いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年08月01日

(114)軽井沢「ラ・モンタニョン」

気分も最高潮。軽井沢で出会った
魂こもった小さなビストロ

最近の東京の食シーンでは、地方で名を馳せた、というと聞こえはいいが、地方で食べログにて高い点を得た店が東京に進出してくるケースが後を絶たない。行った自慢、食べた自慢が主軸の食べログでは、わざわざ遠方の店まで出かけている自分はすごいというバイアスがかかり、採点も甘くなりがち。
その地に存在してこそ輝く店であることを評価基準とすべきだし、タイヤメーカー「ミシュラン」の販促ツール『ミシュランガイド』のように、旅をしても行くべき、みたいな考え方が理想なのだが‥‥‥。

そんなレストランが、何ゆえゴミゴミした東京の真ん中で再オープンするのか。正直、何のワクワク感も期待もない。ましてや、全国各地で異彩を放っていたからこそ貴重なので、東京に来れば、大都市で切磋琢磨している店々に埋もれてしまうばかりか、対抗するのも困難が予想される。

おそらくは、東京の資産家・投資家が、東京でやらないかと声をかけるのだろう。もちろん地方でそれなりの名声を得ても、大都市で勝負してみたいとする料理人も多いに違いない。さらに、どの店も大変な高額と聞く。そりゃ当然だ。投資家に吸い上げられる分を客は負担させなければならない。

ところが、とんでもない高額もどこ吹く風で、それなりに席は埋まっているようだ。そんな店に浸食を許すぐらい東京のレストランは脆弱なのかと気の毒かつ寂しくなる。『浮かれた』客側も、投資家に大半を吸い上げられているにもかかわらず、地方から来た料理人の店に大枚を払う。


ならば今回は、東京を離れ地方で気を吐くレストランを取り上げてみたい。
場所は軽井沢である。ぼくは軽井沢で開かれるクーカル(「食う軽井沢」からのネーミング)というイベントの立ち上げ時のメンバーのひとりで、当時、少しだけお手伝いをしていた。ゆえ、その時は頻繁に軽井沢に行き現地のレストランにも足を運んだが、これといって印象に残る店とは出会えなかった。

当然だ。軽井沢は築地と同様に巨大な観光地である。観光地にうまいものなしとは世界の共通語。ところが意外にも、軽井沢のメインストリート、旧軽銀座の片隅にその店はある。
「ラ・モンタニョン」は、4人掛けが一卓、2人用が二卓、合計8席の小さなフランス料理店。「山の民の燻製」とも銘打つように、自家製シャルキュトリ(肉の加工品)の販売も兼ねている。
いっぽう、ダイニングで食事の際、「ラ・モンタニョン」のスペシャリテは舌平目のムニエルだと軽井沢在住の民から聞かされた。そんな外枠情報だけでも、゛ぼくのワクワク感は最高潮となっていた。

そして。
シェフ一人、マダム一人のミニマムな空間ながら、ぼくが今一番食べたいフランス料理が「ラ・モンタニョン」には揃っていた。

メニューにあれば、アンドゥイエットがマストと教えられたものの、訪れた日はなくて(といっても、都心のビストロでも今やほんどお目にかかることがないが)「豚足の焼テリーヌ アピシウス風」をチョイス。食感のバラエティさ、香り複雑さ、加えて焼きが呼び込むアドレナリン。この一皿でアンドゥイエットに巡り合えなかった寂しさは一気に紛れた。

舌平目のムニエルはもう、見た目から「鰻の蒲焼ビストロ風」とでも表現しようか。分厚く香ばしくクリーミー。添えられたバターライスがさらに鰻丼感を増長する。「牛肉やトリッパ(牛の内臓)の煮込み」も、ユーラシア大陸など軽く越えて、フランスそのものに降り立った自分がいた。

わずは8席の店をここに紹介するかどうか、少し迷った。でも、軽井沢の地で一人孤独に奮闘するシェフの姿を拝見し、すばらしい料理や人柄にも接し、やはり書きたくなった。
加えて「ラ・モンタニョン」は、ガイドブック的には「ナポリタン」が名物となってウェブ等に登場する。ぼくが訪問した日も、ぼくたち以外の客は全員ナポリタンを食べていた。ナポリタンはシャルキュトリを作る際に出た切れ端の肉を使っているそうで、そりゃウマイに決まっている。それ以上に、ナポリタンを軽く凌駕するメニューの数々がこの店にはあることをお伝えしたかった。

夏の観光シーズンは少々大変かと拝察するが、1月〜3月を閉める以外は通年でオープンされるという。秋口以降、寒くなってきたら、ぼくにとって「ラ・モンタニョン」の温かい煮込み料理が毎年の定番となりそうな気配だ。

「ラ・モンタニョン」
●長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢668 軽井沢ショッピングアレイ 2F
●0267-41-6401
●11:00〜20:00
●水休
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2018年07月01日

(113)渋谷「酒井商会」

懐痛めず大人が楽しめる
“中庸“なダイニング

15年以上前、情報ポータルサイトに週一で寄稿していた時期があった。食べログもなく今ほどレストラン情報に溢れていなかった時代。けっこう重宝されていたようで、今でも時々、ずっと読んでましたと言ってくださる方に出会う。

そんな方々は総じて、いわゆるダイニングバーで創作という名の素人料理と色付きのアルコールを飲んで女子を口説くことばかり考えていたが、伊藤のような「食べ歩く」楽しみがあるのかと衝撃だったという。しかも伊藤が紹介する店に女性を連れて行く方が確実に口説ける、みたいな話もされる。

確かにダイニングバーと呼ばれる飲食形態があり、今でも食べログ等のサイトにはカテゴリとして残っている。アルバイトが簡単に作れそうなインスタント料理と紙パックからグラスに移しただけの甘いカクテル。一度行けば、もう次の展開は期待できません、みたいな印象が残っている。

ダイニングバーなる言葉が生まれておそらく20余年。調理器具の進化や料理人の腕前も上がり、優れた食材を仕入れレストラン並みの料理が提供できる今。酒も和洋含めて酒屋の情報力やサーブする側のスキルもついてきた。というか、数本こだわった酒を常備することで、店のイメージが格段に上がるという簡単な仕組みに気づいたのである。こうして、美味しい料理とえりすぐりの酒が待っている、もはやダイニングバーと呼べない業態ができ始めた。居酒屋に比べ格調高い雰囲気、割烹より安価。フレンチ・イタリアンほど堅ぐるしくなく、オーセンティックなバーにはない優しさやカジュアルな側面も備える。

本来なら、「ダイニングバー」ではなく別の新たな名前を提案したいぐらいだが、それはやはり難しい。ただ、恐ろしく安価で揚げた油で二日酔いになりそうな居酒屋カテゴリと、天井知らずの価格上昇をもろともしない一部の金持ちとコレクターのための店。今やその上下両極端での凌ぎ合いを他山の石として、一番求められているのが、いずれでもないポジションなのだ。
いわゆる中庸の徳、というのだろうか。外食の愉しみを知った大人が、そんなに大きく懐を痛めることなく寛げる空間。

最近は、折に触れてこのタイプばかりが自分の選択肢に上がり取り上げたい店も数多いが、今回は「酒井商会」にしてみた。何屋か分からない、まして飲食店とも思えない名前ながら、一度見聞きしたら決して忘れることはない。この店の店主は、創業以来ずっと中庸を貫き、今や時代がやっと追いついてきた感のある中村悌二氏率いるフェアグランド出身である。

場所は渋谷警察の裏。大規模工事中の渋谷駅周辺において、これから密かなグルメスポットに成長する予感のエリア。「酒井商会」の店主、酒井英彰氏は、目と鼻の先「並木橋なかむら」に勤めていたというから、中村代表はさすがの太っ腹だ。

店の看板も出ていない古いビルの2階。階段を上がると立派なドアがあるので開けそうになるがそこは化粧室。右側がお店の入口だ。入店すると一瞬で世界は変わる。過不足のない落ち着いた空間。まずその段階で約束された『寛ぎ』にすでに高揚する。キッチンを囲むような長いカウンター、そして奥にはテーブル席も。

どこに保管されていて、どこで調理するのだろうと不安なるぐらい、料理のメニューは多岐にわたり、お酒の種類も豊富だ。じっくり眺めながら逡巡するのも楽しみのひとつといえよう。いっぽうで、好みを伝えて料理も酒もお任せするという手立ても悪くない。特に「お惣菜」を盛り合わせでお願いすれば、小粋な割烹をも凌駕する気の利いた詰め合わせが登場する。

中村門下の特徴の一つでもあるが、スタッフそれぞれの動きに無駄がなく小気味よい。特に料理を本当に効率的に作るなあと感心する。もちろん満席の中、決してスタッフは潤沢ではないが料理やお酒の提供にストレスを感じることがない。しかも、メニューの一つ一つに工夫が凝らされ、居酒屋にありがちな塩味で酒量を増やす作戦ではなく、ダシを利かせた料理で酒を楽しませる。特に、揚げ物に多くのバリエーションや技が光るのは、元々西洋料理も経験してきたと語る店主の幅広さだろうか。

欲を言えば、あまり混んでほしくない店ではある。でも、新・大人の食べあるき読者は、この店にふさわしい客であると信じてお伝えしたい。

「酒井商会」
●東京都渋谷区渋谷3-6-18 萩津ビル2階
●070-4470-7621
●18:00-26:00(LO25:00)
●日休
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2018年06月02日

(112)滋賀「セジール」

豪快かつ繊細な焼き加減が光る
精肉店のカリスマオーナーのレストラン


滋賀県草津市に、「サカエヤ」という近江牛をメインとした精肉店がある。ご存知の方も多いことだろう。こちらの社長新保吉伸氏は、今や肉の業界で、ウェブ上ではもっとも著名な人かもしれない。
個人的にも新保さんを存じ上げているが、新保さんのブログ「牛肉魂」は、お目にかかる以前から愛読していて、そのブログで牛肉、特に熟成について密かに学んでいた。

新保さんは、但馬産の黒毛和牛をルーツに持つ近江牛の精肉店を南草津で営むが、現在では近江牛に限らず全国から消費者(特にプロの料理人)が求める牛肉を扱い、牛肉以外にも、高校生が育成すると話題の愛農ポーク等も揃える。
新保さんが優れているのは、キチンとリアルに牛の生産者と向き合いながら、流通や情報伝達にITやウェブを活用したことにつきる。

新保さんは、注文があったとしてもすべての方に「サカエヤ」の肉を卸さないと知られているものの、何度か東京で食べる機会に恵まれた。ただ、そこで味わう「サカエヤ」の肉が他とどう違うのか、あまりわからなかったし愛読していた新保さんの解説に基づいて出来上がったイメージとも合致しなかった。
それほど肉を焼くのは難しい。しかも個体差があって都度対応するノウハウも、東京のシェフや店の厨房能力では限界があるに違いないと、なんとなく感じていた。

そんな思いは、食べ手のぼく以上に新保さん自身にあったのだろう。2017年秋、「サカエヤ」店舗の隣りに(正確には移転した新店舗に併設して)「セジール」というレストランをオープン。
ぼくの周りにも新保さんファンは多く、彼自身の店を歓迎。昨年から滋賀まで出かけていたが、彼ら彼女らの話を聞くと、今一つ肉の「焼き」には、完成されているとは受け止めにくかった。
オープン8か月を過ぎたころ、新保さんはご両親を初めて店に呼んだとも伺い、そろそろ行き時と判断したぼくは、滋賀県の南草津まで出かけたのだった。

JR京都駅から20分ぐらいだろうか。この辺は京都のベッドタウンでもあり、感覚としては都心から練馬あたりに向かうムード。南草津駅で降り、そこからバスかタクシーという微妙な距離。気候もいいので歩いてみるかと、ぶらぶら行動に移した。

遠かった。そして道中はごくありふれたバス道路だった。しかし、「サカエヤ」の駐車場が見えてくると、今までの疲れが吹っ飛ばしてくれるようなカッコいい外観。併設されたレストラン「セジール」のエントランスは、ヨーロッパの郊外にあるミシュラン三ツ星レストランを想起したと言っても大げさではない。

穏やかでゆったりとしたスタッフに導かれて店内へ。きちんとレセプションがあり、ダイニングに進むと大きな窓の向こうにテラス。さらにその先が海だったら地中海沿岸にあっても不思議ではない風情。残念ながら、そこは日本のありふれた日常ではあるが。

肉を食べに来たので、肉しか眼中にはない。シャルキュトリー(ハム、ソーセージなどの肉の加工品)とタルタルを前菜に選ぶ。意外といったら失礼だが繊細で優しい味。シェフが元々フランス料理だったことが頷ける仕上がりだ。ビストロの感覚ではなく、その上の印象である。肉についてはシェフと相談。その日に用意された三種類の肉の食べ比べはいかがという。鹿児島産の熟成肉、近江牛ランプ、そして愛農ポーク。

いずれの「焼き加減」も、ここまで来てやっと納得、と膝を打つ。肉を知り尽くした職人が最適な方向で切り落とした塊を、時間をかけ入念に直火にかざしては休ませを繰り返す。肉にしっかりと熱が伝わり、やすやすとは逃げない状態にまで閉じ込めてある。二切目、三切目と食べ進んでも温度が下がらず、最初の美味しさが持続する。
さらに、脂身のうまさが特に際立つ。肉自体が上質ということもあるだろう。しかし、脂身へは赤身以上に入念に火を入れ、おいしくなるまでじっくりと焼き上げている証左だ。脂身に火が通るまで時間をかけると赤身肉はうま味が抜けてパサつくような気もする。東京で食べた「サカエヤ」の肉には、そういった傾向もみられた。ただ、さすがに「セジール」は違う。脂身も赤身も同様に、しっとりと舌に纏わりつく感じが心地よい。

テーブルに顔を出された新保さんは、やっと「サカエヤ」の肉の特徴をシェフが理解し、さらに「セジール」とは、フランス料理ではなく「肉を焼く」をメインにした料理店であることをシェフが分かり始めたと語った。

ゴールデンウイークのランチタイム。ダイニングはほぼ満席で、ほとんどのテーブルが年配の方々。人生の先輩が肉の塊に舌鼓を打つ姿は、すでに都心のレストラン以上に成熟したシーン。ヨーロッパのレストランにいるような楽しい錯覚もあった。

「セジール」とは、フランス語でつかむという意味だ。なぜ「セジール」にしたのか、新保さんに聞きそびれてしまったが、「丑」という漢字が指で締める様子を現す象形文字だと、以前林修先生の番組で解説していたのを思い出し、そんな関係もあるのかなと想像した。
でも個人的には、心臓をわしづかみにされるぐらいの感動と意味づけたくなった。

「セジール」
●滋賀県草津市追分南5-11-13
●077-561-3329
●11:30〜14:00LO、18:00〜21:00LO
●水曜日、最終火曜日
posted by 伊藤章良 at 16:25| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月01日

6月2日にアップいたします

いつもご愛読いただきましてありがとうございます。
著者の伊藤章良さんからは原稿をいただいているのですが、
管理人が体調不良となり、アップを明日6月2日までお待ちください。

申し訳ありません。よろしくお願いいたします。

管理人より

posted by 伊藤章良 at 16:17| Comment(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

今月はお休みさせていただきます

いつもご愛読ありがとうございます。
著者海外出張のため、今月はお休みさせていただきます。

次回更新は6月1日です。

よろしくお願いいたします。


posted by 伊藤章良 at 10:39| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

(111)大阪「anju sachi」

切り盛りするのは超美人な店主がひとり。
祖母の技を継ぐナチュラルな韓国料理の店

深夜のグルメ番組を見ていたら渡部建さんがゲストで、変わった調理法や珍しい料理を出す地方の店を紹介していた。そして渡部さんは、そんな料理人のことを「彼らは変態なんですよ」と言った。

SNSの中のごく一部の人たちが、変わった調理法や珍しい料理を出す地方の料理人を「変態」と称している様子を目にしたことがある。でも、おそらく視聴者の90%以上は変態=犯罪者との認識だろう。しかも、いかにも犯罪者のような料理人の写真までテレビ画面に登場していた。

ただ、ぼくがもっと驚いたのは、そこに同席していた老舗料理雑誌の編集長までもが、かぶせるように「ど変態ですよ!」と叫んだことだ。正しい日本語を扱うことが仕事の編集者が、公共の電波で変態という言葉の及ぼす影響を考慮しないものなのだろうか。かくして、たまたま一緒にテレビを観ていた母が、「この人って変態なの?」とぼくに聞いた。

変わった調理法や珍しい料理って、昨年スペインを訪れても感じてきたが、すでに過去の潮流である。というか、一瞬にして模倣され一般化し、今や単なる化かし合いのようにも見える。「変態」ではない優れた料理人は誰も、そんなことを極めようとか勝負しようと思っていない。ぼくも純粋に、おいしい料理が食べたいだけである。しかも、体によいものなら、さらに嬉しい。

大阪で、まさにその言葉にぴったりくる店と出会った。「anju sachi」という。大阪梅田から徒歩圏。関西では著名な神社、お初天神横の雑居ビルにて女性が一人で営む韓国料理店である。

ぼくは自ら選ばないジャンルの一つに韓国料理がある。特に東京の大久保界隈で乱立するそれらの店は、どの店も同じ味、どの料理も同じ味に感じてしまう。最初の一口は強いインパクトながら、添加物やうま味調味料の大量投与にて、早々に食欲が失せる。もちろんそんな店ばかりではないことも認識している。しかし、自分の舌の記憶あるのは、ほとんど同類ばかりだ。

ところが大阪は本場。底力が違う。一瞬にして魅力に取り込まれた。
「anju sachi」店主の大山佐知さんは、つい先日までメインは主婦だった。お子さんが手を離れたのを機に、一念発起して念願の料理店を持った。そこには、自分が大好きだったおばあちゃんの味を、きちんと残したい、再現したい強い気持ちだけがある。彼女の舌の確かな記憶に、確固たる技術力が加わり、極めてシンプルながら、今までほとんど口にしたことのない陶然とする韓国料理に仕上がっていた。

最初に出されたスープの衝撃、そして自然な食材の味をきちんと残したナムル。韓国らしいピリ辛の方向に振れても、そこに今までぬぐいきれなかった抵抗は感じない。韓国語でジョンと呼ばれるピカタのような皿。愛あふれる母の味だ。と、この辺までがセットとして提供される。
小さな店で、すべてが手作りなので、メニューは多くない。さすれば、今日あるものはすべていただいて帰ろうと、そんな気になった。

添加物まみれのものしか食べたことのないチャプチェは、ここではまるでサラダのようだ。酢の物に含まれた辛みに朝鮮半島の主張を感じ、ホルモンの処理もさすがである。キムチは一週間漬け込んだというが、未だシャキシャキでみずみずしいものの、きちんと発酵途上の香りがまとう。メインとして用意されるのが「茶美豚のスペアリブ」。スペアリブと呼んでしまっては説明のつかない奥深い味わい。相当満腹状態ながら、骨の周りまでくまなくガッついた。

さらに膝を打ったのは、こんな料理だからこそワインとのマリアージュを楽しませてくれる。焼酎やマッコリといった主張の強い酒である必要がない。

ところで佐知さんは、一部に浪速のジェニファー・ロペスと称されるぐらいの美人である。確かに、こんなお母さんだったら息子はドギマギするかなあと思いつつのスタートだった。ところが、途中から全く気にならなくなってしまった。
色気より食気のぼくなので、あまり説得力がないかもしれない。でも、料理にすっかり心を奪われ、自分の中にはほとんどその記憶しか残っていないのだから、仕方がない。

「ワインと韓国料理 anju sachi」
●大阪府大阪市北区曽根崎2-5-22日宝パティオ曽根崎4F
●06-6362-0037
●17:30〜21:30LO
●日、月休
●要予約


posted by 伊藤章良 at 20:05| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月01日

(110)台北「漉 海鮮蒸氣鍋」

極寒の東京を離れて春の陽気の台北へ。
この時、この場所でしか食べられない鍋を求めて

2018年の2月も台北に行ってきた。
ぼくの中で、この時期台湾に行くのが毎年のキマリのようになっている。
その理由は二つある。
一つは、2月の台湾は大変に気候がいい。特に東京の極寒に比べすでに春の陽気。凍りつきそうな日本を抜け出し、つかの間の暖かさにひたる幸せ。
そしてもう一つは、この時期しか食べることのできない台湾特有の鍋料理があるからだ。

台湾には未だ日本でほとんど見ることのない鍋料理がいくつもある。そういった鍋の店は、冬の間、旧正月の期間中も含めて休まずに営業し、春夏の期間はすべて休業といった営業形態をとる店が多いのだ。さすがに台湾の夏は暑く鍋料理を食べる気分にならないからだろう。ゆえ、この時期を狙って飛ぶのである。

日本にはない鍋料理の数々を毎年堪能、といきたいところだが、実は英語も通じないローカルな店がほとんど。意外と予約の段階からコミュニケーションには苦労が絶えない。

今回の台北も、新たに発見した鍋料理店を目指すことにしていた。
「漉 海鮮蒸氣鍋」という。Facebookページがあるので予約のメールをした。もちろん中国語はできない。中国語翻訳サイトで中文を作り送付し、戻ってきた文面を改めて翻訳にかけ確認する。ところが、いくつものサイトを使って翻訳しても訳が異なり、予約が取れたのか確証できない。結局中国語の分かる友人に最終的に教えてもらわざるをえなかった。

この鍋料理、実は香港発祥のようだが、アッという間に台湾でも脚光を浴びた。きっと瞬く間に日本にもやってくるに違いない。もちろん料理も素晴らしい。でも、そんな手があったか! と膝を打ちたくなるほどオペションが斬新なのである。

自分たちは日本から予約を入れたものの、店まで行ってみると長蛇の列。予約のない人たちが並んで順番を待つ姿に、予約時の苦労がしのばれる。
台湾らしい、魚介の生け簀を観ながら店内へ。テーブルの真ん中がクリ抜かれ大きな鍋が入っている。熱源はIHだ。まずはその鍋にスープと米が投入される。その上に穴が無数にあいた薄い鉄板を載せる。薄い鉄板の上に食材を置き最後に大きな耐熱ガラスの蓋で完全密閉する。IHで鍋を温めると、スープからの蒸気で鉄板の食材に火が通る。それを独特の酸味の利いた醤油タレに付けて食べる。
蒸された食材から出た貴重なダシは、余すところなく穴から下に落ち米の入ったスープと混ざる。様々な食材のエキスが滴り落ちつつほとんどアクもない完璧な雑炊を最後の〆でいただくという趣向。

生け簀から新鮮なエビが運ばれてきた。最初に蒸されるのはエビ。スタッフはIHを操作し「フォー ミニッッ」と言って去っていく。4分待つと戻ってきて圧着してあったガラスの蓋を開けると、そこにはきれいなピンク色に蒸し上がったエビが山盛り。
香港の海鮮料理店に行くと、アミューズとして最初に出される蒸しエビ。まさにアレだ。熱い熱いと叫びながら殻をむき、フルーティで塩味とのバランスに優れた酸が持ち味のタレにつけ、一気にほうばる。ウマイ。これは止まらない。

一瞬にしてエビがなくなる。貝類が、今度は野菜共に鉄板へ。蒸しあがった瞬間、様々な香りが混ざり合って食欲中枢をさらに刺激する。オリジナルのタレは野菜にも程よく合う。

肉も、豚と牛の二種類が2回に分けて載る。豚肉はしゃぶしゃぶ風に、一方牛肉は豆苗とともに蒸し豆苗に巻いて食べる中国風の仕上げ。こうして同じ肉類でも小さな工夫だけで違った料理として君臨する。
メインはハタ。香港でいうガルーパで高級食材である。香港の海鮮料理店でもメインで一匹まるまま登場するが、ここでは切り身。あっさりとしながら弾力やうま味もあり、蒸すことでさらにプリプリ感が増す。

なんとも大量な陸海食材のオンパレードながら、あっさりと食べることができ、あっという間に胃袋へと吸い込まれていく。そしてラストの雑炊。
ただこの雑炊だけは、最初からスープに特徴的な味付けがされていて、各食材から滴り落ちたエキスがそこに隠れてしまった印象がして残念だった。

それにしても、調理場もシェフも不要。IHの特別な鍋がマストだが厨房設備はいらないので、設備投資もさほどではないだろう。調理はすべてIHが完璧にこなし、スタッフは緊張を強いられることがなく、逆にそれがのびのびと個性も発揮できて楽しい。

アイデアと工夫さえあれば、こうして新しい料理や料理店が次々と生まれてくる。いっぽう日本は、伝統的な技術や徒弟制度に頼る分、爆発的なアイデアが生まれにくい土壌なのかもしれない。
「漉 海鮮蒸氣鍋」、大賑わいだが一人の日本人も見かけなかった。ただし、店に美しい日本語のメニューがあることに驚いた。すでに日本もターゲットなのか。日本進出は、すでに彼らの青写真に描かれてるのかもしれない。

「漉 海鮮蒸氣鍋」
●115 台北市南港區經貿二路188號B棟3樓
●+886 2 2785 1995
●11:00〜15:00、17:00〜21:30
posted by 伊藤章良 at 22:24| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

(109)青山「ナリサワ」

日本酒とのペアリングで驚愕した
世界的シェフの変遷と進化

1995年オープンというから、もうすでに20年以上前。
今でこそ普通のことなのだけど、フランスで長く修業した料理人が日本に戻ってダイレクトに自分の店を開くのは、当時はまだ珍しかった。
齋藤壽氏、見田盛夫氏など、フランス料理の論客がこぞって待ち焦がれ、訪問して絶賛した成澤由浩シェフの「ラナプール」は、東京でも横浜でもなく、小田原の早川にあった。

遅めのランチタイムに予約を入れ東海道本線に乗ってゆっくりと移動。早川の駅から海に向かって歩く。小さな可愛らしいレストランだったが、シェフ渾身の料理はものすごい「圧」があり時間もかかる。その間にワインも進む。会話はさらに弾む。夜のディナー客が来ていて初めて日が暮れていたことに気づく。21世紀の今はもう、そんなレストランには出会えないだろうと、ふと寂しくなる。

その後成澤シェフは、南青山の大きなビル横に移転。確か「 レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」と、ご自身の名前がついた。もちろんオープンすぐ訪問、往年のスペシャリテ「いちごとフォアグラ」等も食べることができたが、あの港町の風景とは様変わりし自分の中でのギャップを咀嚼できずにいた。

その後も快進撃が続き、すっかり都心の最高級フランス料理店として定着。ポッと出てきた評論家に「女を落とせる一皿」との意味付けでテレビ紹介され、来店してその皿しかオーダーしない客が増えて困ったと聞いた。まあそんな具合なので自然と足は遠のく。その後「ナリサワ」とシンプルに店名を変更、炭酸水メーカーによる世界のランキングでも日本のトップとして騒がれた。そしてさらに興味が失せてしまった。

聞こえてくる料理への感想は、もはやフランス料理ではない、あれは和食だ。というもの。日本でもっともフランス本国に近かった早川の「ラナプール」は、どこへ行ってしまったのか。もうあの感覚は甦らないのか。個人的な感傷に苛まれるも、予約の取りにくい大変高額な店でもあるので、自分の中での訪問意欲はますます下がっていった。

ただ、やはり当代一流のシェフである。テレビに出ていても誌面で何かを語っても、絵になるし他を圧倒する。そんなある日、自分より一回り以上若いのにキチンと友達として付き合ってくれる和歌山の蔵元から、「ナリサワ」に行ってみたいんですけどご一緒しませんか、というオファーがあり快諾した。予約はもちろん自分から取った。その際、和歌山の蔵元と伺う旨も伝えたところ、アルコールは日本酒とのペアリングを強く勧められた。
すでにフランス料理ではないと聞く成澤流を、日本酒の蔵元と共に日本酒ペアリングで楽しむ。すばらいお膳立ては整った。

訪れた「ナリサワ」は、自分の記憶の中の空間よりもずっと小さくこぢんまりしていて、ここに世界中から客が来るなら、そりゃ席は取れないよなあと嘆息。ダイニングはすでに半分ぐらい埋っていたが、奥の団体客は、スタッフと英語で会話しそれをガイドらしき女性が中国語圏の言葉に訳している。左側は青い目のカップルだ。

料理が始まった。
幕開けは、いわゆるスペインでいうピクニック。屋内にいながら野外でのびのび育った食材のそばへと一気に旅立たせるイメージづくり。パンまでも客席で熱を入れて仕上げると凝りように、自分の気持ちがざわめき始める。
その後は、日本料理なのかフランス料理なのかスペイン料理なのか、もはや理解不能。もちろんいい意味でだ。というのも、すべて間違いなくおいしいけど、
仕上がりがいたってシンプルなのだ。うずらは焼鳥のようで、ふぐは白子鍋のごとく、すっぽんは照り焼き色に輝いて……。知っている和食がこんなにおいしかったのかと一口一口気づかされる喜び。分かりやすく素材の個性を残し少しだけ最適な味付けを加える。日本のフランスのという以前の料理の基本だし、気の遠くなるような辛抱強い仕事がここにあった。

ソムリエなのだから、もちろんワインの専門家だろう。しかし、いったいどれだけ日本酒を勉強し体験してきたのだろうかと舌を巻いた。それはまさに若き蔵元との一騎打ちだったのかもしれない。そこそこ日本酒通だと自負していたぼくも、ほとんど知らない、知っていてもそんな飲み方をしたことがないラインナップ。
毎年酒を醸して今や誰もが知る人気ブランドまで育て上げた男との対峙である。彼が首を振るところも、あまりの合致にうなだれる姿も、見守るぼくは愉快極まりない。まったく物怖じをすることのない挑戦的なソムリエの姿勢に感服だ。

さて、メインの肉料理となった。成澤シェフ曰く、これだけはフランス料理の手法で作りましたと自ら語る。日本酒は何を持ってくるのだろうか。ぼくたちの興味は極限まで達し予想合戦まで始まった。そして、なんとそこは滋賀の不老泉。水があふれんばかりに豊富で、イノシシ、熊等のジビエの名産地である琵琶湖の周りで醸された酒こそ、肉に合わせる唯一の日本酒ともいわれる。最後の最後は教科書通りなのか。何というピュアで納得のいくエンディングだろうか。

こうして「ナリサワ」でのディナーは終わった。
もちろん成澤シェフのフランス料理が好きで好きで、早川に通った一人である。でも、今までここに足を運ばなかったことを後悔してやまないほど、進化し続けるシェフの存在を感じた。そして、シェフの変遷と呼応するように広く深く突き進むソムリエの頼もしさも併せて。

日本人にフランス料理のすばらしさを伝えた第一人者である故見田盛夫さんとも、何度も「ラナプール」にご一緒した。
今、「ナリサワ」の料理に見田さんが接したなら、なんといわれるだろうな。帰り道、そんなことを考えながら空を見上げた。

「ナリサワ」
●東京都港区南青山2−6−15
●03-5785-0799
●12:00〜13:00(LO)、18:30〜20:00(LO)
●日月休
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2018年01月01日

(108)経堂「鮨処 喜楽」

客層のよさも店の格。ベテランの技を酒とともに
じっくり味わいたい昨年ベスト1の鮨店

あけましておめでとうございます。

今年も、食を愛する皆さんへ、胸のすく、溜飲が下がる、快哉を叫びたくなるような文章をお届けしたいです
といいつつ、昨年暮れの話題から……。

2017年、クリスマスイブは日曜日だった。
数年前から人込みに出かけることすらしなくなった12月24日。昨年も家で原稿を書いていて気分転換でもしようかとパンを買いに出た。

凄い数のカップルだ。一年分ぐらい見た気がした。バブル期のステレオタイプかと思いきや、今でもクリスマスデートやディナーは日本人にとってマストのようである。

ずっと以前「レストランひらまつ」の平松シェフがパリにレストランを出したころ、日本の「ひらまつ」は12月24日が一年で一番忙しいけど、パリの「ひらまつ」はその日は休みだよ、と苦笑いされていた。
西洋のクリスマスは自宅で家族と祝う行事、逆に新年は友達と過ごすのが通例だそうだ。日本と真逆である。ただ、西洋人にとってさらに滑稽なのは、日本人はクリスマスに「ケンタッキー・フライドチキン」を買うことだという。特別な日になぜファストフート? 確かにそうか。

ぼくは、12月後半に特別メニューを設ける店には、バブル期を含め行ったことがない(あくまで、それを否定するわけではないが)。行くなら和食と決めている。 2017年、そのうちの一軒は鮨。経堂の「喜楽」を選んだ。

「喜楽」は、拙著『東京百年レストラン』でも紹介しているお気に入りの一軒で何度か訪れているものの、ここしばらく時間があいていた。

「喜楽」の店主、太田龍人さんとは、新橋の「しみづ」でお目にかかったことがある。というか、お帰りになった後、清水さんに聞いて初めて認識した次第。その後ずっと行きたいと密かに考えていた。
同じ業種である鮨店にも、ふらっと気兼ねなく奥様と出かけるような、そんなギラつかない料理人がぼくは好きだ。まして、そこが、個人的に江戸前鮨の最高峰と位置付ける「しみづ」なら、なおさらだ。

「喜楽」太田さんの近況はフェイスブックを見て知ることができる。最近の彼は、台湾やイタリア各地によく出かけていて、しかも聞いたことのないレストランや行ったことのない場所に足を運んでおられる様子。加えて「ゆうじ」の樋口裕師さんと一緒に船で釣りをしたりと、国内でも驚きのフットワークと交流の広さを垣間見ていた。

そして久しぶりの「喜楽」の鮨は、本当にすばらしかった。2017年、ぼくにとってベストの鮨だった。
ぼくが鮨店の「おまかせ」に一番望んでいるのは、素材一つ一つの個々の魅力より料理の流れや味の濃淡のつけ方にある。そこに鮨職人の瞬発力や技量が溢れていると思う。「喜楽」は、まったくブレや淀みがない。ツマミの火の入れ方、タネの状態や温度管理も、客との会話をはさみながら飄々とこなされているようで一分の隙も見つからない。これは、今の若手鮨職人には真似のできない、まさにベテランたる面目躍如。
そして小さな料理の中に込めるおいしさの大きいこと。
同業、他業種に限らず、フラットな感覚で他流試合を臨み、料理人にだけではなく様々にクリエイティブな人たちと交流されている人間性から放たれる魅力か、とも感じた。

さすがだ。ぼくはこういう鮨が食べたかったんだと、しみじみ感激した。

そしてさらに、客層がすごくいい。太田さんが酒好きで詳しいということも講じてか、全員酒を飲んでいる。単純なようでこれは極めて重要なこと。
上品でかくしゃくとした91歳だという男性と、可愛らしく恥じらいを身にまとう85歳の奥様。お互い燗酒と冷酒をカッカッと飲んでおられる。沿線の他の駅から「喜楽」まで通い、ここで飲む酒が最高の楽しみと朗らかに笑う。反対側は女性二人。座るなり、ブルーノ・パイヤールをセレクト。ご主人がボトルを冷蔵庫に入れたのでグラスで頼んだのかと思いきや、何度もそこから出してつぎ足す。泡が空くと続いてご主人の勧めによってアルザスの二本目だ。カッコよすぎる。

ぼくには、赤ワインで鮨を試してごらん、との太田さんの勧めで、人生初、赤ワインとスシ。これがなぜかおもしろい。

東京都心にある高額鮨店の客層の貧弱さにはつらくなることもしばしばだ。だから楽しくないのかと改めて気づかされる。いや、鮨店にとっての上質な客は「喜楽」のような場所で寛いでいたのかと逆に安堵した。
「喜楽」は突然2017年にミシュランで一つ星を取ったそうだが、店内では単なるギャグのごとく語られ、それがまた客同士の距離を縮めていた。

ネット社会、さらなるSNS情報の氾濫で客の焦点が定まらず、枯渇した難民のごとく流行りの飲食店をうつろう中、経堂のここは、治外法権、いや、フランスの中のモナコ公国のような異彩を放っている。枯渇した難民の流入をことごとくせき止めて、今のままで永遠に続いていくことを願ってやまない。

「鮨処 喜楽」
●東京都世田谷区経堂1-12-12
●03-3429-1344
●11:30〜14:00、17:30〜23:00(日祝〜22:30)
●水休
posted by 伊藤章良 at 22:08| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

(107)五反田「大衆酒場PING」

グラナダのバルに思わず重ねた
五反田の居酒屋パラダイス

二か月前、こちらの連載で紹介した、スペイン・アンダルシアのレストラン「アポニエンテ」が、ミシュランガイド2018、スペイン・ポルトガル版で三ツ星に昇格した。
すでに評価が出来上がった店にすり寄ったり後追いするのではなく、これから伸びてくる、評価が高まる店が紹介できてこそ自分の仕事かなと思う。なんとも喜ばしい。

今回のスペイン南部の旅行では、そんな星付き店とは別に、さらに感動した飲食体験があった。それはグラナダという町でのこと。グラナダは、スペインで最も有名な観光地の一つ「アルハンブラ宮殿」の城下町、との認識しかぼくにはなく、あまり飲食に期待しなかった自分を恥じる出来事だった。

グラナダ到着後、まずはランチをと最初に入ったバル。飲み物を注文すると料理が一皿合わせて出てくる。かなり本格的な骨付きチキンのソテーだ。野菜も添えられている。グラナダのバルは、飲み物に必ず一皿料理が付くという前情報はホントウらしい。だが、にわかに信じられない。次に頼んだらどうなるのかと疑問と期待が膨らむ。
次に飲み物を注文すると、イカのトマト煮込み、いかにもスペインっぽい料理が来た。一皿つくのは間違いないようだ。ならば、何杯も何杯も永遠に頼んでみたくなる。そして実践した(笑)。杯を重ねるたび違う料理が必ず供される。後半は、頼んだ酒に合う料理を選んで持ってきてくれているのではないかと、サービススタッフの愛まで感じたぐらいだ。

店を変えてみた。どの店もどの店も、バルは必ず同じスタイル。若者向きのモダンな店舗では、一杯の酒に付ける料理を自ら選べとメニューを渡された。
結果ぼくはグラナダの町で、たった一度も料理にお金を払うことなく腹いっぱいになり、もちろん大いに酔っ払った。
なんという場所だ、まさに酒飲みのパラダイスじゃないか。楽しくて楽しくて、ここもかな、こっちもかなと確かめたくて、何軒も何軒もハシゴした。そして全て変わりのないスタイルだった。

もちろん日本人の先達は何人もグラナダに行って感動しただろう。飲食経営の会社にはグラナダという社名まである。こんな夢のようなシステムを日本でも実現したいと考えないはずはない。でも、どうしても日本はお酒が高すぎて断念せざるを得なかったのではないだろうか。

若者は酒を飲まなくなったと言われる。もちろん酒や酒を取り巻く環境がめんどくさいこともあろう。でも一番はお酒が高いからなんじゃないかと、グラナダで改めて考えた。お酒の大半は税金だ。そこを根本的に考え直す時期にきているのだ。

さて、こんな話だけをするつもりではなく、グラナダに触発されるがごとく、酒税のバカ高い日本においても、すばらしい酒場があることを今回のテーマにしたい。

その酒場は五反田の「大衆酒場PING」。店名の意味はピン、つまり一人で来ても楽しめる店とのコンセプトから端を発している。
五反田は魅力的な大衆酒場の並ぶ大好きなエリア。過去にもここで紹介した店があるし、最近の発展や集中も目覚ましい。「大衆酒場PING」もその一角。五反田駅西口を出て両側に酒場が並ぶ道を少し歩いた右側。

「大衆酒場PING」は、酒場だから当然のことかもしれないが席の予約は取らない。でも、電話して自分の電話番号を告げると席が空けば連絡をくれる。それこそピンの客も多いので比較的回転が速く、頼んでおけば意外とすぐに席にありつける。というか、忙しい店内でスタッフの皆さんにとっては大変面倒なサービスながら、ちゃんと対応されていることがすばらしい。

メニューを見て、ものすごく正直な店だなあと微笑む。
ホッピーは焼酎とキンミヤを使ったものとで百円の価格差を設けていて、この焼酎ってどんなお酒? と聞くと、ああ、体にわるーいやつ、ですよ(笑)との答えが返ってきた。じゃ、その体に悪いやつ一杯。みたいなやりとりだ。
日本酒なども、市中の居酒屋に比べ、こんな地酒もあるのかと膝を打つ品揃えながら、どれも抑えた価格でさらに頼もしい。

料理は驚くほど幅広いバリエーション。中でも、もつ焼きがメイン。料理もとても安いのだけど、丁寧にカットした部位をキレイに串に刺し、しっかりと火を通す。酒場のもつ焼きとして十分過ぎるクオリティ。
すべてのつまみ類も、ピンで飲む人のサイズを考慮した小さいポーションながら、安価できちんと手仕事を加えてあり、しかも酒が進むものばかり。

こうした小さなこだわりや努力を一つ一つ積み重ね、最大に居心地のいい空間を創り上げることに成功している。一長一短にでも、机上のコンサルティング作業でも、決してできないコツコツとした精進と、理想の酒場を作りたいとの信念だろうか。おそらく、大規模なチェーン展開など眼中にないだろう。

興味があったので少し調べてみると、経営母体は建築設計事務所であることが分かった。想像するに、いろいろな店舗設計に携わる中、自らが行きたいと思う酒場を作ろうと考えたのだろうか。
そこには、飲食店経営で大きな夢を叶えたい(稼ぎたい)と頑張る、例えば「てっぺん」のような店とは異なる、落ち着きや品がある。客と応対するスタッフの皆さんすべてに、そんな気持ちが徹底されている。

スペインのグラナダとは違うものの、東京にも酒飲みのパラダイスと呼べる店があることを、改めてお伝えし、そして感謝したい。

「大衆酒場 PING」
●東京都品川区西五反田2-4-6ハイホーム五反田1F
●03-3492-1337
●17:00〜25:00(月〜木)、17:00〜27:00(金土祝前)、17:00〜24:00(日祝)
posted by 伊藤章良 at 14:23| Comment(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする