いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年10月01日

(105)アンダルシア「アポニエンテ」

潮流を作ったスペインにおいて、さらなる
新時代の到来を感じさせる魚料理レストラン

南スペイン、アンダルシア地方を回ってきた。
スペインは、フランス、イタリアとは違う、独自の料理への探求やアプローチで、西洋料理全体を塗り替えるほどの影響を世界中に与え、技法を一気に拡散させた時期があった。

そんな潮流は、アメリカが作るのではないかと90年代には予想していたが、ポジションをスペインに奪われた感がある。ただスペインを牽引するレストランは、科学的な料理手法が、長いスパンで見た場合人の健康に影響を与えかねないなど、やっかみも含めた批判の矢面に立たされ早々に閉じることになり、伝説とそこで修業をしたという勲章だけが残った。もちろん追従し高い評価を現在でも受けているレストランも多数あり、特にバスク地方には都市戦略としてグルメを推進したこともあって、数々のミシュラン星付店がかたまっている。

フランス国境に近いサンセバスチャンは、近郊も含め三ツ星三軒を有しつつも安価で飲み歩けるバル街も楽しい。このバル街、特に旧市街はもの凄い数の店が林立するものの、一軒の寿司屋をのぞいて すべてバスク料理店のみである。例えば東京の立石へ酒場巡りに行ったら、もつ焼き、串カツ、おでん、寿司、鳥の素揚げから餃子まで、あらゆるバリエーションがそろっている。そんな飲み屋巡りを体験している日本人にとって、サンセバスチャンのバル街は潰しがきかず、長期に滞在すると、やがて飽きてしまうように感じた。

ミシュラン三ツ星レストランや町おこしによるバル街を巡るより、新たな展開や伸び代を見せるスペインのレストランを体験したくて、今回は南下を試みたのだった。訪れたアンダルシア地方のレストランはいずれも本当に素晴らしく、様々に面白い仕掛けも工夫されていて、当分日本で西洋料理を食べる気はしなくなるほど深い刺激を受けた。でも、そのうちの二軒は自分以外に一組しか客がおらず、高いクオリティを発揮しながらも情報は行き渡らず、まだまだこれからの印象を持った。もちろん誰一人として日本人と会うことは、高級レストランのみならず地元のバルにおいてもなかった。

訪問した中で一番に取り上げるべき店が「アポニエンテ」である。
ヨーロッパ最古の町とも言われるカディスからクルマで30分ぐらい。カーナビが目的地周辺ですと伝えた辺りは、一見倉庫が立ち並ぶ地味なエリア。ところが、来客を出迎えるために、店の駐車場付近にスーツ姿の男性が待っていてトランシーバーでやり取りをしている。なんでそこまでと思うが、これは客が店のレセプションに入った瞬間から「アポニエンテ」の世界観に引き見込むことを前提とした店側の用意周到な準備なのだと後々に分かる。

二年ほど前にこの場所に移転して、今のアプローチを完成させたと聞いた。レセプションニストに案内され倉庫が並ぶデッキの上を歩く。その瞬間から内陸ではなく海辺なのかと錯覚する面白さ(実際に海からは遠いのだが)。海からの恵みを基本にした魚料理専門レストランである主張を感じさせる演出なのだろうか。

まずは小さなキッチンの付いた待合の空間に通されると、地元の名産であるシェリーを(クルマで来たにもかかわらず)並々と注がれ、日本流でいう駆けつけ三杯、みたいな出迎え。魚の各部位を様々に小さく調理したつまみをシェリーとともに味わい、アポニエンテのコンセプトやこれから過ごすの時間の紹介がある。手の甲に載せて素材の感触を楽しみながらいただくアミューズもここで登場。シェフは英語ができますので気軽に話しかけてください。とスタッフから言われ、わざわざそのような説明があるのも、英語も話せるシェフってヨーロッパには意外と少ないなあなど思い出していた。

駆け足で最初のもてなしを体験した後、メインの建物内には入り、厨房を横に見ながら、界隈の歴史や地理的優位性を聞き、自分たちの料理の源が、海と大地にあることを客に想起させてメインダイニングへ。

ここはさらに海の世界。椅子の背が魚の尾びれの形をしていて、テーブルには、船を港に固定するロープに見たてた紐がはわせそこにメニューが止めてある。メニューには魚介の名称のみが記されて、調理法は明かされない。

料理はもちろん魚介中心。ところが、魚を熟知している日本人としての自負は打ち砕かれ、穴があったら入りたくなるぐらいの思慮深さと複雑な解釈。そして、奇をてらうことなく堂々と環境やエコをうたう大胆さにも頭が下がる。
また、タルタルやソーセージ、ビスクなど、伝統的なレシピに則った上でさらに客を驚かせるというテクニックは、スペインの先達に対する反省と料理そのものへの敬意や尊敬の念も感じた。

もちろん、スペインがその潮流を作った多皿構成である。しかし、それを多皿と思わせない関連性が巧み。さらにサービススタッフのチームワークが抜群に優れ、間髪を入れずに次々と提供されるので、多皿でも大きなひとくくりの料理のように錯覚する。いや、それが多皿料理の本来の姿なのたろう。

訪れる前までは、もっとエンタメ要素の多いサプライズな料理を想像していた。ところが、演出も技法も、そして哲学的にもそこをはるかに超え、次世代の料理店のあり方まで発信しようとする試みを感じた。さらに、まだ若いシェフが、老若男女大人数のスタッフに自分の考えを伝え、機能的に動かす采配にも瞠目した。

「APONIENTE」
C/ Francisco Cossi Ochoa, s/n, 11500 El Puerto de Sta María, Cádiz,Spain
http://www.aponiente.com
+34 956 85 18 70
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2017年09月01日

( (104)ハワイ「Hihimanu Sushi」

カオスな近未来空間で味わう
レイモンドが握るハワイのSUSHI

ハワイに行ってきた。今年で19回目となる夏の仕事である。
ハワイの、特にハワイの食については、2017年は相当に刺激的だった。
ハワイの地場で形成されてきたオリジナルな料理やその手法はすでに過去のものとなり、アメリカ本土、南米、そして日本と、いわゆる外来種の最高峰料理店・料理人がハワイに続々と進出。すでにハワイの食を植民地化しつつある。

大きく話題になった、ハワイ「すし匠」。超一流ホテル リッツカールトン内に店を構え、江戸前に基づきつつハワイ前と称したコンセプトを掲げ、日本の魚や米を使わずハワイもしくはアメリカ本土の食材のみで創り上げる。なんといっても、東京トップクラスの鮨職人だった中澤圭二氏が、ご自身の四ツ谷の店「すし匠」を後進に譲り、すべてを断ってハワイに移住と、そのすごい決断も話題を呼んだ。

ぼくは10年近く前に、中澤さんを取材したことがある。
酢飯を二種類使い分けたり、つまみと握りを交互に出すという荒業も見事に定着させる。業界では異端児ながら、同門だけにとらわれない、すべての後輩から慕われる素晴らしい職人である。取材がご縁で「すし匠」にて18kで飲み食いをさせていただいた恩義もある。
この流れなら、いの一番にハワイ「すし匠」に訪れるべき、いや訪れるつもりでいた。ところが、結局今回は行かなかった。その最大の理由は、ハワイで暮らすアッパーなアメリカ人の友人たちから、あの店が美味しい素晴らしいという評判が聞こえてこなかったからである。

彼らの率直な意見として、むちゃくちゃ価格が高い。お酒やチップも含めれば、日本円で一人6万から7万ほど。
ゲーテという雑誌のウェブ版にハワイのスシ店特集を見つけ、「すし匠」のところを読んでみると、中澤さんの談話として「いずれいい魚は高騰し、世界の富裕層だけのものになってしまう。(中略)ハワイでやるからには、その土地のネタで旨いすしを握りたい」とあるが、すでにハワイの「すし匠」は、世界の超がつく富裕層だけしかいけない価格となっている。しかも、ホテル側の工期が遅れた結果、二年間賃貸料をフリーにしたという話もハワイのセレブには知れ渡っている。

ところが、ハワイの富裕層にとって、高額なのが最大の問題ではない。ハワイで暮らす人たちにしてみれば、なぜ、自分の身の回りで獲れる魚がこんな高額な支払いになるのかが腑に落ちないのだ。逆に、すべてニホンの築地から入れているとするなら、まだ納得できるというのである。

そして、もっとなるほどと思った彼らの意見は、日常は焼いてしか食べたことのないハワイの魚をナマで食べても大丈夫? という健康上の不安。築地の魚なら、すでに何百年もの間星の数以上の人間が生食を経験し、その実績があるが、果たしてハワイの魚はオッケーなのか、というのだ。

言い換えれば、中澤さんという日本トップクラスの鮨職人が参戦したとしても、これが世界の鮨に対する標準的な感覚、そして評価なのだと思う。日本人と違って当然だけど、評価軸が完全にずているという悔しさすら感じたのだった。

そんな中、あるアメリカ人セレブの女性から紹介されたすし店があった。彼女曰く「すし匠」と同じような『創作寿司』で、「すし匠」の5分の1ぐらいの価格で食べられ十分おいしいの、という触れ込みだ。これはぜひ行ってみるしかない。

韓国系の店が多く並ぶと言われる怪しげな路地。店の外まで音楽がガンガン鳴っているダーツバー、いやクラブと称するべきか。真っ暗な店内で立って飲んで騒ぐ大勢の若者の間を縫って奥に進むと、貧相なカウンターにスツールが7つ。ここが彼女が推薦するスシバー「Hihimanu Sushi」だった。

店主は、沖縄の米軍基地で18歳まで育ったアメリカ人。その後ハワイで日本料理とスシを学んできたという。鮨職人より、巨大マフィアに潜入するCIAの捜査官といった風情。彼はレイモンドという名前で、愛称であるレイと日本語のエイの発音が似ていたので、店名はエイを意味するハワイ語にした。日本人は誰も、エイとレイの発音が似ているとは思わないし、ましてエイは鮨タネではない。その感覚の違いこそ、スシという料理のすべてに共通してくることになる。

店の環境は、まるで「ブラックレイン」や「ブレードランナー」といったリドリー・スコットの映画の世界。東西の夜の文化が混在するカオスそのものである。純粋に清潔で明るい環境下で鮨を食べに来たなら、顔をしかめる人も多いかもしれない。でもぼくはこの近未来な、日本ではありえないシチュエーションを楽しんだ。

そしてレイのスシはとても美味しかった。もちろん創作寿司としか表現できないカテゴリで、だからこそできる、客からストップがかかるまで提供するスタイル。おそらく、日々の仕入れやレパートリーの広さにもそれなりに自信があるのだろう。

自分の舌からすれば、中澤さんの鮨との差は歴然ながら、しっかりとスシや和食をハワイで修業し書物・文献等でも勉強しているバックボーンを強く感じたことも確かだ。なにより、鮨タネだけではなく酢飯にも注力し、炊き加減や酢の配分へもきちんとフォーカスしているのが頼もしい。上質なすし酢がないからと、お酢まで自分で作るという凝りようは、お江戸の鮨職人にも通じるスピリットである。半分ぐらいは日本から仕入れた魚との話ながら、九州のイワシなど日本で食べるよりおいしいかなと驚く。魚の調理ポイントも、実はちゃんと押さえている実力がうかがえた。

レイは沖縄で暮らした経験から、カタコトの日本語ができる。
どこから来たんだという英語の質問に対しトウキョウと答えると、
「トウキョウ イイネ」と日本語で何度も繰り返す。その言葉が嫌味ではなく純粋に日本文化への憧憬と受け止め思わず微笑んでしまった。

このレイ。驚くべきことに来年には、「すし匠」があるリッツカールトンと並ぶ高級ホテルチェーン、フォーシーズンズリゾートハワイ内に自分の店を出すそうだ。つまり、オアフ島において、すし匠中澤と並び称されるポジションに着くわけである。
江戸前鮨をずっと食べてきた日本人のぼくにとっては複雑な心境だ。でも、アメリカの、いや巨大ホテルチェーンのマーケティング力を考えれば世界的なSushiに対する評価はここなのだと想像する。それが今の時点で分かっただけでも、今回のハワイの旅は価値があった。ただし、レイのスシがフォーシーズンズ内の店で幾らに跳ね上がって登場するのかについては、少々不安を覚えるが。
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2017年08月01日

今月はお休みさせていただきます

いつもご愛読ありがとうございます。
今月は著者、伊藤章良さんが出張&夏休みのためお休みさせていただきます。
次回は9月1日となります。
よろしくお願いいたします。 
posted by 伊藤章良 at 16:19| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

(103)恵比寿「いまり」

東京屈指の大阪の味
海外を視野に入れた本場のお好み焼き

もう10年近く前になろうか。何度か買い物をしたことのある恵比寿の雑貨店が、突然お好み焼店になった。
僕は大阪出身で、お好み焼にはひとかたならぬ思い入れがある。東京で暮らして約30年。既存店はもちろん、新しい店ができたと聞けば、とにかく一度は顔を出すのが習慣だ。

ただそのお好み焼店、今では名前も忘れてしまったし料理も印象に残らなかった。そしてほどなく閉店。その後、お好み焼仕様のカウンター店舗はとうなるのだろうと動向が気になっていたところ、名前が代わって、いわゆる居ぬきで新たなお好み焼店がスタートした。「いまり」といった。
お店の経営者が代わったなら、もちろん料理も変わるだろうとの確信で再び訪問。今では考えられない、まだ他の客が誰もいない時代だった。

カウンターの向こうに、背の高い精悍な若い男性が一人。容姿だけではなく、ハキハキキビキビとして、すこぶる気持ちがいい。関西弁を隠すことなく武庫之荘から来ましたと言い、実は俳優志望で東京に出てきたんですが、実家の稼業がお好み焼で、いっちょそれを東京でやってみようかと決心しましたと、ご自身のプライベートも開陳する。
敵を作らない笑顔、誰もが好感を持つ素直でストレートな関西人が焼くお好み焼。これはもう、食べる前から流行るだろうなあとの予感があった。
しかも、うまい。そのとき受けた印象も、そして今も、東京でトップクラスにうまい関西のお好み焼かと思う。

店主は鉄板の前でじっと待つ。つまりじっくりすぎるほど火を通す必要性を身に着けている。客はぼくたちだけ。すでに十分火が通っているやに見えるお好み焼も、決して動かさず最良のときが来るのを辛抱強く見守っている。ぼくは、その時間のかけ方に感心した。まして経験を積んできたわけではなく、始めたばかりの店でこの度胸。

実家に敬意を表して「おかんの」と名付けた料理の数々。これがまた一味も二味も折り重なる深みがあって、単純に粉モノと括れない完成度なのだ。

ぼくが『東京百年レストラン』という本を最初に著したとき、百年続いてほしい店として「いまり」も取り上げた。後々に、その当時の「いまり」は取材拒否店だったことを聞き、勝手なことをしたなあと反省もした。
でも店主はぼくの本を店に置いて、スタッフにも、これを書いてくださった方だとぼくを紹介。さらにうれしかったのは、「いまり」を気に入ってくれた著者が他にどんな店を選んでいるのかと興味を持ち、本に掲載した他の店にもあれこれと通っているとの話を、他の店の店主から聞いたときだった。

この味を知ってか知らずか、またたく間にフリでは入れなくなった。無理やり調整して入っても、女性ばかりが鉄板を囲み、料理も食べずグラスは乾いた状態を何度か見た。それでも店主は、丁寧に個々の客に接し、いつもいつも変わらぬさわやかさと笑顔を保っていた。

いつしか「いまり」は、恵比寿駅の反対側に、カウンターのみの最初の店から想像もつかない広いダイニングの店舗をオープン。そして2017年春、五反田に3店目を出店した。彼らしい、地道に一歩ずつ進み続け、自ら百年続いてほしいと願った通りの持続可能性を見せてくれている。

彼を慕うメンバーがどんどん集い始め、そんなメンバーにもチャンスをとの思いで新たな出店を決めたのだろう。オーナーの背中を見て後を追う若手も、礼儀正しく清潔で、なによりカッコいい男たちばかりなのだ。

先日3店目の五反田店を訪問。改めてその進化を確認してきた。オーナーの彼も店にいて、多くのスタッフをある時は助け、ある時は束ねて、オープンしたばかりの五反田店も満員の盛況だった。

オーナーと少し話し、海外出店という夢も聞くことができた。そういえば恵比寿の小さな店にて一人でやっていたころ、彼がニューヨークに行くと聞いたので、いろいろとニューヨークのお店を教えたことを思い出した。あのころの青年は、すでに海外を視野に入れた実業家と成長していて、眩しかった。

「いまり」
●東京都渋谷区恵比寿西2-3-11 メゾン ド エビス 1F
●03-6455-0993
●18:00(土日祝17:00〜)〜25:00
posted by 伊藤章良 at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

(102)和歌山「ヴィラ・アイーダ」

和歌山の土地と旬の魅力を
その地で鮮やかに描く自然体料理

東京の著名なフランス料理店シェフが、スペインの料理人を連れて北陸の食材を探し巡るNHKの旅番組を観た。
北陸から滋賀まで、さまざまに日本固有の食材や優れた料理法を紹介しながら試食する。最後に厨房へ戻り旅の思い出の一品を二人のコラボで作り上げるという趣向だ。それを観ながらふと考えた。スペイン人シェフが口に出して言うシーンはなかったけど、「それなら、なぜオマエは北陸の地でレストランを開かないんだ」と、普通に聞きたかったのではないか。

最近とみに東京の料理人が、生産者生産者と声高に言うようになった。もちろん料理は食材ありきで生産者と関係を密にし敬意を払うことは極めて大切だ。自ら食材を探して全国を歩いたり、生産者と渡り合ったりすることも、食べ手として頼もしく感じる。
ただぼくは、生産者ありき、生産者頼みではなく、集められた食材を折り重ねアレンジすることが、東京の料理人としての役目、技の見せどころで、客はそれを楽しみに足を運んでいると考える。

東京にここまで多くの飲食店が林立する中、自分の店を他と差別化するにも、差となる特徴を見つけるのが困難ゆえ、生産者の個性や名声に頼らざるを得ない閉塞感が、どうも腑に落ちないのだ。

東京で飲食店を展開する意味は、ビジネスが生産者本位を上回るからに他ならないと思う。それは正しいし恥ずかしいことではない。でも、自分が生産者本位であることを隠れ蓑にしてビジネスにいそしむ面々を潔いとは思えない。

フランスの偉大な料理人フェルナン・ポワンは「若者よ、故郷へ帰れ。そしてその街の市場に行き、その街の人の為に料理を作れ。」との言葉を残している。もし生産者ありきなら、故郷の市場に行き、その街の人の為に料理を作るべきではないか。それがいずれ世界中から客を集める料理になりうることは、フランスのミシュランガイドが100年かけて証明してきた。

今回紹介する和歌山の「ヴィラ・アイーダ」は、約20年間の研鑚によって生産地に根付くことを証明した貴重なレストランである。よく知られるように、和歌山地場の食材だけではなく、それ以上に自分の畑で栽培した野菜を中心としてコース料理を構成している。市場でも見ることのできないような野菜の数々は、東京でも注目するシェフが多く、「フロリレージュ」の野菜も「ヴィラ・アイーダ」から一部を仕入れていると聞く。もはやイタリアンと呼ぶより、言葉を探すなら和歌山料理店だろうか。

フランスやイタリアでも、クルマでしばらく走らないと見つからない、吸い込まれそうにステキな外観。食事の楽しみは、すでにここから始まることをヨーロッパを巡って幾度か体験し、和歌山でもまさにそれが可能な場所があることに気づく。

訪れた日はゴールデンウイークの最中。元々料理人だったというマダムから、今の時期は豆しか収穫がないので、今日は豆のコースですよと告げられる。豆というのは日本人の感覚からいうと少々軽んじられる平凡な食材である。というのも、ほとんど目にすることのない豆の豊富な種類を知らないからだろう。

その日の豆の個性は圧巻だった。そして、堂々たるものだ。
東京のレストランでは、今は豆しか取れないという理由で豆を中心にコースを作ることなどありえない。ところが「ヴィラ・アイーダ」は、あえて挑戦する。季節や収穫のイメージに結びつけ、店のコンセプトを客に認識、納得させるためなのだ。

もちろん豆が主体としても、それを補い凌駕する食材は、魚・肉を含めてふんだんに登場する。そこでも当然、和歌山の地のものばかりとの組み合わせだ。徹底したこだわりというよりは、自然体なのだろう。いかに日本の、とりわけ東京のレストランが無理や苦労をして料理を提供しているか、「ヴィラ・アイーダ」に来ると感じることができる。

さらに驚いたのは、お酒とのマリアージュだった。
マダムのススメでチョイスした北イタリアのシャルドネとともに、お店と隣接する海南市で醸された日本酒を持ち込ませてもらった。
驚いたことに、前菜から肉料理に至るまで、どの料理もどの皿も、ワインより日本酒の方がすっきりと調和して、料理のエッジをさらに際立たせる触媒となってくれた。これこそがテロワールのたまもの。原料が米だの蒲萄だのとは関係なく、和歌山の食には和歌山の酒だという衝撃の事実だ。

たまたま隣の席に大勢の東京からの集団がいて、コント・ラフォンなどのワインを持ち込んで食事会をしていた。東京から和歌山までやってきて、フランスの高級ワインを飲むという。その姿は、あまりにもステレオタイプで残念としか思えなかった。

ぼくたちが「ヴィラ・アイーダ」を目指す意味、そして意義。ここにはビジネスとは真逆の、崇高な料理人としての思いがある。それに習い身を任せることのできる客がもっと増えれば、故郷に帰る若者も増えることになるのかもしれない。

「ヴィラ・アイーダ」
●和歌山県岩出市川尻71-5
●0736-63-2227
●11:30〜14:00、18:00〜21:00
●月休(祝日の場合は翌日)
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2017年05月01日

(101)広尾「ボッテガ」

予約がとれない人気の秘密は
食べ手を饒舌にさせる魅力的な皿にあり

ぼくの妻は、フラワーデザインを生業としている。一番得意なのは、ブーケなどウェディング装飾。それ以外に、新店オープンやお誕生日、芝居の役者などへ贈るスタンド花も頻繁に作成している。

ぼくが入手するレストラン新店情報は、意外と妻からというものも多い。
妻が依頼を受けて新規でオープンするレストランに花を届け、「え、それって、どこなの」「ああ、あの店のシェフ、独立したんだ」等々の会話が我が家でしばしば沸き起こる。

妻が花を届ける際、注目しているのはお届け先スタッフの対応だ。受け取る側は、もちろん伊藤章良のヨメとは知らず(笑)、花屋の配達として相対する。客でもないし、ましてや出資者でもない一業者をどのように扱うか、そこにレストランの裏側が見て取れる、けっこうコワい話なのだ。怒りながら帰宅することもしばしばある。でも、とてもすばらしい人柄に感激して晴れやかに戻るときもある。最近記憶に残る一軒は、「バカール」から移転オープンした「シンシア」。この店の絶大なる人気は、やはり表裏トータルとして本物なのだ。妻は「シンシア」に行ってみたいと切望するものの、いまだ予約が取れない(泣)。

そしてもっと最近、妻がすばらしかったと語った店。それは、広尾の「ボッテガ」だった。その後、オープンしてすぐにでも行こうと思いつつ予定が合わず、さあ、と電話をするも2度満席で振られた。アッという間に人気店だよなあと、それでもトライをして、ようやく訪問にこぎつけた。

地下に降りるとカウンター中心の静謐な空間。
男性2人に女性1人。予約電話時の気持ちのいい穏やかな応対は女性の声だったので、ああ彼女なんだなあと認識しつつ席に案内される。
厨房は、いかにも職人気質なシェフと、それをサポートして余りある笑顔のさわやかな男性。ぼくが予約をお願いした時間だと厨房がたて込むので30分ずらしてほしいと言われた、その意図を一瞬で理解する。入念に手をかけ丁寧に仕上げた料理が出てくるんだろうと、食いしん坊のアンテナはますます敏感になっていく。

とても、とてもおいしいイタリア料理店である。
メニューを見ただけでも垂涎ながら、実際に目の前に置かれるとメニューのテキストから得られる情報をはるかに超えている。カルパッチョ仕立てとあっても、まったく見知っているカルパッチョではない。ヤリイカのローストも、ヤリイカと野菜の一体感が半端なく、もはやローストとしてだけの範囲を逸脱している。

パスタはさらに饒舌に語りたくなる。シェフはアロマフレスカグループ出身でパスタのうまさに元々定評があるものの、自家製生麺の特徴を知り尽くした、しっとり感と弾力の相互作用は、今でも目をつぶると口の中によみがえる。
とりわけ、“完熟トマト、パンチェッタ、卵黄で和えたトンナレッリ”。
トマトとパンチェッタ、イタリアを代表する極め付けのシンプルさながら、トマトソースとパンチェッタを見切った匠の技。突き抜けるジューシーさ、バランス感覚を通り越した優しさは、自分自身を初めて「アロマフレスカ」に訪れたときまで遡らせた。広尾の明治通りそば、フランス料理「アラジン」の地下にあったファースト「アロマフレスカ」。母と訪れたその母から、「この店にわたしと来てるようじゃダメよ」と言わしめた高揚感と艶っぽさが、突然蘇ったのである。

ぼくは、ほとんど一つ一つ食べた料理を取り上げて紹介することをしない。その理由は、もしぼくの文章を読んで興味を持ってくださった方が実際に店に足を運んだ際、同じメニューが必ずあると保証できないからだ。それでも「ボッテガ」の料理を具体的に書きたい。そんな気持ちは久しぶりである。
これもほとんど使わない言葉だけど、いや、使うべきではないと師匠に教わったが、至福の時間だった。

妻がお届けをした花の話題になった。開店当初、表にある花を見て、新規オープンを知り飛び込んでくる客も多数いたとか。少しはお店の役にたってるんだな。そして、お花屋さんにきちんと応対して本当によかったと笑い安堵する様子に親しみを覚えた。優れた料理と、このアットホームさ。
満席が続いても、そのいずれも見失わず、いつまでも客を楽しませてほしい。

「ボッテガ」
●東京都渋谷区 広尾5-17-8 アプリシエ広尾B1F
●03-6450-3933
●17:00〜25:00
●日休

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2017年04月01日

(100)投稿百回に思う

土田美登世さんが管理するこのサイトに寄稿してついに百回を迎えた。何年だろうか。あまり年月は意識しないけど、百という数字、文字はぼくにとって最大のラッキーナンバーであることに間違いない。百のおがげで本を三冊出版し、一年間テレビの食旅行番組に主演した。

ただ、こんなぼくの書き手としての登場にも土田さんが大きくかかわっている。
共通の友人を介して出会った当時、ぼくはまったく食についての原稿を書くつもりはなかったものの、食事の席では、何の役にも立たない持論を展開していた。土田さんは斎藤壽(「料理通信」顧問、北海道「美瑛料理塾」塾長)氏とともに柴田書店を退職し、ちょうど「料理王国」というズコイ雑誌を立ち上げたばかり。表紙がミシェル・ブラだったりして今からは考えられない高いクオリティだった。

そこに「連載してみない?」と声をかけてくださったのが土田さんだ。
「玄人ばかりの食雑誌の中に素人の意見で風穴をあけたいのよ」と彼女は言った。20年以上前の話である。
それ以来ずっと、土田さんと当時の編集長だった斎藤氏が自分の師匠だと思っている。土田さんから、また土田さんを通じて斎藤さんの意見や考え方がしみ込んだ。修業と修行、フレンチとフランス料理は、それぞれ意味が違う。それを理解していないライターはダメだと言われ、食事中にメモや写真を撮るのは、料理を作った人サービスした人に失礼だとも諭された。当時のぼくはトイレに駆け込んで密かにメモったことも数えきれない。
結果、食に関する文章がきちんと書けるようになり、食事中にメモや写真は撮らない伊藤章良ができあがった。
そしてぼくが、「新・大人の食べ歩き」を書き続けてる大きな理由も、師匠である土田さんに自分の原稿を編集してもらいたいからである。

ぼくが原稿を書き始めた当時、飲食店の情報は少なく限られていた。年に一度、二年に一度発売されるガイド本が頼りで、書店に並ぶのを今か今かと待っていた時代だ。その後、レストランを紹介する側とレストランとの癒着が取りざたされ、フードライターはレストランのスポークスマンであるという位置づけがなんとなく出来上がった。

レストランをレビューする、食を評論するという作業は、書物や映画等の文化的な作品の評価とは異なる。実力を上げるのに座学だけでは足りず、実践というとてもお金と時間のかかる膨大な経験が必要なのだ。となると、少々の知識や取材力より、いかに多くの経験を積んでいるかの方が勝ってくる。
それでもネット以前なら、媒体を持っているのはライターだけだったが、誰もが自由にブログにしたりレビューができたりする時代。金と時間と経験に勝る人たちからの素人情報は、プロのライターを凌駕し始めた。

それが残念ながら今の状況である。フードライターがきちんと取材して書いたものも、ブロガーの偏愛あふれる日記もレビュアーの偏見に満ちたレビューも、大同小異。すべてがそのレストランに対する総合的な評価として読む側は受けとめる。
本当に正しく信じられるのはフードライターであってほしいのだが、勉強や下調べが足りない文章も散見され、経験値とあり余った時間と金に勝る富裕層や奥様層に軍配が上がるケースも少なくない。

ゆえぼくは、新・大人の食べ歩きでは、フードライターもブロガーもレビュアーも書かない文章を創ろうと、土田さんから依頼があった当初から決めていた。極めて料理人側の土田さんとは何度も揉めて、もうやめてくださいと言われたとこともある。

でも百回を迎えた。
そして最近とみに、他の誰もが書かない文章になってきた認識もある。
上から目線だったり嫌味だったり、そこに携わる皆さんがそれぞれ片腹痛い内容に終始する展開も多い。でもそれは、ヨイショとも偏見とも違う、誰よりもレストランに愛情があるであろうと自負する自分の言霊である。

話は変わるが、つい先日、ある料理人さんから、伊藤さんって『デニーロ感』がありますよねと言われた。デニーロ、もちろんロバート・デ・ニーロのことだ。
自分が自分がと前に出ることはせず派手さはないけど、後輩から慕われ尊敬され、ご自身でも他の俳優にはできない確固たる仕事をされてきた。もしそんなイメージなら、百歳まで長生きできそうなほどうれしい。
posted by 伊藤章良 at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月01日

(99)台北「RAW」

料理やワインの印象を超えるほどの
徹底した清潔感

日本の某レストランに行った時のことだ。
料理を食べるというよりは料理人の話を聞く、みたいな展開。劇場型とかいわれる存在らしい。劇場なら役者に任せて料理に専念してほしいと単純に思うわけだが、なかなか饒舌で興味深い話もするし、それを聞いた後で見る皿は認識度や感動も大きい。

ただぼくは、ひとつ大きな疑問を抱いた。
料理人が皆、汚いのである。もっといえば、見るからに不潔なのだ。
どんなに優れた技術を持ち、客の想像力をはるかに超えるアイデア表現があったとしても、料理人に一番に望みたいのは清潔であることだ。
ぼくはその瞬間に食欲をなくし気持ちまでげんなりしてしまったが、劇場型というアプローチに、日本人ですら清潔さを求めない、いや忘れてしまうのだから、ある意味成功なのか。

もちろん、ファッション・髪型・肌の色等、どのような風体や色や柄を好もうと当然個人の自由である。ただそれは、人前に出るか出ないかということとは別問題だ。客の前に出て、料理人としてご自身の持つ哲学やコンセプトを語るなら、身綺麗であることも大変重要だと考える。

日本人はとても清潔な国民だし、他人やパブリックな空間にも清潔さを求める。
その傾向はますます増長して、最近では駅のトイレもホテル並みに美しかったりする。
飲食店もしかり。アジアの国で、いや欧米を含めても日本ほど飲食店が清潔な国は類を見ない。

さて、台北にある「RAW」というフランス料理店に行ってきた。
少しこの店の解説を試みたい。ずっと以前にクーチャンネルのコラムで書いたシンガポールのフランス料理店「アンドレ」のシェフであるアンドレ・チャンは台湾人で、自分の基幹店はシンガポールに置くが、その凱旋というか祖国に錦を飾った姉妹店こそが「RAW」である。
「アンドレ」は、世界のベストレストランとかいう炭酸水のメーカーがやっているランキングにてアジアで2位(ちなみに日本のトップは「ナリサワ」で6位)、「RAW」も24位に入っていて、三ツ星の「鮨さいとう」より上である。

「RAW」は、現在台北において尋常ではないほど予約の取れない店となっている。50席程度のダイニングに日々1000件以上の予約のアクセスがあるそうで、オークションやダフ行為も横行しているとの噂も聞く。
たまたま直前に、台北のホテルコンシェルジュに人数の変更を頼んだら、今まで幾度となく海外の客に予約を頼まれたが一度も取れことがない。予約を取ることよりキャンセルの方が先なんてと嘆かれ、別件でホテルのサービスセンターと電話をしていると、お客様はRAWへ行かれるのですね。アンドレ・チャンは台湾の英雄ですと胸を張られ、ホテルのベルボーイに行先の住所を見せたら、RAWに行くのか。なんて幸運でうらやましい奴だと、真剣に羨望のまなざしを向けられた。

そして「RAW」に入店、なぜか最上の席に案内される。眼前に半オープンキッチンになっている厨房そして大人数の料理人を見た最初に、なんて美しい清潔な連中なんだ! と驚愕した。
きちんと刈り込まれた黒い頭髪、真っ白な長袖シャツ、全員お揃いのデニムのエプロン、白い肌……。最初、このシーンはすべて役者で自分が観ているのはプロジェクターから投影されたスクリーンに映る映像なのかと錯覚してしまったほどだ。

なにせ「鮨さいとう」より上位の店なのだ。料理がすばらしいことをあえて書かないが、その後も驚くことが連続した。一皿ごとに、つまりコースの一皿を下げるたびに、日本でいうデザートコースに入る前のような感じで、パン屑を掃除し皿を置くためのマットのゴミを落とし、ワイングラスやパンの位置を整える、それをサービススタッフは都度繰り返すのである。

ここから先はまったくのぼくの想像だが、台湾の英雄アンドレ・チャンは、この一軒のフランス料理店でタイワニーの食習慣までも変えようと試みているのではないか。その必然として、考えられないぐらい予約の取れない店に育て上げ、この店での食事が究極の理想なのだとタイワニーに分からせようとしているのではないか。

台湾は中国本土など他のアジア圏に比べると清潔な方だが、やはり骨付きや殻付きの料理が多いこともあって、食事が進むにつれテーブル上は所せましと食べカスで埋っていく。それも含めての臨場感とぼくも一緒に溶け込み楽しむが、西洋の食事は、常にテーブルの上をきれいに清潔に保ちながら進めていくことが通常で、日本では家庭でもそれを実践している。キレイに食事をする欧米や日本ではあたりまえの習慣、それを「RAW」を体験することでタイワニーに伝えようとしているのではないかと気づいたのである。

その視点で見ると、目に入るところすべてに、実は何も物がおかれていないことに気づく。「RAW」に雑然という言葉は存在しない。コルクを抜いたワインを冷やすワインクーラーも引き出しの中に収納される。各テーブルのカトラリーもすべてテーブルの下の引き出しに入っていて、昨今このアプローチは日本でも見る。しかし目的は日本と異なり、これについてもカトラリーを使うに際しタイワニーにさらに踏み込んで考える機会をを与える手段の一つに思えてくる。小さなゴミですら、引き出しを開けてその中に入れる所作を見て、そこまで徹底させているのかと感嘆した。

レストランの紹介に料理やワインのことを書かなくて恐縮至極である。
ただそれ以上に書きたいことがありすぎて前後編に分けたいぐらいだ。

ラストまで清潔をテーマとして続けると、特に中華圏ではトイレの汚さに閉口することが多い。女性はできるだけ店内のトイレは使いたくないという声も聞く。
「RAW」の化粧室は、一万軒以上レストランに行った中でも、もっとも度肝を抜かれた構造になっている。一瞬なんだこれはと異空間に迷い込む。こうして化粧室の重要性までタイワニーに訴えるというその英雄ぶりに、ただただ嘆息するのみだった。

RAW
posted by 伊藤章良 at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

(98)渋谷「池湖」

システムの不具合でアップが1日遅くなりましたこと、深くお詫びいたします
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高額の波が押し寄せる本格中国料理において安価。
立地でもたげるオトコの下心を抑制できる上質な料理

前回、「たいへん上手に描けた子供の絵」を題材にしたので、今月も少し絵画を例にとって話を始めたい。
ここ何百年間で描かれた巨匠とよばれる画家の作品は、当然ながら世界的に高く評価され、とてつもない高額で取引されている。とりわけ日本人は、この「世界的に高く評価された」ことが大好きで、評価と価格が高いから、この絵は優れていると認識。個人の好き嫌いとか感性に合うとは関係なく展示会に出かけ、金持ちはこぞって購入する。どこもかしこも、ゴッホやシャガールばかりである。

誰もが優れていると認めてしまった(すでに終了した)ものへの憧憬や投資ってワクワクするのだろうか。もちろん投機のために動かす人たちもいるだろう。それは芸術を金儲けに使うわけで、さらに卑しいともいえるが。

近いことが東京の外食の世界でも起こっている。
予約が全く取れなくなった超人気店ばかりを集め星やアワードを授与したりパトロンになったりという金銭や労力を、底辺を引き上げ埋もれている価値を見出す方向に繋げていけないものだろうか。
すでに価値や名声を確立した料理人や店より、自分自身や自分の仲間で密かに楽しめ共有する、そんなキラリと光る店を見つける悦楽を享受しないのか。

他人が、というより多くの人が散々に引いたレールを単にトレースするだけの、安全で退屈なスタンプラリーばかりを近くで見ていると、やっぱりここでも、結局は子供の課題解決手法なのかと思わざるをえない。大人にしかできない、というかもっと皆で大人になって大人の愉しみ、応援の歓びを感じたいものだ。

今回取り上げる中華バル「池湖」は、東急文化村から渋谷のホテル街に上がる坂の途中にある。自ら中華バルとオフィシャルサイトで名乗っているのでしかたがないが、〇〇バルと称するだけで、最初から料理はイマイチですと言い訳をしているようにも見え、しかも黒く埋もれたビルの4階。食べること以外の目的がないと選択肢にはなりにくい環境だ。

ところが。
中華バルなのに料理がめっぽうウマイ。2017年2月現在、男性が一人で営むが、つき出しのえびせんから、客が来るたびにひとつひとつ丁寧に揚げて用意する。名物である焼豚も注文を受けてから火を入れ始める。カウンター中心で店主の動きが逐一見渡せ、よどみなくテキパキと対応しつつ料理のすべてに手間を惜しまず真面目一徹なのを確認する。

メニューにXO醤を使った料理があったので、自家製ですかと聞いたら、醤の作り方は修業先で学んできたが、一から作ると採算がとれないので仕入れています。でもいつかは自家製でやりたい、との言葉が返ってきた。
ただ、ほとんどの調味料は自家製。食材のロスを極力なくすための小さな工夫がちりばめられ、玄人をも唸らせる技巧を随所に備える。
そう、店主はアイアンシェフ脇屋友詞氏のもとで、約10年じっくりと修業を積み、脇屋氏と中国各地も回ったという。

さらに言えば、大丈夫なのかと心配するぐらい安価だ。安さゆえ客層が荒れることも先回りして不安になる。昨今、鮨だけではなく中国料理にまで高額の波が押し寄せ天を仰ぎたくなるが、ここではそんな不安も一掃。未だ食べたことはないが、フカヒレ(6,000円)もメニューにあるので、いつかトライしてみたい。

さて『東京いい店やれる店』という黄色い本をご存知だろうか。
やれるかどうかという視点で飲食店を評価する画期的なガイドだが、やれるためには、下心を封印しつつそれを上回る驚きや意外性、ひいては感動を与える店を選ばなくてはならない。「池湖」こそ、立地といい味といい、いい店やれる店の秀逸なる一軒ともいえよう。
店名の「池湖」は、店主が池田さんなので、池よりも大きな湖に成長したいとの思いでつけたそうだ。ただ一説には、店主が通っていたゲイバーでイケコと呼ばれていたからだとも聞く。そんな店主ゆえ、さらに「やれる店」としてオトコの味方となってくれるような気がする。

「池湖」
●東京都渋谷区道玄坂2-22-6 CREA道玄坂 4F
●03-6455-1550
●11:30〜14:30、18:00〜23:30
●月休

posted by 伊藤章良 at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

(97)新橋「割烹 山路」

今年も期待。大人の作品を描く
若き日本料理人

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願いします。

そろそろ、この新・大人の食べ歩きも100回を数えるということで、書き始めた当初はいろいろと方向性を模索していたものの、最近は自分が書きたいことを比較的完結に書けるようになってきたかなと感じています。少しずつブレイクスルーした自分を、今年もこのページに表現していきたいと思います。

TBSのバラエティ番組で、数枚の絵をパネラー見せてその中で一枚だけ何億円もするものを当てるというコーナーがある。ぼくもテレビを観ながら考えるが、絵の質感や色がテレビだとよく分からないこともあり、何億もする絵画を当てるのは相当難しい。もちろん回答者も外す人が続出する。しかも、その高価な絵画以外は小学生が描いているとの種明かしもある。今の小学生ってすごいなといつも関心しっぱなしだ。

さて、最近特に料理の世界で思うのは、ああ、このお皿って、たいへん上手に描けた子供の絵と同様だなと感じるケースが頻繁にあることだ。特に和食系に顕著。加えて言えばそんな子供の料理に何万も出す人の多いことか。

子供の絵と何億もする芸術作品との違い、それは、キャンバスの中にどれだけ無駄がないか、その中で可能な限り取捨選択、いや引き算ができているかだと考える。概念的には分かっているものの、四角い中にそれを見つける能力や経験は自分にはない。いっぽう料理の世界では、経験だけは長年積んできたので、これは子供の上手な絵なのか、きちんと大人が描いた作品といえるのか、そこに高額の価値があるのか。ある程度判断できるような気がする。

2016年を振り返って、東京の日本料理店で大人の作品だなあと強く印象に残ったのは新橋の「割烹 山路」。意外にもかなり若手の料理人だった。
店は烏森神社脇の飲食店街、ビルの2階である。つい先日まで別の形態の店が営業していた空間をそのまま引き継いでいるようにも見え、店舗からは料理人本人の個性や主張はほとんど感じられない。あえて言うなら、「山路」という暖簾ぐらいだろうか。

そんなシンプルな環境下で食事はスタートしたが、皿が自分の前に置かれるたび、静かに心が震えるような感動を久しぶりに経験した。店主はこれと決めて入手した食材をさらに一つ一つ吟味し、食材を際立たせる調味料を自作し、それ以外は何も加えず足さず仕上げる。今日は魚河岸にすごくおいしそうなハタハタがあったのでと、シンプルに焼いて供するが、見たこともない大きなハタハタで身は締まり、たっぷり卵も詰まっていて別種の味わいがあり、そこにほんの少し添えられたオリジナルの調味料との組み合わせで、シンプルな焼き魚にも3度の楽しみをもたらす。

料理人もそれを紹介するライターも「食材の持ち味を生かす」と安易に表現するが、基本的に食材の持ち味を生かせなくてはプロの料理人ではない。ぼくたちは、食材の持ち味が生かされた次の段階を心待ちにしているのだ。単に持ち味をいただくなら、わざわざ料理店に足を運ぶ必要はない。

たとえば、とても渋い野菜があったとして、ほんの少しの調味料や調理技術でその渋さを損なわず、逆に上手に印象づけながら美味しいと感じさせる。食べ手側は、「え、何か手を加えた?」と首をかしげるぐらいな引き算のなせる技。「割烹 山路」の料理にはそれがあった。

若いながらも彼のなかに、きちんと食材そして調味料が整理されていて、一皿一皿それぞれの戸棚を開いて提供するのだろう。高級品や希少品を乱暴、いや無謀に組み合わせて豪華に皿に盛り付け、客の舌よりは情報が詰まった左脳にのみ働きかける。さあどうだと眼前に置かれても、それはやっぱりたいへん上手な子供の絵なのだ。そこにぼくは技も洗練も魅力も愛情も感じることができない。

清酒の選択も彼らしい。自分は酒のことがあまり分からないので、二軒の酒屋さんに対し、コースの最初、中盤、ラストに合うとの観点で三本持ってきてくださいとオーダーするそうだ。「割烹 山路」には二軒の酒屋が競う銘酒が、マリアージュも考慮され常に6本揃っている。実にクレバーなやり方だと思う。

食べてこそ美味しい、それは食べた本人だけしか味わえないからこそ価値がある。将来が楽しみな店との出会いは、客自身をも若返らせる。

「割烹 山路」
●東京都港区新橋2-9-12 フロンティアビル 2F
●050-5590-8896(専用予約)
●12:00〜(なくなり次第終了)、18:00〜23:00(L.O.22:00)
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 20:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする