかも、奥まった露地とかではなく商店街の通り沿い、以前はカメラ屋だったという。そういえば、駅を降りてメインストリートを歩くと、一軒はカメラ屋さんがあった時代の記憶はまだ新しい。

店名を見ても何屋さんかわかりにくいし、フリで入る人は少ないと思う。でも、ガラス扉越しに見えるシーンは、なんだかとてもおいしいものがいただけそうな気配がムンムンだ。

入ってすぐぼくの目をひいたのは、壁側に置かれた本だった。時代を感じる茶色の背が徐々に赤くなっている。これはミシュランガイドか。その店に行くために空港まで作られたと聞くフランスのミシュラン三つ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」の書庫で見たものと同じ風体。まったく違う書物だったが、とても存在感があった。

もう一つ美しいのは、細長い店内の奥に設けられた個室のさらに奥に見える木である。もみじだそうだ。日当たりが十分ではないので真っ赤に色づかなかったんですとシェフは残念がる。このレイアウト、風が店内をまっすぐ通る感覚に、ぼくはふと、京町屋を思い出していた。

カウンター席の椅子は、しっかりと食事を提供するレストランにしては背もたれのないスツールだった。おやっと思いつつ腰掛けると、少し沈んで抜群の座り心地。足を置く位置とのバランスまで計算され尽くしている気がした。

カウンターの目前で相対したシェフの光安北斗さんは、まったくギラつきがない人だった。たいていの料理人は多くの野心や向上心にギラついているもので、ぼくはそれも嫌いではない。いっぽう光安シェフは、パリに7年いてヨーロッパ各地を旅しましたとサラリと言うも誇張や気負いはなく、穏やかなカリスマ定員のような佇まいだ。滞在中、シェフが一番表情を変えたのは、壁側に置かれたターンテーブルを見つけ、今度来るときレコード持ってこようかなと言ったら、ぜひぜひお願いしますと答えた瞬間だったかもしれない。

この店に占める重要なくつろぎポイントは、音だ。まず、この規模の飲食店では抜群にBGMの音質がよく音量のバランスも巧みだ。自分にはほとんど馴染みのない日本語の歌が多かったが、フランスのラジオ放送を聞かされるよりずっと快適。店舗が細長いので、他席の喧噪があまり気にならない。カウンターとキッチンが近いので、町中華レベルで調理の音が聞こえ、それがまた心地よいリズムなのだ。

記憶に残った3種の料理を紹介する。「鹿肉とジャガイモと栗のグラタン」とメニューにあったが、キッチン内ではアッシュ・パルマンティエと言葉を交わしていたので栗のことをすっかり忘れ、この甘味はなんですかと聞いてしまった。グラタンのひと言では表現しきれない、奥深い料理だ。グラタンに続いてロールキャベツ。こちらは、ロールキャベツというよりキャベツ包み(同じかな)。そして中身はアンドゥイエットと称してもいいぐらい、獣全体から抽出された肉の調和が絶妙だった。

快調に白赤2本を飲んだが、最後に赤ワインを少し残した状態でポテトフライを。揚げる音が心地よくて、最後におつまみ感覚で注文しようと決めていたが大成功。カリッとした完璧な食感と塩加減、すべてがプロしかできない技。次回はコレと赤ワインだけで過ごしたいものだ。

コロナ禍突入寸前の昨年2月にオープン。席数もそこそこあり横に長く可動域も広いダイニングを守るスタッフは、シェフを含めた総勢3名。すべて“仕事ができる”メンバーで、このチームを崩さない。メニュー数を絞り切っていて最初は少し不満も感じるが、頼んだすべてが記憶に残る満足で満腹な構成。店舗の個性や料理はもとより、経営者として大変すぐれたシェフなのだと納得する。新しい生活様式が求められる時代も逞しく生き抜いていかれるであろうと末永く期待する。

ウィル オ ウィスプ (will o wisp)
●東京都渋谷区幡ヶ谷1-33-2
●050-5872-2761
*非常事態宣言中の営業時間等は直接お問い合わせください。
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2021年02月04日

(142)渋谷「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」

いつも読んでくださり、ありがとうございます。伊藤さんは締め切り内に原稿をくださっていたのですが、トラブルがあってアップが遅れました。大変申し訳ありませんでした。以降、気をつけます。今後ともよろしくお願いいたします。今月も、この状況下ではありますが、足を運びたくなる魅力的な一軒をご紹介します。          管理人より

フランス好きなら通いたくなる、驚愕に安く、
ド・ストレートなビストロ料理

フランスに行くと、星の数が煌めくレストランで、向学のため、いや、何ゆえこの店に星が与えられたのかを知りたいために、食事もする。
でもここ数年は、行けば行くほど、そういった店にて、誰もが描くフランスの料理と出会うことがむずかしくなってきた気がする。これはいったいどこの国の料理なのだろうと思ってスタッフに尋ねると、フランスの昔からの伝統のように、堂々と「ダシ」を使っていますと答える。分厚いオーブラックのステーキに味噌がたっぷりぬってあって、日本の方はお好きでしょうと、したり顔だ。

いっぽう地元・ご近所さんでワイワイ賑わう場所に行って、怪しい東洋人が入ってきたなというサービススタッフの視線に臆することなく、目についたおいしそうな皿を指さし、大きなポーションにがっつき、周りに負けまいとぐいぐいワインを飲むと、フランス料理に触れている実感を堪能するのだ。

新型コロナのせいで、現地での食事はおろか渡航もかなわなくなって一年以上。かの地が遠くなればなるほど、かの地の料理に魅せられた記憶があればあるほど、そんな土着感覚をひたすら味わいたいのが今の自分である。

日本のフードライターは、ためらいなく現地のままと書く。便利な言葉である。だが、何をもって現地のまま、なのか。それは、できあがった皿ではなくシェフの思い入れ、振り切った志に他ならない。現地のままなのかどうかわかる日本人はほとんどいないだろうし、訳知り顔で語っても、おそらく後付けだ。

しかし、シェフ自身が自分の信じるままの現地の料理をストレートに出すのだと決めた瞬間、フランスを経由してエスプリをまとい、客の前に到達するのだと思う。渋谷の「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」は、そんな店である。

ビストロと称する店のメニューにあれば頼むことの多い、「フロマージュ・ド・テット」や「エスカルゴ・ア・ラ・ブルギニオン」、「オニオングラタンスープ」、「コルドンブルー」や「バベットステーキ」など、そのほとんどすべてが黒板にのる。そしてシェフ自ら、バベットステーキは、ハラミじゃないよ、と注釈を入れる。詳細まで現地にこだわる姿だ。一皿の量はたっぷりなのに隅々まで技と心意気が行き届いていて、さらに驚くのが価格。あまりにも安価なのだ。これでやっていけるのか、という心配の傍ら、経営努力に恐れ入る。

メインにコルドンブルーとフリカッセを頼んだら、コルドンブルーの付け合わせがフリカッセと近い味付けなので、普通のサラダに代えようかと、シェフから提案があった。客としては一番ありがたいお話だ、だが、それを言ってくれる店はシェフならず、サービススタッフでもあまりいない。普通の生野菜のサラダとそのドレッシングはあまりにもうまくて、次回はこのサラダだけを注文しようと密かに考える。

少し前まで、代々木に「煮込みやなりた」というビストロがあった。化粧室に洗面台がなく、床はガタガタ、席はツメツメ、たばこの煙がモウモウ。新しい生活様式での営業はむずかしかったかもしれない。しかし、ここのフランス料理は日本では唯一無二。ああ、もう少し整った快適な環境でこの料理が食べられないものかと天を仰いだものだ。こういう書き方は児玉拓未シェフに少し失礼かもしれない。でもぼくは「煮込みやなりた」の再来、しかも以前とは違う最高の環境での既視感を少し覚えた。

シェフは、マスコミに名前が出るのが嫌いらしい。ビストロの料理がわからずに評判や得点だけで来店する面々の対応に苦慮するからだろう。すべての日本人にとって、ビストロの料理が食べやすく親しみやすいものではないのは当たり前だ。シェフはそれを一番よくご存じで、そこに迎合するつもりはないと考えておられると拝察する。

多くのなりたりあん(「煮込みやなりた」のコアな常連をこう呼ぶらしい)を含めたフランス料理好きなら、「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」には、懐かしさを覚えるほどすぐに、馴染めることだろう。

「ビストロ・バー・ア・ヴァン・コダマ」
・東京都渋谷区渋谷1丁目6−4 せいこうビル 1B
・03-5962-7726
*コロナウイルスによる緊急事態宣言中のため、営業日、営業時間などは随時ご確認ください。
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2021年01月01日

(141)西麻布「蕎麦たじま」

昼の蕎麦屋酒に
申し分ない西麻布の空間

あけましておめでとうございます。
飲食店、飲食関係者にとって、それこそ「禍」でしかなかった2020年。携わるすべての皆さんが、変化に対応しようと工夫や努力を続けておられる中、外食したいなあ・・・、と読者に感じていただける文章を書きたいと、日々願っております。
2021年もどうぞよろしくお願いします。

大阪から東京に居を移した30数年前。ぼくはまず、東京らしい老舗巡りからスタートした。東京→蕎麦→藪の大前提で浅草の「並木藪」を訪れたぼくは、蕎麦自体より店の客に驚いた。入店したのは午後2時を回っていたか。座敷の奥に渋い着物姿の初老男性が一人座り、とっくりで酒を飲んでいる。そこに三々五々スーツがやってきて、御用聞きだの銀行預金だのと、人目をはばからず話す。つまりここが初老男性のオフィスであり、打ち合わせ場所なのだった。カッコよかった。うどん文化の自分には想像もつかなかった蕎麦屋酒の面白さを垣間見た。

その後も、「赤坂砂場」や「泰明庵」などでも、ランチタイムのビジネスマンで混み合う中、悠然と一人酒を愉しむ諸先輩を見るたび、コレだ、ぼくも蕎麦屋酒に挑戦しようと心に念じたのだった。

さすがに平日の昼からやれるほどご隠居ではないので、土曜の昼がぼくの時間。「砂場」や「藪」、「まつや」「更科堀井」「松翁」(ぼくの中ては老舗)といったレジェンド系を選ぶときもあれば、今を走る「三合庵」「甲賀」「驀仙坊」「大川や」「蕎楽亭」「夢呆」等々、それぞれに魅力があり上げればきりがない。

こうして土曜日の昼にさすらいながらも、一軒絞るなら、広尾の「たじま」だろうか。一つの魅力は、都心の真ん中にありながら最寄りの駅から遠いことか。結果、客層がいい方向にまとめられているような気がする。エントランスを含めた店内は、蕎麦屋にしては相当モダン。いっぽう、木目や照明のやさしさが心地よく外光もそこそこ入るので、昼の蕎麦屋酒には過不足のない空間なのだ。

さらに、蕎麦屋に求めたい下町感覚の接客が意外と備わっているのだ。家族の経営なのかパート採用なのか詳しい事情はわからない。でも、昼から酒をたしなむ客への寛容さや理解があり、それに応えようとする心意気も十分。モダンな広尾の店にして、心底落ち着けるのだった。

ぼくにとって、メニューに「そばがき」があることが重要だ。蕎麦として完成する前の、あのぼそぼそとした素朴な顔と出会うのが毎回楽しみなのだ。
「たじま」の「そばがき」は、サイズがちょうどよく、香り高く、お腹にどっしりとならない歯切れのよさがある。

ぼくの場合、前菜として蕎麦屋のつまみ。「味噌」「生海苔」「おしたし」「卵焼」「鴨ロース」。この辺の完成度が高く、キリリとした純米酒を引き寄せる。「たじま」の日本酒は、蕎麦屋の域を越え、リストを眺めているだけで、その輝きにわくわくする。しかも、麹も米も吟醸香も含め、香りが前面に出すぎない、蕎麦に寄せた淡さを備えるものを重点的に集めておられるようだ。

前菜に続いてのプリモピアットが「そばがき」。噛めば噛むほど口内で味が育つのは、すすっと喉を通っていく麺との相違点。「たじま」の麺の個性を知る前哨戦でもある。少しアタックが強めの酒を口に含んで、その相乗効果を愉しむ。そしてセコンドピアットの天ぷらへと続く。

ぼくの場合、〆に選ぶのは、たいてい「かけ」。すでに「そばがき」も食べているので、麺自体の味わいというより、ヌードルスープとしての完成度を求める。多種類の日本酒を飲んだ後、少し疲れた鼻孔をくすぐるダシの香りと塩分が、口一体を洗い流してくれる原点回帰を最後の愉しみとする。レジェンド系では「かけ」も辛口で迫るが、「田島」の場合は、まるく包むような優しさがある。

昼の蕎麦屋酒。コロナ禍の2020年は特に頻度が上がった。夜は家に帰らないと妻が心配する……と悩む諸兄との席でも、大いに魅力を発揮した。店を出てもなお、まだ高い太陽に目をすがめつつ、満腹とは別の充実感に溢れるのは、野菜と穀物のセットだからだろうか。空腹を感じるまでの時間も駆け足でやってくるのは、間違いなさそうだが。

蕎麦たじま
●東京都港区西麻布3-8-6
●03-3445-6617
●11:30〜14:30LO、17:30〜21:30(祝~20:30)LO
●日、第2月、毎月最終月休

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2020年12月01日

(140)下北沢「タウラ」

コロナ禍でのニューオープンに負けない
魂を込めた本気のスペイン郷土料理とワイン


2020年は、地球規模で大変な一年だった。特に新型コロナ感染拡大の要因のひとつとされた会食。極端に回数が減り、場所も次々と閉じていった。いっぽうぼくは、緊急事態宣言の出た4月を除いては、5月初旬から京都・奈良に食べに出かけたし、それ以降も、さほどペースを落としたわけではない。

ぼくの中で、それを仕事と位置付けていた部分もあり、大好きな店に対し少しでも足しになればとの気持ちもあった。2020年夏ごろまでは、なじみの店巡りが中心で、その後、堰(せき)を切ったような新規オープンラッシュの店へ、もしくは自粛前に開店し、満を持して客を迎え入れていた店などにも訪れた。それぞれがニューノーマルに相対すべく、あれこれと頼もしさを見せていた時期である。

中でも、ぼくの気持ちを大いに捉えたのは、下北沢にあるスペイン料理店「タウラ」だ。芝居が好きで日参した時期もある下北沢も、すっかり様相が変化し、小田急線の駅のホームも地上に出ても、ここがどこなのかとクラクラしてしまう。土地勘を全く失いつつ、それでもなんとか「タウラ」の方角を見つけて歩き出す。しばらく知らない土地を彷徨って、ようやく既視感のある界隈へと足を踏み入れたことに気づく。昔ながらの飲み屋街の一角にてやたらと真新しい一軒、それが「タウラ」である。

シェフは“田浦さん”ではなく“高橋さん”だ。高橋翔太氏がシェフを務める。「タウラ」とは、カタルーニャの言葉でテーブルのことらしい。いかにもスパニッシュのシェフといった佇まいで、フレンチやイタリアンの料理人とはタイプが異なり、ストレートで気合十分な美丈夫。浅草「アメッツ」の服部公一氏や「イレーネ」の数井理央氏とも同様、スペインへの愛も強烈なのだ。今年のヨーロッパ訪問がかなわなかったぼくにとって、高橋氏が漂わせる熱気、会話の力点や立ち振る舞いだけでもうれしすぎる。オープン当初は他のスタッフもいたそうだが、自粛以降は、座席を間引いてワンオペで切り盛りする。

最初にカヴァを所望したら、カヴァの乱立に憂慮した優良なメーカー9社が、新たな組織「CORPINNAT コルピナット」を作り、そこがリリースした数本が並べられる。時代はもはやカヴァの一歩先に進んでいるのだ。

メニューにある料理名も相当マニアックで、ほとんどどんなものか想像がつかないものの、適確で臨場感のある説明によりすでに食べた気になるのに、実際口にすると想像をはるかに凌駕する奥深さとおいしさに舌を巻く。基軸はスペイン北部の郷土料理。一皿目に出された「エンパナーダ」はパン生地で具を包んで焼いたスペイン語圏では比較的メジャーな料理。良質な泡との相性のためだけに入魂された逸品だった。サクサク感だけに終わらない生地と具がコルピナットに紐解かれていく。「ハチノスの煮込み」といったシンプルなメニューにもスペインらしいスピリットを注ぎ込む。

サバは一度冷凍してアニサキスを処理した後、調理をする。実際スペインでは、どのようにしているのか情報はないものの、きめ細かい食材の扱いや食べる側への心遣いは、日本人らしさも垣間見たりする。

スペインの風土を具体化する明るさや華やかさ、シェフの説明に耳を傾けながら料理を想像する楽しさ、そして丁寧な仕込みに裏打ちされた、わかりやすく落ち着いた味わい。出口の見えない飲食業界において、一筋の光明を感じる、眩しく頼もしい、これからの存在に思えた。

「タウラ」
●東京都世田谷区北沢3丁目34?6 北沢グリーンビル 1F
●03-5738-8534
●18:00〜LO24:00(火〜土)
18:00〜LC23:00(日)
●月休・月1回不定休
*コロナ禍のため営業日、営業時間が異なる通常と可能性があります。店に確認してください。
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2020年11月01日

(139)広尾「ヨシダハウス」

町中華の跡地にできた
愛すべき町フレンチ


「では、次回はビストロとか、いかがですか」と一口に言っても、意外と受け止め方はまちまちだ。ビストロは単に安価なフランス料理店とは異なるカテゴリで、カジュアルなレストランとも違う気がする。
現実にパリのビストロは、東京とは比較にならないぐらい狭く、時々となりのテーブルの皿を誤って食べてしまいそうになるくらい。量が多いだけでおいしくないケースも多々ある。そんな意味でも、日本のビストロのほうがずっと幸せだ。

広尾と恵比寿の中間あたり、明治通り沿いの「ヨシダハウス」。ここができる前は、何を注文しても同じ味がする町中華だった。広尾にも恵比寿にも背を向けつつ長くがんばっておられたので、ぼくは時々ビールを飲んだ。しかし、ついに閉店して改装が始まり、レストランが出来上がった。

完成を目の当たりにして、よくできているなあと嘆息した。日本人がイメージする、いかにもパリの街角にありそうな佇まいなのだ。パリの場合、街全体が放つオーラの中にあってこそ「佇む」のだけど、「ヨシダハウス」はすぐ近くにベタな日本の交番がある環境でも、その周りだけに違うスポットが当たっているような異彩を放っていた。以前の町中華同様、広尾にも恵比寿にも迎合しない孤高な雄姿が魅力だ。

何度か通うと慣れてしまうのだけど、入口をどこに設けようかと、シェフの吉田佑真さんは悩んだのではないか。以前の町中華とは少し角度が違う気がする。店内も、ギシギシと木がこすれるような音の感触とガス燈に近いオレンジの灯りで、ぬくもりの中にある活気が食欲まで大きくする。

客層は決して良くはない。「ハウス」なる店名を拠り所とするのか、Tシャツに短パンや、やたらご近所感を出す人たち。ビストロがカジュアルなところという主張は分かるも、あくまで異国の料理を提供する店なのだ。そこに対する敬意はほしい。

料理は、ビストロというベーシックな概念の上に日本人としての工夫と技巧がある。野菜や魚介類は日本の風土を生かして多種多様に盛り込むし、パテ・ド・カンパーニュには、田舎風を頭一つ抜けた広尾らしさがある。でも、ムニエルやステークなどのメインを食べ終わるころには、ああ、腹いっぱいフランス料理を食べたなあ・・・との満足感で頬が緩む。もう一年以上フランスに行っていない寂しさも、「ヨシダハウス」ではしばし忘れる。

料理も十分にリーズナブルだが、ワインはさらに安価な値付けで上質なものを揃え、ビストロの域を越えたサービスにも頭が下がる。店名が英語なのは、より身近なものとしたい意図だろうか。もしくはメゾンみたいなフランス語の仰々しさを嫌ったか。すべてに愛らしい、そして愛されるレストラン。長く大切に付き合っていきたいと思う。

「ヨシダハウス」
⚫︎東京都渋谷区広尾5-20-5
⚫︎03 5860 2139
⚫︎18時〜翌2時LO
⚫︎月休(月1回不定休あり)
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2020年10月01日

(138)大阪「ゴメンネJIRO」

東京にはない。大阪が誇る
コスパよすぎるやん、な洋食店

インターネット黎明期から現在に至るまで、その世界をずっと牽引し続けている佐藤尚之、通称ささとなおという友人がいる。彼と初めて出会ったのが20世紀の終わりごろなので、すでに20年以上になる。出会ったころ彼は、仕事の関係で大阪勤務だった。今では何の不思議もないが、当時、大阪勤務の彼と東京在住の自分が自然に出会えるほど、すでにさとなおさんはインターネットに親しんでいた。

さとなおさんは、東京生まれ東京育ちながら、コテコテな大阪にも溶け込んでいて、ネット上だけではなく新聞や雑誌でも食に関する情報発信をしていた。そんな彼が書いた、確か全国紙の大阪ローカル紙面でのグルメ連載は、今でも強烈に印象に残っている。それは元々コピーライターだったさとなおさんらしい、食とコピーライトの融合だ。

ある年の4月の連載テーマは「春はあげもの」だった。今、「春はあげもの」と聞いて、どの程度の人が枕草子の第一段冒頭「春はあけぼの やうやう白くなりゆく・・・・・・」を思い起こすのか想像がつかない。しかし、食に枕草子を結びつける発想は、東京のぼくにも興味津々だった。

そして「春はあげもの」特集の初回に取り上げていたのが「ゴメンネJIRO」という洋食店だ。この、一度耳にしたら決して忘れない店名までも、計算されていたのであろうと感じるほど巧みな導入だつた。

かの連載から20年以上が過ぎ、ぼくはやっと2020年夏「ゴメンネJIRO」の客となった。「ゴメンネJIRO」とは、歌手・奥村チヨの初期のヒット曲だとピンとくる人は、もう少ないだろうなぁ。奥村チヨの代表作といえば「恋の奴隷」。悪い時はどうぞぶってね〜♪ などと、なかにし礼作詞ながら、今の世では絶対に許されない内容。当時でも、この歌詞は紅白歌合戦にはふさわしくないとして歌えなかったようだ。

「ゴメンネJIRO」は、大阪の天満エリア。大阪人は、その中心である天神橋筋六丁目を短縮し、親しみを込めて「てんろく」と呼ぶ。今や大阪梅田を挟んで環状線の二つの駅、福島と天満が大阪でも人気急上昇のグルメゾーンとなっている。実は天六は、大阪の我が実家から徒歩圏なのだが、子供のころは、親と一緒ではないと踏み入れられない場所だった。

「ゴメンネJIRO」は、間違いなく東京にはないタイプのレストランだ。大阪そのものを堪能したいなら、ぼくは「ハジメ」より価値があると思う。入店すると、常連でもないぼくに対しても、シェフは「いやー、ぎっくり腰やっちゃってさぁ」と、腰をさすりながら挨拶代わりに声をかける。洋食店としてのメニューは過不足なく揃うし、「ちょこっとエビフライ」「ホウレン草のネギ焼」「牛のたたきJIRO風」など、気になる皿も豊富だ。酒のリストには、赤白ワイン、日本酒、焼酎は一種類しか置いておりません。今後も増やすつもりはありませんと、きっぱり明記。なんという潔さ、カッコよさだろうか。これだけの歴史ある繁盛店なら、うちの酒を置いてくれと酒販店も後をたたないだろう。さらに店としての利益も見込めるはずだ。しかし、わずらわしい作業は排除して、ひたすら料理に集中したいとの意思表示と受け止めた。

スタートは、前菜の盛り合わせをお勧めする。洋食屋さんらしい、スモークサーモンやマリネなどを盛り込んだプレートが、信じられない価格で提供される。次いで、お好みの定番洋食へと進む。さとなおさんがあげもの特集で紹介されたように、ビーフカツなどのフライ類は白眉で、今まで体験したことのない食感のハンバーグもぜひ。

といいつつ、一番舌を巻いたのがエビピラフ。出された瞬間、ほんのり赤いライスからぐわっとエビの香りが立ちのぼる。まるでビスクのようだ。洋食店のエビピラフといえば、エビと冠しつつ、ほとんどそれは色どりの一アイテムであることが多い。思わずシェフに、これはとてもおいしいですねと嘆息をもらすと、最初に生のエビからじっくり火を入れてるんですよ。その分、時間と手間はかかるんですけどねと事もなげに返答する。

シェフに「まだ食べるのですか?」と笑われながら、前菜盛り合わせからエビピラフまでを二人でたいらげ、ビールと赤白ワインをボトルで飲んで、9千円で釣りが来た。過去に一度も使ったことのない和製英語で叫ぶなら、コスパよすぎるやん。

洋食は、フレンチやイタリアンと同じぐらい手間がかかるも、ぼくたちに身近な分、価格を上げることが難しく、洋食店は今や絶滅危惧種である。いっぽう、大阪の天六には、「ゴメンネJIRO」という圧巻のグレートバリューを誇る繁盛店も存在する。ニューノーマルの時代でも、生き残る施策が確実に大阪にあることは、洋食店の未来にとって明るい材料になってほしいと願う。

「ゴメンネJIRO」
●大阪府大阪市北区池田町8−9
●06-6354-0480
●17:30〜22:00(LO)
●日休
posted by 伊藤章良 at 22:37| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月01日

(137)目白「トレ・ガッティ」

エミリア・ロマーニャに魅せられたシェフによる
上級者向けイタリア料理店


イタリア北東部に位置する、エミリア・ロマーニャ州は、イタリアがわかってくればくるほど再訪したくなるエリアだ。ベネツィア、ローマ、フィレンツェといった著名な観光都市はない分、州都ボローニャを中心に落ち着きと余裕、そして多岐にわたる豊かな産業が魅力なのだ。ここにはまず、イタリアの代名詞といってもいいフェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティー等の自動車メーカー本拠地がある。個人的にはまったく興味がないけど、この界隈に行くと話すと、フェラーリですかとの返しをもらうことも多い。

もうひとつ、こちらがぼくの興味の中心で、食品関係がすごいのだ。パスタでは日本でも著名なバリラや、世界的カフェチェーン、セガフレード・ザネッティーも、本社を置く。バルサミコ、パルミジャーノ・レッジャーノの産地としても名高く、生ハムで有名なパルマもここである。

確かに、エミリア・ロマーニャ州をクルマで走ると、都市には文化的芸術的な香りがあり、郊外に出るとその肥沃さが食の源であると痛感する。豚肉の加工品だけではなく、東側はアドリア海に面するので海の幸も過不足がない。

そんな、エミリア・ロマーニャ州に魅せられたシェフによる、この地の郷土料理に特化したイタリア料理店「トレ・ガッティ」が目白にある。目白は、どこからも山手線一本で行けるシンプルな場所。にもかかわらず、自分の行動範囲から少し外れるせいか、訪問にも特別感が湧く。

日本では、よく意味のわからない長いイタリア語の店名も少なくないでも「トレ・ガッティ」とは、3匹の猫だとぼくでもわかる愛らしさだ。入った瞬間に感じる空間の雰囲気や色使いもその延長線上で、一瞬にして東京・目白にいることを忘れさせてくれる。キッチンを囲むようにあるカウンター席は、現地にはない光景だ。シェフの眞壁貴広さんは、イタリアっぽく待合感覚の立ち飲みにしたかったが、その点は妥協したんですよと語った。

チャーミングな店名や空間に対し、シェフはロングヘア―にタトゥと、かなり個性的である。メニューもその風貌よろしく、そこそこ上級者向けの内容だ。なんとなく無難にコースを選んでしまうのもわかる。いっぽう、イタリア料理好きなら時間をかけてじっくり紐解くなら、おもしろい要素がさまざまに詰まっている。

前菜は散々迷ったが盛り合わせにした。女子大生スタッフのメニューの説明は「ハムとパンと小鉢が3皿です」だけだった。ところが、ドンと置かれた大皿には、生ハムから、コッパ、サラミまでが盛りだくさんに花開き、郷土のパンとして、丸いティジェッラや揚げたニョッコ・フリットなどに、パルミジャーノ・レッジャーノやトマトのジャムが添えられる。日本のレストランで、ハムと一緒にここまで大量のパンの登場はあまり記憶にない。空腹の赴くままさまざまなパンにハムやチーズ、ジャムを挟んでもりもりと無心に食べる。小鉢と称された3皿は、ラードで揚げた豚バラ、タマネギのトマト煮込み、ピクルス。パンとともにでも酒のつまみとしてもかけがえのないものだった。

これなのだ。ぼくが密かに日本で求めるイタリア料理。ここまでイタリア本国に両足を突っ込んでいるレストランを常に待望していた。シェフは、エミリア・ロマーニャ出身のイタリア人に自分の料理を食べてもらってお墨付きを得ているが、それでも少し日本風にアレンジを加えていると静かに言った。

パスタのひと皿は、あれこれと逡巡しつつ、やはりご当地名産で今や世界的なメニューであるラザニアを選んだ。これがイタリアのラザニアなのか。何も言わず出されたら、ラザニアだとは思い至らないかもしれない。シェフは「肉じゃがに何か緑のものがほしいとグリーンピースを使いますよね。それがホウレン草だったら、違うと日本人は気づきますが、外国で流通したら、外国人は誰も違うと気づかない。それと同じことが日本のイタリア料理にも起こっているんですよ」と話した。

エミリア・ロマーニャのワインといえばランブルスコ。ぼくは過去にこのワインを何度も試し、どうしても感じてしまうケミカルなテイストが好きになれなかった。しかし、シェフの勧めによって提供されたランブルスコは、最上質の辛口ロゼを思わせるようにスッキリとして素晴らしく、自分の無知への反省と新しい出会いに感謝をした。食後酒としてグラッパを頼んだら、驚くほど安価。本当は皆さんにグラッパまで愉しんでほしいと思ってお安くしているのですが、なかなかたどり着いていただけなくて……と、シェフは寂しそうだった。

最後に「トレ・ガッティ」は、食べログへの掲載を拒否している。その点にも熱い賛同を贈りたい。掲載拒否のおかげで、この店の客層レベルは相当に高く、すこぶる心地よいことも魅力のひとつとして付け加えさせていただきたい。

「トレ・ガッティ」
●東京都豊島区目白3-13-1 2F
●03-3565-6181
●12:00〜13:30LO、18:00〜23:00LO
*水曜日はランチ休
●火休
posted by 伊藤章良 at 23:49| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月01日

(136)静岡「三河屋」

静岡名物以外もうまい。
酒飲みをくすぐる横丁の名店


静岡県は横に広く商圏がいくつかに分かれていることはよく知られており、新幹線で1時間の静岡市はもうほとんど首都圏である。宇都宮、前橋、甲府といった町と同等の距離感だ。いっぽう、それらを含めた首都圏の都市が特徴や個性を作ろうと躍起になっているのに比して、静岡にはガツガツとしたところがあまりみられない。その分、街は穏やかできれいで洗練された印象だ。静岡市の民は、東京近郊の地方都市としてのモチベーションは低く、東京に類似した感覚や物品が手に入ればいいという考え方なのかもしれない。旅行時の個人的定番である食料品売場を巡るために、静岡伊勢丹の地下に行ってみた。静岡の名産やご当地の特産品はほとんど見当たらず、東京の伊勢丹とあまり違いはなかった。駅前の鮨店でも、地場の魚を訊くとないと言われ、日本酒を頼むと麒麟山が出てきた。

そんな中、静岡を冠にしたご当地グルメ「静岡おでん」は少々異質だ。元々駄菓子屋で売られていたので、おでん種はすべて食べやすいように串にささっているというが、現在の専門店では、串の形状で値段をカウントするための方便のようだ。有名なおでん種が黒はんぺん。これは、東ではさつま揚げ西では天ぷらと称する練物の類で、あのふわふわさはない。

「静岡おでん」に出会うには、それを専門に扱う店が集まった二つの横丁を目指すのが手っ取り早い。一つは「静岡おでん」を看板にする店のみ、もう一方はそれ以外にも様々な料理店で構成される大きな飲み屋街。じっくりと一軒一軒見分したい魅力を持つストリートだ。残念ながらぼくは、「静岡おでん」店のみが密集する青葉横丁の「三河屋」しか知らず、よそ者としても多くを語る資格はない。ただこの店は、地元の皆さんから先生と呼ばれる名士の導きで訪れ、酒場好きとしては大変に心地よく、長年の研鑚で極められたオペレーションの妙も見事だった。

ビールをオーダーすると、赤星(サッポロのラガー)大瓶が出てくる。それだけでも酒場好きはアガるのだ。ところが先生曰く、「三河屋」は、某ビールメーカーが企画した全国ご当地ビールの静岡代表店だったらしい。と、そんな話をしながら、おでんを所望する。だしは黒っぽく、牛スジからとるとのこと。見かけよりも塩味は薄く香りも儚い。だからなのか、駄菓子の名残なのか、魚粉を振りかけてコクを加えるスタイル。ぼくは魚粉などなくても、自然のままのバランスに安堵する。

「三河屋」は、店主と女将さんによる構成でカウンター10席ほど。左にいわゆる全国共通のおでん鍋。真ん中は脂が煮える揚げ物用。斜め前に揚げ物のソース鉢。そして右にはガスコンロにのせられた鉄板。この狭い空間にて、煮る・揚げる・焼くを二人でこなす絶妙のレイアウト。ゆえ「静岡おでん」だけではなく、アジフライやモツの串揚げ、餃子の餡を餅でくるんだ餅餃子や焼きナスなど、おでん以外のメニューも限りなくうまいし、出来上がってくる過程がまた一見の価値ありなのだ。しかも、ガスコンロでは、常にやかんに湯が沸いていて、それで洗い物までこなしてしまう流れである。

翌日の「うなぎ」をメインに静岡までの小旅行を企画。前夜に静岡おでんの「三河屋」を訪れるとこができて本当によかった。もう一つ驚いたのは、数坪の小さな店ばかりが並ぶ青葉横丁ながら、すべての店が店内に化粧室を持つこと。これは飲食店の矜持として特筆したい。


先日大学生に静岡おでんの話をしたら、私たち世代の静岡は「さわやかのハンバーグ」なんですよと教えられた。次回はおでんにハンバーグか。

「三河屋」
●静岡県静岡市葵区常磐町1-8-7 青葉横丁内
●054-253-3836
●17:00〜22:00
●日、第2・3月休
posted by 伊藤章良 at 09:41| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする