10年の年月が作り上げたフランス料理好きが唸る料理と空気感広尾界隈は大好きな場所のひとつ。頻繁に散歩している。メインの商店街は、派手な暖簾やネオンに囲まれたわかりやすいチェーン店が並ぶ一方、少し脇に入ると広尾らしい品のある秀逸なレストランがポツポツと佇んでいる。「レストラン オカダ」も確かにそんな中の一軒で、オープン当初から何度も前を通って、吸い込まれそうに素敵な半地下の入口にいつも魅了されていた。だが、気になりつつも訪れる機会がなかなか到来しなかった。
ぼくの妻はフラワーデザイナーで、店舗を持たず受注ごとに仕入れに行き、自ら現場まで運び活ける。もしくは、制作した花束やアレンジメントを指定先まで届ける仕事をしている。新規オープンの際エントランスを飾る祝花の依頼も多いので、どこよりも早く新店情報が入り、ニヤリとすることもしばしなのだ。
そんな妻に、「レストランオカダ」10周年を祝うお花のオーダーがあった。驚愕した。あの店は、もう10年も広尾の一角で輝いていたのか。少し慌て気味のぼくは、すぐに予約の電話を入れた。ということで、3か月連続でのフランス料理店紹介である。
レストランのスペックにはほとんど興味はないのだけれど、「レストラン オカダ」の岡田宏シェフは、西麻布にあった「ラ・フェドール」で日本での修業を始めたことは知っていた。ぼくはこの「ラ・フェドール」がものすごく好きで、ぼくのフランス料理に対する愛着にも多大な影響を与えたレストランだった。「ラ・フェドール」の田村良雄シェフは、その後軽井沢に「エルミタージュ・ド・タムラ」を興し、軽井沢レストランの草分け的な存在。後進にお店を譲られたと聞くが、ぼくが以前お手伝いをした軽井沢での食フェスでも参加をいただいた。岡田さんは、「エルミタージュ・ド・タムラ」の立ち上げにも参画し、その後渡仏したという。
フロアを担当する木村伸也さんは、伝説の店、原宿にあった「オーバカナル」の出身。お二人がどのように出会ったのか詳しくは存じ上げない。でも、長年の東京のフランス料理好きにとって、このスペックは、どうしても書いてしまいたくなる気持ちをお許しいただきたい。
階段をトントンと降りた半地下に入口があり、小さなウェイティング風のカウンター席。そこからフラットにつながってテーブルが幾つか。この小空間に、ぼくは震えるぐらいのフランスのエスプリを感じた。店の全体を大きく占めるも木目の存在感は、10年を積み重ねて、お店の方々や客がコツコツと塗り固めてきたものかもしれない。
メニューはプリフィクスと呼ばれるアラカルトの中から前菜やメインをチョイスするオーソドックスでわかりやすいスタイル。価格は固定されていて、食材によってはプラスとなる明朗なものだ。こうなるとすべて食べてみたくなる。その上ででき上がった皿の想像がつかないものから選ぶことが多かった。ところが最近は、仕込むのに手間がかかっただろうなあとか、ベーシックなメニューをどれだけシェフご自身の料理にされているのかという点にも興味が出てきた。
「レストラン オカダ」のメニューには、すべて産地が明記されている。そのほとんどが国産で、しかもその食材が土地の名産かどうかはあまり関連性がないようだ。おそらくは、お店からの「和」と「見識」の主張と受け止めて、素直にのっかることとする。
まずは「スープ・ド・ポワソン」。フランス料理店のメニューにスープがあれば、頼んでみるようになった。健康も考えてと言いたいが、ひと皿多く注文できるかなというのが本音だ。もうひとつ、日本料理の椀の持つ意味や重要度をフレンチでも経験したいとの気持ちもある。口当たりよくなめらかで香りのバランスも技巧的。汁物に対する造詣の深い日本人ならではともいえようか。
シンプルなサラダ類も、ドレッシングのオリジナリティを求めてオーダーする。ところが、ドレッシングだけではなく、一緒に添えられた魚介類やソースの下ごしらえが入念で、サラダという名の重厚感が多方面に増していく
「鴨モモ肉と豚足のガレット」は、鴨というより豚足の魅力が最前線だ。ガレットに仕上げ鴨肉をつなぎに使うことで、豚足を上手に化けさせる。ここまでおいしく豚足が食べられると、高額な食材の価値を見失いそうだ。
10周年の節目に、というか、やっと10年目に訪れることのできた気負いなのか、木村さんのフレンドリーな接客にも関わらず、少々普段通りではない自分を感じていた。「ラ・フェドール」以来の年月が駆け巡るアップダウンに息切れしたのかもしれない。広尾の町角に息吹く小さな小さなフランス。そこにやっと触れることのできたぼくは、さあ次はいつ来ようかとばかり考えながら帰路についた。
「レストラン オカダ」●東京都渋谷区広尾5-17-11
●03-5475-152
*コロナ禍の営業時間に関しては店にお問い合わせください