いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2020年08月01日

(136)静岡「三河屋」

静岡名物以外もうまい。
酒飲みをくすぐる横丁の名店


静岡県は横に広く商圏がいくつかに分かれていることはよく知られており、新幹線で1時間の静岡市はもうほとんど首都圏である。宇都宮、前橋、甲府といった町と同等の距離感だ。いっぽう、それらを含めた首都圏の都市が特徴や個性を作ろうと躍起になっているのに比して、静岡にはガツガツとしたところがあまりみられない。その分、街は穏やかできれいで洗練された印象だ。静岡市の民は、東京近郊の地方都市としてのモチベーションは低く、東京に類似した感覚や物品が手に入ればいいという考え方なのかもしれない。旅行時の個人的定番である食料品売場を巡るために、静岡伊勢丹の地下に行ってみた。静岡の名産やご当地の特産品はほとんど見当たらず、東京の伊勢丹とあまり違いはなかった。駅前の鮨店でも、地場の魚を訊くとないと言われ、日本酒を頼むと麒麟山が出てきた。

そんな中、静岡を冠にしたご当地グルメ「静岡おでん」は少々異質だ。元々駄菓子屋で売られていたので、おでん種はすべて食べやすいように串にささっているというが、現在の専門店では、串の形状で値段をカウントするための方便のようだ。有名なおでん種が黒はんぺん。これは、東ではさつま揚げ西では天ぷらと称する練物の類で、あのふわふわさはない。

「静岡おでん」に出会うには、それを専門に扱う店が集まった二つの横丁を目指すのが手っ取り早い。一つは「静岡おでん」を看板にする店のみ、もう一方はそれ以外にも様々な料理店で構成される大きな飲み屋街。じっくりと一軒一軒見分したい魅力を持つストリートだ。残念ながらぼくは、「静岡おでん」店のみが密集する青葉横丁の「三河屋」しか知らず、よそ者としても多くを語る資格はない。ただこの店は、地元の皆さんから先生と呼ばれる名士の導きで訪れ、酒場好きとしては大変に心地よく、長年の研鑚で極められたオペレーションの妙も見事だった。

ビールをオーダーすると、赤星(サッポロのラガー)大瓶が出てくる。それだけでも酒場好きはアガるのだ。ところが先生曰く、「三河屋」は、某ビールメーカーが企画した全国ご当地ビールの静岡代表店だったらしい。と、そんな話をしながら、おでんを所望する。だしは黒っぽく、牛スジからとるとのこと。見かけよりも塩味は薄く香りも儚い。だからなのか、駄菓子の名残なのか、魚粉を振りかけてコクを加えるスタイル。ぼくは魚粉などなくても、自然のままのバランスに安堵する。

「三河屋」は、店主と女将さんによる構成でカウンター10席ほど。左にいわゆる全国共通のおでん鍋。真ん中は脂が煮える揚げ物用。斜め前に揚げ物のソース鉢。そして右にはガスコンロにのせられた鉄板。この狭い空間にて、煮る・揚げる・焼くを二人でこなす絶妙のレイアウト。ゆえ「静岡おでん」だけではなく、アジフライやモツの串揚げ、餃子の餡を餅でくるんだ餅餃子や焼きナスなど、おでん以外のメニューも限りなくうまいし、出来上がってくる過程がまた一見の価値ありなのだ。しかも、ガスコンロでは、常にやかんに湯が沸いていて、それで洗い物までこなしてしまう流れである。

翌日の「うなぎ」をメインに静岡までの小旅行を企画。前夜に静岡おでんの「三河屋」を訪れるとこができて本当によかった。もう一つ驚いたのは、数坪の小さな店ばかりが並ぶ青葉横丁ながら、すべての店が店内に化粧室を持つこと。これは飲食店の矜持として特筆したい。


先日大学生に静岡おでんの話をしたら、私たち世代の静岡は「さわやかのハンバーグ」なんですよと教えられた。次回はおでんにハンバーグか。

「三河屋」
●静岡県静岡市葵区常磐町1-8-7 青葉横丁内
●054-253-3836
●17:00〜22:00
●日、第2・3月休
posted by 伊藤章良 at 09:41| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月01日

(135)荒木町「OHKUSA(オオクサ)」

最高の「鳥皮」も健在。歌舞伎町から
荒木町に溶け込んだ焼き鳥の名店

日本一の歓楽街と言われる新宿歌舞伎町。
ある種の限定的な印象を全国に与え、それが新宿全体のイメージともなってしまった。確かに、少し前までは外国人で溢れていたし、最近は新型コロナウイルスの温床のように認識され、人通りも減ったようだ。

ぼくが歌舞伎町を目指して行くのは、二軒の焼鳥店、「鳥みつ」と「道しるべ」ぐらいだ。タバコの煙が苦手なぼくは、ゴールデン街にも足を踏み入れない。新宿の焼鳥といえば、「鳥田むら」のような老舗もあるし、もちろん安価のチェーン店も多い。その中で、この二軒は、わざわざ歌舞伎町に行く価値のある店だ。いずれも串、つまり酒のアテというより鳥料理としてのクオリティが高く、特に「鳥みつ」は際立っていた。建付けの悪いドアと効きの弱い空調。場末感漂う中に、いつも清潔でメニューも秀逸だったと記憶する。

というのも「鳥みつ」はもう歌舞伎町にはなく、四谷三丁目への移転を果たし「オオクサ」となった。いつかは移転するだろうなと想像していた。場所が四谷三丁目、つまり旧荒木町だと知ったとき、流石のセンスと唸る。新しい店の前に立つと、その外観は「OHKUSA」とだけ出ている一見バーのような佇まい。すでにすっかり荒木町に溶け込んでいる。

それにしても、こんな格好の場所をよく見つけたものだと感心。幾度となく歩いたことのある路地ながら、以前ここにどんな店があったかはすでに思い出せない。店内は、長身でかっこいい、焼鳥店店主というよりバーのマスター(あまりご存じないと思うが、ぼくにはロキシーミュージックのブライアン・フェリー)と言った風情のご主人と小柄でかわいらしい奥様(たぶん)のコンビは変わらす。カウンターのセンターに耐熱ガラスで囲われた焼き台があり、奥は厨房スペース。テーブル席も多かった「鳥みつ」より各段に機能的で、焼鳥店の原点といったレイアウト。

メニューからアラカルトは消えコースのみ。串は身の一つ一つが巨大で、女性は一口ではほおばれないサイズ。焼鳥の概念では収まらない、あまりいい表現が見つからないが、バーべキューの域だ。提供時には、産地と鳥の種類も語られ今度は江戸前鮨の領域にまで達する。
ぼくにとって「鳥みつ」の「鳥皮」は、人生の中での焼鳥史上最高においしかった記憶があるのでそれを訪ねると、「オオクサ」では、鳥の肉と皮を分けずに焼くことにしたとの回答。確かにその方がさらにおいしいだろうと想像もつくが、そんな焼鳥店は他にあるだろうか。

といった具合で、ご主人が新天地でやりたかったことは、すでに焼鳥の世界を凌駕している。鳥の串焼きという加工品ではなく、ダイレクトに鳥の特徴や味わい、ひいてはその魅力を受け止めてほしいというメッセージなのだ。加えて、箸休め的にコースに挟まれる料理の大半はエスニックテイスト。巨大な鶏肉と格闘した後に、それらを一気に中和するアジアの香り。なにげなく、ひょうひょうとしたお二人の術中に完全に取り込まれていく。ちなみにその日の〆のご飯はガパオライスだった。まあ、鳥料理であることには違いない。

食べログではすでに4点越えで、脈絡のない食べロガーの餌食になりつつある。着席するなりシャンパンを注文する客もいて、これぞ食べログ高得点の店たる弊害だなあと感じたが、「オオクサ」にワインはない(ただし、持ち込みは可能で素敵なグラスも提供いただける)。日本酒と焼酎のラインナップは秀逸。特に焼酎はしびれる品ぞろえゆえ、ここでは焼酎を味わってほしいという意思表示なのかもしれない。

「オオクサ」の予約は、一週間前の昼の12時〜と決められている。
何か月も前から焼鳥店を予約するという徒労が回避できるだけではなく、実はこのやり方が、考える限りの客層の安定、というかいい客層を保つための最善の方策なのかもしれないと最近思う。その意味で、予約方法までも、巧みに練られているのではないかと、ご主人の飲食店経営手腕にも敬服した。

OHKUSA(オオクサ)
●03-6709-8874
●東京都新宿区荒木町7 森戸ビル1F
●17:00〜22:00(L.O.20:00)
●日、祝、第1・3月曜休
posted by 伊藤章良 at 10:31| Comment(0) | 焼鳥・居酒屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月01日

今月もお休みいたします

非常事態宣言が解除されました。今日から6月。ステップ2、

新型コロナウイルスと共存しながらの新しい生活がスタートしました。

レストランは今後、どうなっていくのでしょうか。

著者の伊藤彰さんが、もう1か月だけお休みさせていただきたいとの連絡がありました。

レストランへの変わらぬエールを送りながら、状況を見守っていきます。

皆の心が疲れている今こそ、レストランの出番だと私たちは思っています。

管理人より
posted by 伊藤章良 at 08:17| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月01日

今月はお休みさせていただきます

新型コロナウイルスの影響でレストラン業界が大きな打撃を受けています。

著者の伊藤彰さんより、そんな時期に食べ歩きの記事は遠慮したいという連絡を受けました。

よって、今月はお休みさせていただきます。

一日も早い収束を祈り、そのときにはまた、愛情あふれるレストランの記事を

投稿してもらいます。その日が来ることを楽しみに、

今は家で、それぞれができることをそれぞれのペースで。

そして大変な状況であろうレストランへのエールも送り続けていたいと思います。

管理人より



posted by 伊藤章良 at 10:08| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月01日

(134)白金「すし 良月(あきら)」

謙虚さと探求心、チャレンジ精神が
ほどよく同居した若きすし職人の新店


少し以前は、鮨店の新規オープンには敏感だったし、誰々の元にいた人が独立するらしいよ、みたいな前情報を入手することも多かった。ところが最近、すっかり興味が失せた。できる店できる店が全て、同じ内装、同じような顔、そしておしなべて高額なのだ。高級鮨店のチェーン化とでもいおうか。あれっ、今日はどこにいるんだっけと錯覚することもしばしばだ。

何か、他とは違うことをやろうとする店が現れないものかと期待するも、これだけの高額でも客が途切れない昨今では、あえて危険を冒す必要もないし、ミシュランガイドの二つ星店が、「初音鮨」「喜邑」「天本」とくれば、いったい何を目標にして頑張れば次のステップに上がれるのかも分からない気がする。

そんな中、一見しただけでは大きく違わないし、そこそこ高額なのだけど、知性と挑戦の二文字がはっきりと浮かび上がるフレッシュな店が、広尾寄りの白金にオープンした。「すし 良月」と書いて「あきら」という。店主・前岩和則さんの祖父の名前が朗(あきら)で、その字で店名の二文字を構成し、あきらとしたそうだ。何となく、ぼくの名前「章良(あきら)」との共通項を感じながら、自分の店に対する思い入れや工夫の度合いに、独特のインテリジェンスを見た。

店主は若干29歳。鮨店で長く修業をしてもしょうがないと主張する人も多くなってきたが、それにしても若い。スリムな体系で物腰に品もあり、鮨職人というよりは西洋料理でもやっていそうだ。聞けば西麻布の「すし匠まさ」に5年間在籍したという。「すし匠ハワイ」の中澤さんが、「すし匠まさ」は、自分の弟子の中でも一番やんちゃな男だとぼくに語っていたし、師匠とは全く違うキャラである。

この場所での前の営業も鮨店で居ぬきとはいえ、誰に出資を頼るわけでもなく自らの力で主となり、Max8席の店内に、店主をのぞくスタッフが3名もいて、全員がよく教育され、しっかりとコミュニケーションもとれている。食事をスタートする前から、驚き、感心することばかりなのだ。

店主との話の中で、和歌山県海南市出身だと聞いた。海南市といえば「紀土」の平和酒造だねとつぶやくと、はいと嬉しそうな表情だ。そしてビールには、平和酒造の「平和クラフト」、続いて平和酒造のプレミアム日本酒「無量山」が登場。次に定番の「紀土」純米吟醸と続き、深い郷土愛にこちらも感激。平和酒造の山本社長とは懇意なので、今度お連れするよと約束までしてしまった。

つまみから始まりにぎりへと、すし匠系のスタイルを踏襲しないオーソドックスな流れの中に、創意工夫と熱心な勉強や研究の成果が現れる。見かけはあくまでクールながら秘めた情熱も美味しさへの期待となる。
いっぽう、熟練の鮨職人の味にも接している自分には、若いなあと勇み足に感じる部分もある。しかし、それはあくまで伸びしろとしておこう。

店主が立つまな板の近くに、上からランプがいくつか吊るしてある。手元明かりかなあと思いきや、西洋料理でデシャップ時に冷めないよう使われる熱源ライトだった。どうやら、冷蔵庫から出してすぐの冷たすぎるすしタネの温度を調整するつもりのようだ。特にウニなどは冷たすぎてせっかくの旨味が感じられない場合も多々ある。それをデシャップ用のライトを使って管理しようという試み。特注で作ってもらったとか。そのアイデアと奇抜な発想には舌を巻いた。

店を辞する際名刺をいただいたので自分のものを渡すと、はっとして顔を上げ「ご著書は拝読しております」との言葉が返ってきた。正直、こんな若い料理人に言われたのは初めてだ。書店の料理本コーナーに入り浸って、本を物色するのが何よりの楽しみだそうだ。彼の見識の高さや柔軟性はどうりで、と認識し、やはり年齢や経験だけではないのだと悟る。今まで出会ったことのない特別な存在感のある若者が見送ってくれる姿は、いつまでもいつまでも店の前で眩しく輝いていた。

「すし良月」
●東京都渋谷区恵比寿2-37-8 グランデュオ広尾 1F
●050-3390-0121
●18:00〜22:30最終入店(月~土)、17:00〜21:30最終入店(日祝)
(ランチ営業は貸し切りのみ)
●不定休。
posted by 伊藤章良 at 11:21| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

(133)白金「あき山」

ありそうでない
本質を突いた日本料理店

冒頭で、少しご報告。
昨年こちらの連載で紹介した、フランスのランスにある田中一行シェフの店「Racine」が、フランスのミシュランガイド2020にて、1ツ星から2ツ星に昇格した。
本当におめでとう。
http://otonameshi.seesaa.net/article/470607676.html
田中シェフはぼくに、2ツ星を狙うとハッキリ言っていた。それは、どうしたら2ツ星に昇格できるかがある程度わかるからだろう。日本のミシュランも、そんなガイドとなれるよう改革と成長を望みたい。

さて、
先日うかがった若い鮨職人の新店で、店主から「伊藤さんのお気に入りの鮨店はどこですか」と聞かれた。プロ・アマ問わず頻繁に来る質問で、ぼくの最近の答はひとつ。「新橋のしみづか、経堂の喜楽です」。
店主ばかりか、その日の店の客全員が一瞬シーンとなって、何か問題発言をしたかなあと、少し慌てた。

「新橋しみづ」の親方は、支払いを終えて辞する際、いつも何枚かのお店のカードを下さり、最近オープンしたんですよ、とか、河岸でよく合う真面目な男なんですとか、鮨にとどまらず、さまざまなお店のレア情報をくださる。2年近く前のこと、日本料理の「あき山」も、そんななかの一軒だった。

店主の秋山英登さんは、もともと「鮨 真」での修業経験があり、「いまむら」「真」「しみづ」の店主と奥様が、揃ってカウンターに並んだことがあったらしい。秋山さんは神宮前「樋口」での厨房にもいて、体育会系で名高い樋口兄弟にも鍛えられ、「そんな程度では動じない男なんですよ」と親方は絶賛だった。

そしてぼくは、オープン間もない「あき山」に向かった。とてもおいしくていい店だったが、まだこなれていない点や多少気になるところがあったので、近々再訪しようと思っていたら、なんとミシュランガイド東京で星を獲得し、一気に予約が取れなくなってしまった。

外食産業をも蝕む新型コロナの影響もあってか、やっと予約が取れ、再び「あき山」の客になることができた。場所は、恵比寿から北里大学へと続くバス通り沿い。電車の最寄り駅から遠なので、その分落ち着いた雰囲気の漂う界隈。ぼくは、ほぼ筋向いにあるもつ焼「鳥平」にもよく通っている。

店内に入った瞬間、とても落ち着いたなあと感じた。でも、何も変わっていないという。これぞ風格、だろうか。日本料理店ながら店内の色使いが独特で、それがまた快適さを呼んでいる。料理人は、日本料理店には珍しい黒の上下。そして左利きの店主は黒いまな板も使う。

オープン当初にうかがった際、個々の料理はそれぞれすぐれているので、後は、構成や流れにもう少し経験が必要かなあと感じていた。しかし、そんな不安はまったく払拭され、絶妙と唸りたくなるぐらいの心憎い展開。生の魚介はストレートに提供せずひと手間かける工夫、春を感じさせる食材は、さまざまな技法で緩急がつく。店主もお好きなのだろう、日本酒の品ぞろえは申し分なく、さらに、それぞれの皿は優しい味わいなのに酒を呼ぶ。幸せだなあとしみじみ思いながら杯を重ねた。

圧巻は、最後の食事。まぐろのお刺身、肉のしぐれ煮、別途お椀に山盛りシラス。それだけでバランスのいい定食として完成している。料理とお酒をしみじみ堪能させた後は、お腹いっぱいになってもらおうと、店からの贈り物。ぼくの中で日本一と揺るぎない日本料理、大阪の「もめん」にも通じるところがある。

さらにその後、師匠「樋口」譲りの蕎麦も出されるのだ。こちらも穏やかなテイストの蕎麦つゆに驚き嘆息したら、たっぷりつけて召し上がっていただきたいんですと店主。「ざるそばは、おつゆと一緒に食べなさい」と母に教えられた関西人のぼくにとって、願ってもない言葉だつた。

食べる愉しみと満腹の喜び。ありそうでない、料理屋としての本質を余すところなく堪体験した夜だった。

「あき山」
●03-6277-0723
●東京都港区白金6-5-3さくら白金101
●12:00〜14:00、18:00〜23:00
●不定休
http://akiyamashirokane.com/
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2020年02月01日

(132)白金「RAMA」

名店ひしめく広尾の高架下に
大人のためのサロン的イタリアン登場


恵比寿三丁目交差点からプラチナ通りに至る、首都高速高架下のスペースには小さな飲食店が密集する。ラーメン、焼鳥、居酒屋、トンカツなど、決して交通至便とは言えないエリアにもかかわらず、意外と息の長い店が多い。しかも「酉玉」「寅」「すずき」などの名店も生まれている。いっぽう、これらの裏側というか、反対には細い路地があって薄暗い住宅街。少々場違いな定食屋があったり、趣味が高じたような中国料理店を見つけたり。

先日その路を歩いていたら、大きなガラス張りの中に浮かび上がる不思議な店ができていた。「RAMA」と書いてレイマと読むらしい。暗い中での回りとの溶け込み具合と隔絶感が表裏一体で、よくぞ創ったなあと嘆息し、どんな連中が始めたのかにわかに興味が湧き、さっそく予約して訪れた。

入口のドアは重厚で、開けるにはグッと大きな力が必要。男がエスコートするために考えられたかのようで憎いなあと思っていたら、そこでエントランスは終わらず、ダイニングへと続く、いかにも女性が開けるにふさわしい軽快な引き戸がある。

直線ではない緩やかなカーブを描いたカウンター、一段下がったところに施された肘置き、カウンターとキッチンを隔てるように等間隔に設置された真鍮の横長ランプ、カジュアルながら座り心地のいい椅子。店舗としての過去の成功事例をコツコツと集め、それを丁寧にまとめつつ斬新さが生み出す空間だ。

カウンターの中には料理人とサービスの男性が2人。この内装に全く違和感のないグッドルッキングないで立ちだ。しかも何気なく見ていると、2人のチームワークが冴えている。最終仕上げを残した段階で、料理人からサービスに鍋が手渡され、客の前で人数に合わせて皿に盛りつけ、各種チーズやトリュフなどのトッピングを施し提供する。出来上がった料理をただ運ぶだけではない。ひと手間かけるところに料理人以外のヒトの気持ちがこもり、的確な料理の説明とも相まって、食べる前から美味しさが約束されているような気になる。

と、ここまで書くとあまりにも女性向きの店のように伝わってしまうが、それに反して料理やワインは硬派だ。料理は近頃では珍しい、コース主体ではなくアラカルトが中心。メニュー決めはおざなりではすまされず、選ぶ側の度量や経験も求められる。輪郭のはっきりした強めの味付けが多く、食材もニンニクや内臓等もふんだんに使う。トウキョウ風にアレンジされたイタメシは鳴りを潜め、現地さながらのパワフルさが頼もしい。

ワインはグラスでの提供を中心として、サービスというよりソムリエさながらの彼が、ご自身の独自のテーマをもって集めていると感じた。イタリア・フランスの王道が一種類、そして様々な国やブドウをチョイスした個性的なものがいくつか。王道も変則も、ワインそのもののポテンシャルを感じさせながら角がとれてバランスがよく、想像以上の満足かつ料理との相性も確かだった。水はタップウォーターでいいよとお願いしたら、美しいゴブレットにうやうやしく氷を入れ、カクテルを作るようにマドラーを回す。そんな所作の一つをとっても心がこもって、ペットボトルから注がれるミネラルウォーター以上においしそうだ。

久しぶりに、イタリア料理店としての高い充実感を得て店を去る際、ソムリエと思っていたセンターの男性が挨拶に出てこられ名刺をいただいた。そこにはエグゼクティブシェフとあった。そうか、彼が料理もワインも内装デザインも、店全体を統括する要であったに違いない。失礼なことを書いてしまったが、ある意味、それを感じさせないことも「RAMA」の大きな魅力と理解した。  

まだ、マスコミの取材を受けていないとのことだ。食べログは3.04(2020年1月)である。評価については、それぞれの力関係や右へならえの慣習もあろう。しかし、この店が静かに放っている求心力とサロン的な大人の空間は、「ペレグリーノ」の牙城を脅かす可能性を秘めているのではないかと密かに思った。

「RAMA(レイマ)」
https://www.ramatokyo.com/
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2020年01月01日

(131)神奈川・子安「金剛商店138番地」

ストレスなしのワンオペが満腹へと導く。
昼はキムチ店というコスパ抜群のビストロ


あけましておめでとうございます。
2020年、日本人ばかりではなく世界中の人々が、日本の「あつさ」に驚き浮かれることでしょう。そんな中、ぶれないクールな視点で食の世界を論じていきたいと思います。

不朽の名作ドラマ「傷だらけの天使」のロケ地としても有名な代々木駅前の雑居ビルに「煮込みやなりた」なる名前の、フランス料理らしからぬ名前のビストロがあった。このビルが取り壊しになるとのことで、同じく代々木駅の反対側に移転(実はその後も長期間そのままだったものの、最近やっと工事が始まっている)。安価ですごいボリュームだけが話題となり、全く予約の取れない、縁遠い店となった。ただ、シェフの成田英壽さんは、毎年フランスに行くほどフランス料理を愛し研究し実践されていた。「煮こみや なりた」の料理は、リヨンの「ブション」を想起させる豪快ですばらしい本格的なフランス料理だったわけだが、惜しまれつつ2018年末に閉店した。

ぼくのまわりにも多くの移転前からの「煮こみや なりた」ファンがいて、自らの予約がかなわなくても、年に一度ぐらいは誰かが誘ってくださったし、そんな面々は、いつしか「なりたりあん」と呼ばれるほどになったのである。

「なりたりあん」の面々とは今でも個人的に付き合いがあり、健啖家ばかりで食事をしても楽しいメンバーだ。彼ら彼女らは今でも口々に、「なりたロス」を口にする。なかなかあれほど迫力のある現地さながらの料理店は見つからないのだ。

ところが最近、そんな「なりたロス」を忘れさせてくれる店が見つかったらしく、何度か声をかけていただき、やっと先日伺うことができた。「金剛商店138番地」という、レストランなのかと首をかしげる店名だ。場所は横浜の子安。京浜急行に乗って初めて向かったが、新子安とかJRにも子安駅があるようで意外とわかりにくいエリアだった。

駅を出て、線路の下をくぐって左折。なんとなく代々木の「なりた」へのアプローチにも似てるなあと思った瞬間に「金剛商店138番地」は登場した。入口にドアはなく防寒用の分厚い透明ビニールで囲われていて、この辺も「煮こみやなりた」とそっくりだ。ビニールを開いて中に入ると、すぐ目の前にカウンターのみ10席ほど。ただし、どうやら2階にはテーブル席があるらしい。カウンターの向こうにシェフがひとり。これでスタッフは全員だ。ちなみにトイレは、鍵を借りて外に向かう。小さいがとても清潔だった。

「金剛商店138番地」は、昼間はシェフのお母さんがキムチなどの食材売っている商店で、その横でシェフが仕込みをしていると聞いた。
毎日のメニューは黒板に書かれていて、店主が決めたルールと価格帯によって何皿か選ぶ。基本はフランス・イタリア料理。バリエーションが豊富で、特にメインの肉など何種類もあり、よくここまでひとりで揃え、仕込むなぁと舌を巻く。メニューの中にシチリア風〇〇とあったので思わず頭の中で想像してひと皿に加えると「イメージされているのとウチのは少し違ったアレンジなんですが、よろしいですかと」すかさず丁寧な注釈が入り、シェフの真面目さが伝わってくる。

その日は一番のり。カウンターの椅子に腰かけて待つ。シェフの準備が整い音楽が流れ始めるとBGMはレゲエ。飲食を待たずして、レゲエ好きのぼくの気持ちは相当アガってきた。

というか、目の前のシェフの、キッチンでの動きを観ているだけでも、中途半端な芝居より見ごたえがある。飲み物の注文を聴いて、オープンに放り込んで、フライパンを振って、ディッシュアップして、きちんと料理への説明も入る。その一連の流れに一分のスキもなく、いっときも体が止まることもないのだ。

そして、「煮込みやなりた」と一番異なるのは、料理が出てくるタイミング。「なりた」の場合、やはりなかなかひと皿目が出てこなかったし、多くのワンオペの料理店は、待たせることも値打ちのひとつ、みたいに、シェフが悠然とと対応するところも多い。
ところが「金剛商店」は、まったくストレスなく、まさにポンポンといった感じで皿が出てくる。しかも、どの料理も手が込んでいて、味付けにもさまざまな工夫があるので、夢中になってアッという間に食べてしまっても、いつの間にと、シェフのお顔をマジ見するぐらい、さっと次の皿が出てくるのだ。

最近のワンオペ傾向には、この連載で問題提起もさせていただいたが、ここまで徹底的にひとりきりのすごさを見せつけられると、グウの音も出ないのだ。

ふらっとのぞいて、満席と知り寂しそうに去る客も散見。子安まで出張してきた自分は、少し申し訳ない気もした。というのも、ここのハイボール。四ツ木や八広といった酎ハイ街道にある酒場並みの怪しさ・強烈さ。キムチをツマミに、安価で酔いたい、そんな方々の席を奪ってしまったようだ。

でも、ワンオペの痛快さと満腹になる料理をぜひ体験していただきたいと思うと、書かざるを得ないのである。

「金剛商店138番地」
●神奈川県横浜市神奈川区七島町138
●045-421-4902
●18:30〜22:30(入店20:00まで)
●日休。臨時休業アリ。

posted by 伊藤章良 at 19:26| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

(130)銀座「薪焼 銀座おのでら」

シェフとソムリエとの信頼が生む
納得できる料理とワインのペアリング

昨今は、予約困難店の席を確保するまでに相当の知恵や労力を費やしてしまうからなのか、食事中はできるだけ頭を使わない、そして、可能な限りボロが出ないような展開が好まれるようだ。

高級江戸前鮨では、カウンターに座って以降まったく店側とのコミュニケーションは必要もなく、ひたすら料理と酒が出てきて、最後に高額の請求が来るので躊躇なく支払う。予約をとることのできた人がもっともすばらしく、鯔背に鮨を食べたり、店の職人や同席者と会話を楽しんだりするのは二の次となった。この傾向は、天ぷら、焼鳥と、カウンター中心で、男女を問わず一人でも訪問できる環境ならば、いずれの場合も増える一方だ。

頭を使わなくていい(言い換えれば、勉強しなくていい)、ボロが出ないようにしたいという傾向は、西洋料理のテーブルでも多くみられるようになってきた。もともとコース構成が主体ではあるものの、それに合わせるワインも、ペアリングという形で店側がグラスで提供する。いいレストランになればなるほど分厚いワインリストがあり、それと長時間にらみ合いながら、最後にソムリエとも相談して何とか一本に絞り込む作業は本当に楽しかった。最近はソムリエの存在が果たして必要なのかと心配になるほど、どこの店でもペアリングはいかがですかと勧めてくる。

これについては、視力の衰えが顕著で細かいワインリストを読み解く根気が薄れてきた自分もその提案にのることが多い。また、料理にどのようなワインを合わせて完成させたいのか、シェフやソムリエの考えに興味もある。そうは言いつつ、ぼくの感覚では、半分以上はドンピシャとは思えず、ちょっと違うかなあと首をかしげてしまう。シェフはこの皿とワインを本当に合わせたかったのかと悩ましいのだ。

今年のフランス巡りでは、元三つ星を含めると5軒の星付きレストランに行った。そのうち4軒でペアリング、1軒はソムリエと相談してワインをボトルで選び、結局自分で選んだワインが一番印象的だった。

そんな中、今回取り上げる「薪焼 銀座おのでら」は、すべての皿に対し用意されたワインが驚嘆のマリアージュで、本当に驚き感動し、ペアリングの真の愉しさを堪能することができたのである。

「薪焼 銀座おのでら」は、2019年7月にオープン。鮨、天ぷら、鉄板焼などをワールドワイドに展開しているグループの印象が強い中、火力を薪にフォーカスしたフランス料理店である。場所はおのでらグループ核店舗が入るビルの一角。カウンター中心で個室もあるようだ。

種明かしをすると、「薪焼 銀座おのでら」のシェフは寺田恵一。「カンテサンス」や「神宮前 傳」等で研鑽を積んできた料理人。一方ソムリエは、市村暢央。「カンテサンス」でシェフソムリエを長く勤め、現在はおのでらグループ全体を見つつ、寺田シェフを迎え入れて二人の考える日本のフランス料理を追求する店づくりに携わる。

薪焼と銘打つだけあり、火力はほとんどが薪だ。炭を使う店は多くあるし日本人は使い方も巧みである。一方薪は、一般的にはピッツァ窯ぐらいしか知られていない。設備も大がかりになるし、何より火加減という面での熟練が必要だろう。
ただし、薪からの直接の炎で火が入るので、焦げ方から自然で香り高い。フィレンツェに、今でも薪のみでステーキを焼く名店があり、そこのステーキは本当にすばらしい。その店はガスの通らないころから薪での調理実績があるのだ。都会のビル内にて始め、4か月ながら特徴を見切っての安定した火入れや、さらに薪焼の個性を注入した新たなレシピの数々に瞠目。さらにそんな皿に対し、針の穴に通すほど細心で大胆なワインがペアリングされるのである。
あまり種明かしはしたくないが、薪焼の肉だからといっても、堂々と白ワインが供されたりする。.

ソムリエの市村さんは、「カンテサンス」時代から、もし一緒にやるならこの男だと思っていましたと、寺田シェフを評価する。二人の間に生まれるマリアージュは、単に料理とワインのペアではなく、深い信頼と愛情にあふれているんだなと強く感じた。となるとますます、ペアリングの世界は奥が深い。

薪焼 銀座おのでら
●東京都中央区銀座5-14-14サンリット銀座ビルIII 9階 
●050-3628-1295
●水、日休
●17:30 〜20:30LO



posted by 伊藤章良 at 12:36| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月01日

(129)フランス・ケゼルスベール「CHAMBARD」

日本でフランス料理を食べたいと思えなくなった
フランス料理の底力を見せた一軒


先月の続き、である。
ぼくは毎年パリまでは行っているが、2019年秋、久しぶりにパリから地方へと向かった。その目的は食ではなく村だ。フランスでは「フランスの最も美しい村」を認定する協会が1982年に設立された。その厳格なルールにそって認められた美しい村が、フランス全土に150以上存在する。人口が2000人以下で、歴史的文化的遺産を持ち、景観を損ねる新たな建造物は許されない。経済発展よりも、遺産を守り観光産業に特化するという村の宣言でもあるようだ。今まで食オンリーだったフランス渡航ながら、ようやく観光らしい観光をすることに決め、パリからアルザス地方の起点となるストラスブールに移動した。ストラスブールから、アルザス一帯に点在する最も美しい村、エーグイスハイム、ユナヴィール、アンスパック、ミッテルベルカイム、リクヴィールといった村々をどのように回るか、そしてそこに息吹くワイナリーのどこに行くか検討を重ねた。

といっても、食についても忘れることはない。前回紹介した「レストラン ラシーヌ」の田中一行シェフに、今年はアルザスを回遊するので、あの辺でどこかおすすめのレストランはないかと聞いていたのである。そこで彼が紹介してくれたのは、ミシュラン二つ星の「シャンバール」という店だった。全く知らない。でも田中シェフの推薦なら、ここは外すわけにはいかない。そのレストンがあるケゼルスベールは、そうとう不便なところだ。そして、フランスの最も美し村には認定されていないが、それに匹敵する素敵な場所のようだ。

アルザスにある最も美しい村巡りの一村に加えたぼくは、さっそく予約を開始。「シャンバール」はオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)だったが、あえてそこには泊まらず、すぐ近くに宿をとった。チェックインの際、今日のディナーはどうするのかとホテルのフロントに聞かれたので、「シャンバール」に行くつもりだと答えると、即座に「予約はしたのか」と。とんでもない田舎にあっても、予約がないと入れないのは想定内だけど、さすがフランス、さすがミシュランガイド。日本のものとは、歴史も価値も目的すら違う。

ホテルフロントに教えられた通り、ほんの100メートル程度のメインストリートを歩き、通りに面した店のドアを開ける。まるで山小屋風の居酒屋だ。そして満席。首を傾けつつ入口に立つ真っ赤なスーツを着た長身の女性に予約の旨を告げると、ああ、それはこっちよと指示。

居酒屋を通り抜けると、突然、鹿の角が天井各所にディスプレイされた広いレセプションに出た。いかにもアルザスのレストランといった感じの、自然とモダンが融合したスペースだ。ダイニングはもちろん、二つ星をきちんとわきまえた、ゴージャスな空間。どこから来たのか、品のいい男女が、すでに多くのテーブルを囲っている。そして、ダイニングに通されて初めて、この店の入口は自分が入ったところとは別にあることに気づいた。

もちろん、事前にこのレストランを検索してみたが、ほとんど情報がなく、まして日本人が書いているものは見当たらなかった。三つ星ではないゆえ、コレクターの餌食にもならず、この辺鄙な地区にて徹頭徹尾アルザスの地方料理を昇華させてきたに違いない。

最近のフランスはどこでもそのようだが、まずは手でつまんでいただくアミューズが出る。続いてフォワグラ。最初からアルザスの名物が登場だ。「冬のアルザスのフォワグラ アルザス地方の菓子ベラベッカのソース 山のチーズ」。
ひとさじ口にして最初に思ったのは、未だかつて食べたことのない特別なおいしさ。時が止まったような気がして陶然となった。信じられないぐらいフレッシュでなめらかなフォワグラにベラベッカ、つまりドライフルーツのソース、そして素朴なチーズ。このシンプルな三位一体がとてつもなく巨大で複雑な味を創り出し、個々が小さく主張しながらも口の中で儚く消える。半分ぐらい食べたとき、もう半分しかないのかと天を仰ぎたくなった。

魚料理は「アルザスの山の岩魚 ザリガニ、エスカルゴと共に パセリのソース」。
サービススタッフは英語でトロートと言ったので、味わいや色も含めておそらくマスだろう。これは特筆すべきことは少ないものの、皿にイクラがちりばめてあり、日本的に言うと親子状態。メニューに記載はないし、フランスでも生の魚卵は食べるのですかと聞いたら、そんなに量は多くないのでとはぐらかされた。

さらなる初体験はメインの鹿。シェフ オリビエ・ナスティ自ら撃ってしとめたものだ。フランスで野性の鹿肉を食べるのは初めて。国内外であらゆる四つ足を口にしてきたつもりでも、そのどの肉とも違う、そしてどの肉からも抜きんでた食感。チープな表現だが、馬肉や牛肉、イノシシ、熊など、獣の赤身の特徴的な部分があちこちから顔をのぞかせているようだ。強烈に大きなナイフがプリセットされたのに、自重だけでもスパンと切れそうなぐらい、引き締まりつつも柔らかい肉質。肉の旨さというより、山の自然の恵みを舌に覚えさせていた。

最初に迎えてくれた真っ赤なスーツの女性は、やはりマダムだった。子供のころ日本に住んだことがあると言い、少しだけ日本語を話した。素朴で自然体な女性でミシュラン二つ星のレストランでは珍しく感じ、同席した妻は、最後まで「あの人がマダムかなあ」と言っていた。ぼくにとっては、料理もマダムも、わざわざこの地まで来なければ決して出会えない稀有な存在として呼応したのだった。

2018年は、たまたまその年の世界のベストレストランでトップだったイタリアはモデナの店に行った。でも帰国後さっそく日本のイタリア料理店にも足は向いた。ところが今回のフランス紀行は、改めてフランス料理の底力を思い知ることとなった。パリで展開されているような、見かけの美しさや驚きだけを皿の上表現した似非日本料理とは違う、地に足の着いた真のフランス料理に何度となく出会った。帰国して一か月、未だに日本でフランス料理を食べたいとは思わない。そして来年もまた、再びフランスの地方をめぐりたいと切に願った。

Le Chambard - Hotel Restaurant Alsace
●9-13 Rue du Général de Gaulle, 68240
Kaysersberg,
●+33 3 89 47 10 17


posted by 伊藤章良 at 23:22| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする