いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2017年02月02日

(98)渋谷「池湖」

システムの不具合でアップが1日遅くなりましたこと、深くお詫びいたします
***


高額の波が押し寄せる本格中国料理において安価。
立地でもたげるオトコの下心を抑制できる上質な料理

前回、「たいへん上手に描けた子供の絵」を題材にしたので、今月も少し絵画を例にとって話を始めたい。
ここ何百年間で描かれた巨匠とよばれる画家の作品は、当然ながら世界的に高く評価され、とてつもない高額で取引されている。とりわけ日本人は、この「世界的に高く評価された」ことが大好きで、評価と価格が高いから、この絵は優れていると認識。個人の好き嫌いとか感性に合うとは関係なく展示会に出かけ、金持ちはこぞって購入する。どこもかしこも、ゴッホやシャガールばかりである。

誰もが優れていると認めてしまった(すでに終了した)ものへの憧憬や投資ってワクワクするのだろうか。もちろん投機のために動かす人たちもいるだろう。それは芸術を金儲けに使うわけで、さらに卑しいともいえるが。

近いことが東京の外食の世界でも起こっている。
予約が全く取れなくなった超人気店ばかりを集め星やアワードを授与したりパトロンになったりという金銭や労力を、底辺を引き上げ埋もれている価値を見出す方向に繋げていけないものだろうか。
すでに価値や名声を確立した料理人や店より、自分自身や自分の仲間で密かに楽しめ共有する、そんなキラリと光る店を見つける悦楽を享受しないのか。

他人が、というより多くの人が散々に引いたレールを単にトレースするだけの、安全で退屈なスタンプラリーばかりを近くで見ていると、やっぱりここでも、結局は子供の課題解決手法なのかと思わざるをえない。大人にしかできない、というかもっと皆で大人になって大人の愉しみ、応援の歓びを感じたいものだ。

今回取り上げる中華バル「池湖」は、東急文化村から渋谷のホテル街に上がる坂の途中にある。自ら中華バルとオフィシャルサイトで名乗っているのでしかたがないが、〇〇バルと称するだけで、最初から料理はイマイチですと言い訳をしているようにも見え、しかも黒く埋もれたビルの4階。食べること以外の目的がないと選択肢にはなりにくい環境だ。

ところが。
中華バルなのに料理がめっぽうウマイ。2017年2月現在、男性が一人で営むが、つき出しのえびせんから、客が来るたびにひとつひとつ丁寧に揚げて用意する。名物である焼豚も注文を受けてから火を入れ始める。カウンター中心で店主の動きが逐一見渡せ、よどみなくテキパキと対応しつつ料理のすべてに手間を惜しまず真面目一徹なのを確認する。

メニューにXO醤を使った料理があったので、自家製ですかと聞いたら、醤の作り方は修業先で学んできたが、一から作ると採算がとれないので仕入れています。でもいつかは自家製でやりたい、との言葉が返ってきた。
ただ、ほとんどの調味料は自家製。食材のロスを極力なくすための小さな工夫がちりばめられ、玄人をも唸らせる技巧を随所に備える。
そう、店主はアイアンシェフ脇屋友詞氏のもとで、約10年じっくりと修業を積み、脇屋氏と中国各地も回ったという。

さらに言えば、大丈夫なのかと心配するぐらい安価だ。安さゆえ客層が荒れることも先回りして不安になる。昨今、鮨だけではなく中国料理にまで高額の波が押し寄せ天を仰ぎたくなるが、ここではそんな不安も一掃。未だ食べたことはないが、フカヒレ(6,000円)もメニューにあるので、いつかトライしてみたい。

さて『東京いい店やれる店』という黄色い本をご存知だろうか。
やれるかどうかという視点で飲食店を評価する画期的なガイドだが、やれるためには、下心を封印しつつそれを上回る驚きや意外性、ひいては感動を与える店を選ばなくてはならない。「池湖」こそ、立地といい味といい、いい店やれる店の秀逸なる一軒ともいえよう。
店名の「池湖」は、店主が池田さんなので、池よりも大きな湖に成長したいとの思いでつけたそうだ。ただ一説には、店主が通っていたゲイバーでイケコと呼ばれていたからだとも聞く。そんな店主ゆえ、さらに「やれる店」としてオトコの味方となってくれるような気がする。

「池湖」
●東京都渋谷区道玄坂2-22-6 CREA道玄坂 4F
●03-6455-1550
●11:30〜14:30、18:00〜23:30
●月休

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2017年01月01日

(97)新橋「割烹 山路」

今年も期待。大人の作品を描く
若き日本料理人

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願いします。

そろそろ、この新・大人の食べ歩きも100回を数えるということで、書き始めた当初はいろいろと方向性を模索していたものの、最近は自分が書きたいことを比較的完結に書けるようになってきたかなと感じています。少しずつブレイクスルーした自分を、今年もこのページに表現していきたいと思います。

TBSのバラエティ番組で、数枚の絵をパネラー見せてその中で一枚だけ何億円もするものを当てるというコーナーがある。ぼくもテレビを観ながら考えるが、絵の質感や色がテレビだとよく分からないこともあり、何億もする絵画を当てるのは相当難しい。もちろん回答者も外す人が続出する。しかも、その高価な絵画以外は小学生が描いているとの種明かしもある。今の小学生ってすごいなといつも関心しっぱなしだ。

さて、最近特に料理の世界で思うのは、ああ、このお皿って、たいへん上手に描けた子供の絵と同様だなと感じるケースが頻繁にあることだ。特に和食系に顕著。加えて言えばそんな子供の料理に何万も出す人の多いことか。

子供の絵と何億もする芸術作品との違い、それは、キャンバスの中にどれだけ無駄がないか、その中で可能な限り取捨選択、いや引き算ができているかだと考える。概念的には分かっているものの、四角い中にそれを見つける能力や経験は自分にはない。いっぽう料理の世界では、経験だけは長年積んできたので、これは子供の上手な絵なのか、きちんと大人が描いた作品といえるのか、そこに高額の価値があるのか。ある程度判断できるような気がする。

2016年を振り返って、東京の日本料理店で大人の作品だなあと強く印象に残ったのは新橋の「割烹 山路」。意外にもかなり若手の料理人だった。
店は烏森神社脇の飲食店街、ビルの2階である。つい先日まで別の形態の店が営業していた空間をそのまま引き継いでいるようにも見え、店舗からは料理人本人の個性や主張はほとんど感じられない。あえて言うなら、「山路」という暖簾ぐらいだろうか。

そんなシンプルな環境下で食事はスタートしたが、皿が自分の前に置かれるたび、静かに心が震えるような感動を久しぶりに経験した。店主はこれと決めて入手した食材をさらに一つ一つ吟味し、食材を際立たせる調味料を自作し、それ以外は何も加えず足さず仕上げる。今日は魚河岸にすごくおいしそうなハタハタがあったのでと、シンプルに焼いて供するが、見たこともない大きなハタハタで身は締まり、たっぷり卵も詰まっていて別種の味わいがあり、そこにほんの少し添えられたオリジナルの調味料との組み合わせで、シンプルな焼き魚にも3度の楽しみをもたらす。

料理人もそれを紹介するライターも「食材の持ち味を生かす」と安易に表現するが、基本的に食材の持ち味を生かせなくてはプロの料理人ではない。ぼくたちは、食材の持ち味が生かされた次の段階を心待ちにしているのだ。単に持ち味をいただくなら、わざわざ料理店に足を運ぶ必要はない。

たとえば、とても渋い野菜があったとして、ほんの少しの調味料や調理技術でその渋さを損なわず、逆に上手に印象づけながら美味しいと感じさせる。食べ手側は、「え、何か手を加えた?」と首をかしげるぐらいな引き算のなせる技。「割烹 山路」の料理にはそれがあった。

若いながらも彼のなかに、きちんと食材そして調味料が整理されていて、一皿一皿それぞれの戸棚を開いて提供するのだろう。高級品や希少品を乱暴、いや無謀に組み合わせて豪華に皿に盛り付け、客の舌よりは情報が詰まった左脳にのみ働きかける。さあどうだと眼前に置かれても、それはやっぱりたいへん上手な子供の絵なのだ。そこにぼくは技も洗練も魅力も愛情も感じることができない。

清酒の選択も彼らしい。自分は酒のことがあまり分からないので、二軒の酒屋さんに対し、コースの最初、中盤、ラストに合うとの観点で三本持ってきてくださいとオーダーするそうだ。「割烹 山路」には二軒の酒屋が競う銘酒が、マリアージュも考慮され常に6本揃っている。実にクレバーなやり方だと思う。

食べてこそ美味しい、それは食べた本人だけしか味わえないからこそ価値がある。将来が楽しみな店との出会いは、客自身をも若返らせる。

「割烹 山路」
●東京都港区新橋2-9-12 フロンティアビル 2F
●050-5590-8896(専用予約)
●12:00〜(なくなり次第終了)、18:00〜23:00(L.O.22:00)
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 20:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

(96)「麻布 山路」

偉大なる師匠たちの技と心を受け継いで
港区に帰り咲いたすしの名店

「山路」と聞いて、テレ朝通りを少し脇に入ったところにある「鮨」の大きな看板を思い出した方は、相当のすし通であろう。
もはや伝説となった鮨職人・藤本繁蔵から薫陶を受けた弟子といわれる、清水喜久男、鈴木民部、新津武昭らと並ぶ位置にこの舘野弘光氏の店「山路」はあったが、抜群の立地や店に敷きつめられた赤じゅうたんの色っぽさ、そして店主のざっくばらんな人柄等、1980年代東京に移動してすぐの自分にはとても親しみやすく、最初に受けた江戸前鮨の洗礼だった。よく言われる関東と関西とで異なるテイストとは、うどんでも蕎麦でも鰻でもなく、一番大きく違うのは「鮨」なのだ、と深く知った。

松田優作が愛した店などさまざまな逸話が残り場所柄も芸能系の方々が多い環境で、六本木ヒルズができる前のこの界隈のコアな東京っぽい雰囲気がまた格別。全国からの来客、例えば大阪の兄と慕うJ氏や広島の弟と想うI君など、食べ好きの友人も多数お連れした思い出がある。

テナントビルの取り壊しが理由とも聞くが「山路」は閉店、舘野氏は腕を買われて別の店を少し手伝っておられるとまでは耳にした。ただ、六本木当時のお弟子さんが「山路」という屋号を引き継いで、盛岡で鮨店を営まれている、との話は伝わってこなかった。

そして、もっと驚いたのは、10代のころから六本木の「山路」で舘野氏の元にて修業ののち盛岡に移って36年間続けた「山路」を閉め、再び東京の麻布に「山路」を再開させた、という事実に直面したときだ。

ご主人曰く、二人いる息子さんも料理人だが、おひとりは東京でお勤め、もう一人はすでに東京で店を開いており、盛岡の店を継ぐ人間は誰もいない。であるなら、ぼくが再び東京に行こうと思い立ったというのである。60代後半からの新たな東京出店なのだ。そんな熱い前情報のなか予約の電話を入れると、優しい東北なまりの女将さんによる応対で、これはもう間違いないと確信。心が震え静かに興奮した。

お店は、東京メトロ麻布十番駅からすぐ。軽井沢に本店のある蕎麦「川上庵」の前である。頻繁に歩いているこの界隈だが、不覚にも「麻布 山路」の暖簾に気づくことはなかった。店内にすすむと予約電話通りの柔和な女将さんの笑顔に迎えられ、この道50年というベテランながらも、新たな東京出発に意気が揚がるご主人の前へと導かれた。

刺身、召し上がりますかの声にうなずくと、いかにも老舗のごとく、皿を広く使っての4点盛。日本酒に切り替えると岩手の未経験な銘柄。ホタテ、赤ムツなど火を入れたお魚が続く。強烈にうまいかというと、それはよくわからない。でも、この上なく快適だった。

昨今の東京の鮨店は、血気盛んな若手の職人による高級食材の饗宴である。店内もその職人と呼応してギラギラに明るい。しかも、少しずつ次から次へと出てきて都度長い解説が入るので味の本質がつかめない。客はブロイラーのごとく連続して突っつき続け、落ち着く暇もない。

にぎりをお願いする。酢飯はかなりのアルデンテである。この硬さを盛岡でも提供し続けてこられたのだろうか。今の東京の主流は、もう少し酢や塩を利かせた具合だが、酢飯の炊き加減には往年の六本木「山路」を彷彿とさせるものがあった。しかもさすがというべきか、これも昨今の若手職人には技術的に追いつけない、握る際の力加減にこそ、この道50年の技を感じて目頭が熱くなる。

他の客は、焼酎を飲みつまみながらのビジネス談義で、にぎりは少々との注文。
30年前なら「すきやばし次郎」にもこんな客はいたなあと思いつつ、おそらくは盛岡でも移ってきた東京に至っても、まだまだこういった客層なのかと少々残念に思う。その日は、コハダをお願いしても寝かせが足りないのでまだ未完成と言い、かんぴょうを頼んだら冷凍しかないとの回答。

ただ、圧倒的な技術力と実直なお人柄は比類なく、しかもここが藤本繁蔵の孫弟子の店と知られることになれば、高スペックが大好きな東京の鮨フリークがいずれは日参するに違いない。
そして、そんな鮨好きが飲み客を圧倒しつつ、ご主人が本流のにぎりに注力し昔の杵柄を取り戻したあたりで(おそらくすぐだと思うが)、また再訪しようと強く誓った。

「麻布 山路」
●東京都港区麻布十番3-2-6 ライオンズマンション麻布十番第三 105
●03-6453-6717
●17:00〜23:00
●水休
posted by 伊藤章良 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

(95)南青山「いち太」

締めは秀逸のそば。東京らしい日本料理を

踏襲する若き主の攻めの舞台

日本料理は、そこに訪れる客の潜在意識として、京都の料理、つまり京料理とのイメージが強い。関西にも東京にも暮らしたことのあるぼくは、その両方の良さや残念な面を多数体験し私見も持っているが、一番残念に思うのは、日本料理に限って言えば、東京の人はあまりにも京都の匠を神格化しすぎで、京都はまたそんな東京を自分たちより下に見て(あくまで日本料理の世界に限るが)、利用しようという意識が感じられる点だ。

東京から関西方面、特に京都の高級割烹に大挙して訪れ、それが京都での一大マーケットを形成する。京都を神格化している美食家たちは、掛け値なしにうまいすごいと言いつつ高額の支払いをするので、京都にとってはそんなありがたい客はいない。というのも、京都のハイクラスな客層である旦那衆の目は極めて厳しいからだ。「宵越しの金は持たない」とひと晩で散財してしまう江戸の気質と、お金は穢いものとして財布すら持ち歩かない旦那衆とでは、そもそもの立脚点が異なるわけだ。

さらに京都における勘違いを上げれば、例えば薄味とかで画一的に括られるような料理ばかりではないこと。さらにダシが決め手としても、その味わい、香り、うま味すべてにおいて、店主が調味料をどのように使うかとの最終判断はバラバラ。相対的にみれば確かに塩は控えめと思うが、それも習慣や気候風土の問題で京都全体の決まりごとではない。また、祇園の「ユキフラン佐藤」のように、東京の「和幸」で修業をして京都に独立の場を求めた料理人もいて、ぼくが思うには、「京都の料理」と一元化することはかなり困難で、実際は玉石混交なのである。

ただ、東京人の京都信仰もあってか、東京には「京味」に代表されるように京のつく料理店が多い。そしてその料理店のほとんどすべてが京料理ではない。
ぼくが京料理ではないと思う最大の理由は、もちろんきちんと京料理を修めた優れた料理人ながら、東京の人たちに好まれるよう密かに、もしくは堂々とアレンジをしているからだ。

たとえば甘味。京都の場合、塩が強くても弱くても、甘味に対しては一定の基準や申し合わせがあるのではないかと勘ぐるぐらいに安定している。というか、料理の中に出る甘さという味覚は、素材本来のもの以外ほとんど感じさせるつもりもないとさえ思う。いっぽう東京で食べる日本料理には、どこかに甘さを感じるケースが多く、それはきっと関東の人たちがその点を好むからなんだろうなというのが、両方で暮らしたぼくの経験だ。

なので、京都や関西圏で修業をしても実際のマーケットを意識して甘味を加えるなら、初めから東京の地で育まれた日本料理を、きちんと京料理とは違うカテゴリと認識しながら食べる方が愉しいし間違いないと考える。

そして、東京の日本料理だなあとつくづく思う店に、銀座と新宿御苑にて営む「矢部」がある。「矢部」には、新宿御苑の前で、今はお弟子さんの「せお」になっている場所にて開業した最初のころから通っているが、その場所を譲り受けた「せお」をはじめ、西麻布の「豪龍久保」と、大変優れた東京発らしい料理を提供する独立組があるが、今回取り上げるのは「いち太」である。

「いち太」は南青山の奥、どちらかというとアパレルやファッション関係のブティックや会社が集まってそうなエリアにあるが、この界隈にはポツポツと光る飲食店も存在する。メトロの最寄り駅からは少し離れていて、しかも、外苑西通りを下るというロマンチックなアプローチもあり、カップルでぶらぶらと歩きながら訪れるにもふさわしいエリアなので、できればタクシーを使わず、最寄駅から徒歩で訪れたい。

「いち太」は、入口が判別しにくい比較的大きなビルの一角にある。もちろん暖簾もでているが、初めて訪れたときビルを一周してしまった。
店に入ると、いかにも若い料理人がきびきびと働けそうな機能性や効率のよさを秘めたバランスのいいレイアウト。昨今の和食系に見られる画一的な照明やカウンターとは異なり、奥行きと可能性を蓄えた感じが好みだ。

もともと「矢部」の最初の店は大変狭く、狭い厨房に若い衆がひしめき合っていたので、より「いち太」が広く見えるといこともあるだろう。
店主は若く、若々しく、声にも張りがあり歯切れがいい。カウンターなど対面式の料理人には願ってもないキャラクターだ。同業者、客を問わず、先輩にも後輩にも好感を持たれるタイプで、料理が出てくる前にすでにすっかり魅了されていた。

料理人にはもちろん様々な型があるが、店主は常に前向きに攻める派。ひとつひとつ丁寧に料理や食材に対し言葉を費やすことを厭わない。それをよしとするか否か。べらべらしゃべるのは言い訳や自信のなさとも受け止められがちだ。それゆえある程度好みに分かれるとこだが、店主の受け答えはそれをよしとするに足る誠実さと意欲、なにより食材への愛にあふれていた。

前述の「豪龍久保」もそうだが、「いち太」も修業先のテイストを感じさせられる部分はほとんどない。総じて修業先からのブレイクスルーに成功しているからこそ独自性が見つかるのかもしれない。ただ「いち太」は、最後にそばを出す。そのそばのあまりのうまさに驚き唸る。表現はあまりふさわしくないが、今まで食してきた料理のすべてを忘れそうになるぐらいなのだ。

修業先の「矢部」もコース料理の最後にそばを出しランチタイムはそばを中心にした展開である。その点だけは修業先のままを貫く(ランチのそばはやっていないが)。そして自分も、そのこだわりが東京における日本料理の魅力とオリジナリティではないかなと考える。

京料理を想起した場合、最後のご飯に栗や豆などを使用し一番の甘みを感じたりすることも多い。いっぽう、最後をキリッと辛口のそぱでしめる。まして様々に飲み食いしてきた後の麺ののどごしの快感は誰もが頬を緩めることだろう。
それを「いち太」が踏襲した点も、東京で日本料理を営む上でのある種の匂いを嗅ぎ取っているのではないかと感じた。最後の炭水化物はご飯である必要はない。まして、そば打ちに対する見識も技量も一流とあらば。
そば屋でもないのに、あのそばをもう一度食べたい。そんな再訪動機もまた、食べ手にとっては重要なのだ。

「いち太」
●東京都港区南青山3-4-6 AOYAMA346-1F
●03-6455-4023
●17:30〜LO21:00
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

今月はお休みいたします

いつも「新・大人の食べ歩き」をご愛読いただき、
ありがとうございます。

今月は、伊藤章良さんの海外出張のため、お休みさせていただきます。

次回は11月1日です。よろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

(94)御徒町「ぽん多本家」

脂身づかいから伺える
名店ならではのとんかつの極意

御徒町の裏、ぼくがもっとも使いたくない言葉あえて用いるなら、言わずと知れたとんかつの名店「ぽん多本家」がある。メニュー全体は洋食の構成だが、カツレツ発祥の店とも言われ、とんかつを語る際に決して外されることのない確固たる、いや燦然と輝く聖地なのは誰しも否定しない。著名評論家からレビュアーまでが余すところなく訪問し、とんかつ店としてプロアマ問わず高い評価を得ているのも、この「ぽん多本家」だろう。

ぼくは、全国各地で百年以上続く食堂を紹介する「ニッポン百年食堂」という番組で、幸運にも「ぽん多本家」を紹介すべくロケに訪れた。そして、テレビカメラ収録という完璧なエビデンスのなか、ご主人と2時間弱ゆっくりと店のお話を聞く時間を持つことができた。

ところで、訪問前後に多くの評論家、ライターが「ぽん多本家」の紹介記事を読み漁ったが、どの誰の文章も、自分がご主人から伺った内容を正確にトレースしていない、的を射てないという実態を知り愕然とした。素人レビュアーはともかく、名の知れたライターや評論家においてですらなのだ。

ぼくは「ニッポン百年食堂」に出演する以前は、レストランのオーナーやシェフに「取材」という形でのビジネスライクなインタビューをしたことがなかった。シリーズで出版している『東京百年レストラン』も、店のスタッフやシェフと雑談レベルでは接するものの、取材をしないで感じたことを書くという身勝手なポリシーを貫かせていただいている。
それが自分の本のスタイルであり、ひとりの客として普通に訪れた際に得られる情報のみを頼りに考察し想像することを実践したいからだ。それがグルメガイドの理想であるとの思いは今も変わりない。

ただ一般の取材環境以上に、テレビカメラが回るという嘘偽りない状況での発言は、それなりに相手側の緊張を強いるし言葉も選ぶ必要があるだろう。ゆえ、店側から発せられる内容の真実性も高いものだと判断できる。

その場でご主人の口から発せられた言葉に忠実に従うなら、レストラン取材というのはこんなにずさんなもので、なおかつそれを誰も(おそらく店側も)指摘や訂正することが難しく、市井にそのまま流れているのかと痛感した。

ぼくが「ぽん多本家」ご主人から仕入れたこの店のカツレツの神髄とは、とてもシンプルだ。
ロース肉には赤身と脂身の部分があり、それぞれに火の入れ方を変えないとおいしく仕上がらない。揚げるという調理で赤身も脂身も均一に熱を通すなら、当然ながら赤身の部分が先に食べごろに仕上がり脂身は時間がかかる。ゆえ、ぽん多流に解説するなら、今あるとんかつ店のロースかつはすべて赤身の出来具合によって油から上げるので、脂身の部分が生焼けでキチンと火が通っていないという。

それを確認すべくぽん多訪問後もさまざまにとんかつを食べてみたが、確かにロースかつの脂の部分のえぐみや胸やけのする感覚は、調理の仕方にあったのかと気づき驚く。
そこで「ぽん多本家」は、ロースの脂身の部分をすべてカットし赤身だけでかつを作る。肉質はロースだが仕上がりはほとんどヒレかつ同様となる。ただ、この次が重要で、ロースの部位は脂身のおいしさや香りも相まってその味が決まるので、カットした脂身を集めてラードを作り、それを揚げ油として使用する。つまり脂身をカットしたロース肉を、揚げる段階で自らの脂が持つうま味や香りを戻す、というか、まとわせるわけだ。
実に理に適っていて、そして気の遠くなるほど細かい仕事である。

「ぽん多本家」はカツレツ発祥の店としても知られ、それ以降でカツレツはトンかつやビフかつ、チキンかつと枝分かれをしていくわけだが、カツレツを創造した最初の段階でそこに気づき、独自の調理法を完成させながら、百年以上そのやり方を頑なに変えず実践している。結果、その手間が価格に反映するが、それもよしとしてすべてを変更することはない。

和食のひとつとして、今や西洋社会にも逆輸出するぐらいのポテンシャルであるとんかつは、衣をつけて揚げるという点だけを「ぽん多本家」から踏襲したが、脂身の火入れに着目した店はほとんど聞いたことがなく、まさに本家を除いて本家と同じ手法で揚げている店をぼくは知らない。唯一無二となりつつも、あくまで本家という名に恥じない希少で貴重な店なんだと改めて認識をした。

「ぽん多本家」のカツレツについて、ご主人はカメラの回っている空間で全くよどみなく完璧にぼくに説明をしてくれた。ところが、この番組でぼくが必ず質問する店名の由来、つまり「ぽん多」とはどういう意味ですか、に対し、唯一言いよどんだ。

ぽん多といういかにも外来語的な店名の由来は、今でも不詳とされている。完璧すぎるコンセプトや仕事ぶりに反して、その言いよどみ具合がまた人間味あふれるものだった。

「ぽん多本家」
●東京都台東区上野3-23-3
●03-3831-2351
●11:00〜13:45LO、16:30(日祝16:00)〜19:45LO
●月休(祝日の場合は火休)
posted by 伊藤章良 at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

今月はおやすみいたします

いつも新・大人の食べ歩きをお読みいただきありがとうございます。

今月は伊藤章良さんの海外出張と夏休みが重なったためおやすみさせていただきます。
申し訳ありません。

次回は9月1日アップでよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

(93)日本橋蛎殻町 「すぎた」

任せっぱなしがおまかせではない。

客と主のやりとりで流れを作る圧巻のすし店

まったく個人的なレベルを大前提に、正統派江戸前鮨の将来に危機感を抱いている。それは、現在築地と呼ばれる仲卸も鮨職人もぼくたち食べ手もそれぞれに感じているが、ここでは食べ手側の危機を取り上げたい。

極論すれば、高級江戸前鮨は、今や金さえ払えばもっとも頭や気を使わずにすむ食事である。敷居が高いとか謎めいているとか、どうやって頼めばいいのかわからないとか様々に形容されてきたが、結局、金に糸目をつけなければバカでも簡単に食えてしまうのが高級江戸前鮨の現状である。正直、回転寿司の方が次になにを選ぼうかと頭をひねる。

まず、カウンターメインゆえ男女問わず一人で行ける。誰を誘おうとか、同席者とどういった会話をしようとか、そんなことは一切悩む必要がない。全国どこでも電話をして予約しカウンターに座ればそれでいいのだ。スタートからそんな楽な食事なんて他にあるだろうか。

そして、今やどこでも高級と称される江戸前鮨のメニューは「おまかせ」、つまり一つのコース料理のみである。すべて店側のおまかせにすることで自らの力量不足を隠し食材のロスを極力抑え、請求の計算も簡単。高額の支払いに客もおまかせだからと納得する。
それゆえ、何を食べるか飲むか、料理の順番や食材でどのようにディナーの流れを組み立てるか等々、まったく頭を使う必要がなく、ただただ出されたものを食べ高額のお金を払えば高級江戸前鮨に行ける時代、それが今である。

結果、「今月は毎晩鮨だよ」などと言ってしまうお金持ちがブロイラーのように餌を摂取する場となり、他人を誘えない、味以上に重要なコミュニケーションというテイストを食事の場に持ち込めない人たちの拠り所となり、お金だけは何の疑問も意義もとなえず払うので、鮨の価格だけが高騰し続ける。

気骨ある幾人かの鮨職人は、そんな状況を相当に憂いている。少しでも解決となる方法を模索する貴重な面々もごく少数だが存在する。「小笹すし」や「鶴八」は、かたくなに「おまかせ」を否定し「おこのみ」でしか注文を受け付けないし、その流れをくむ「しみづ」は、当日の朝からしか予約を受け付けないという、業界でも唯一無二なシステムを導入した。
ただ、そういったレアなケースを除けば、「おまかせ」しかない高級江戸前鮨店が、信じられないぐらいの勢いで続々とオープンし、経営が苦しくて閉店したという話をほとんど聞いたことがない。
それほど他人と交わらずに済む楽な栄養補給が魅力なのだろうか。そして、こんな時代ながらも、金があり余っている人、経費を含めた金を食事に自由に使える人がそこまで多いのだろうか。いや、そんな人が多くを占める訳はないにしても、高級江戸前鮨がどの店も10席程度で営業している環境からして、あくまで需要の方が多いというのが現状に違いない。

「すぎた」は、もともと別の場所で違う名前で営まれていて、比較的最近水天宮に移転したのは周知の事実だが、ぼくはそれを知らず、移転前の「都寿司」にも気が遠くなるほど前に一度行ったきり。そもそも予約の取れない店にわざわざ行かないので、移転前の「都寿司」もすでに自分のリストにはなかった。

友人に「すぎた」に行こうと誘われ、直前までとんかつ店だとばかり思っていたので、「すぎた」入店後もその話をしていたら、店主はそれをおもしろがって、「もうすぐ揚がります」などと返され、終始なごやかな時間だった。
銀座界隈の意味不明な緊張感とは別次元の、下町の鮨屋としての度量や円熟味が備わった店だと感じ久しぶりに心が動いた。例によって半年以上も予約が取れないということだが、そこは多少の手段を講じつつ一カ月後に再訪した。

夜は二回転、休日は昼も二回転だという。すんごい儲かってるんだなあと感心しながら夜の二回転目に訪問。指定された時間に遅れそうで慌てて駆け込んだものの前の客が終わっておらずしばらく待たされ、着席後も酢飯を作ってくるということで店主が席を外すが、その際の口調やちょっとしたつまみの提供等、実に見事で、客を不快にさせないさまは料理人すべてが手本にすべき対応だった。

もちろん「すぎた」も、おまかせのみである。大ぶりの切り口が頼もしい刺身や意外ときめ細かい料理がつまみとして提供され、その後にぎりとなる。もはやこの店のタネがどうだの酢飯がこうだのと紹介することになんの意味も意義も感じない。ただ、極めて圧巻で特筆すべきことがあった。

その日は、私たちの両側が都寿司以来の常連とおぼしき男性同士の二組。カウンター全員が一切写真など撮らない、スマホをカウンターに置くという無粋なことすらしない。都寿司の常連は、なんとすばらしいマナーの持ち主なのかと感極まった。そして店主は、カウンターの三組に対し、それぞれの好み、体調、酒の進み具合にあったバラバラのメニューをバラバラのタイミングで提供した。

ぼくたちにはおそらく、もっともベーシックな「すぎた」スタイルであったのだろう。一方常連二組には、それぞれの方々の持病まで熟知し軽口もたたきながら、扱う魚や量も上手に調整して過不足ない流れを作っていた。

「おまかせ」を頼みつつ、左右の客、そして自分たちとも違う料理が出てきたというのは鮨店において初めての体験だ。目の前で出来上がるつまみやにぎりに、あ、ぼくもあれが食べたいなあとか、いろいろと贅沢な思いをはせながらも、「すぎた」の常連への道は遠いだろうなあと観念したのだった。

日本橋蛎殻町 「すぎた」
●東京都中央区日本橋蛎殻町1-33-6 ビューハイツ日本橋 B1F
●03-3669-3855
●17:30〜、20:30〜(火金)、17:00〜、20:00〜(土祝)、11:00〜、13:30〜、18:00〜(日)
●月休
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2016年06月01日

(92)渋谷「ゆうじ」

焼肉店の主の姿勢に見た

“料理人”としてのプライド

食のイベントって、盛んに開催されているように感じるが、そのほとんど肉かラーメンである。
なぜ肉とラーメンばかりなのか。想像してみるに、仮設の厨房そして野外という環境では、自分の店で日常出している料理を再現することは難しいが、肉やラーメンはそれが可能な料理レベル、もしくは店と同じではなくても来場者は納得してくれる、このいずれかだと思う。さらに言えば、ラーメンは客が野外&仮設キッチンでも納得し、肉は提供する側がそんな環境であってもかまわないと判断をしているような気がする。

焼肉と呼ばれる業態は料理ではない。焼くという調理は客側で行い、店は切って出すだけだ。それゆえ、A5の和牛とか、イチボだのミスジだのと希少部位でしか差別化することができない。こういった部位による差別化も、ここ10数年で急激に叫ばれるようになり、価格も高騰。マーケティング的には大成功なのだが、つい先日まで焼肉店のメニューは、カルビとロースとタンとレバーぐらいしかなかったし、人気店や有名店でも、ハラミをロースと偽って提供していたという事例は普通にあった。

欧米、特にヨーロッパでは、牛は豚や羊や鳥と同等のポジションで価格もほぼ同じ。日本のように牛だけが突出した高級品という感覚はない。
突然のように最近は赤身肉ブームになったけど、そもそも日本の市場が霜降り霜降りと異常なだけで欧米では赤身が中心。しかも、記憶では10年以上前に「よろにく」がシルクロースと称した赤身肉のコース料理を展開して、それが10年を経てようやく「肉山」や「SATOブリアン」が追従し、やっと日の目を見たというのが業界の現状である。

それゆえ、芸能人や芸能人の息子を担いで各地でイベントを展開し、有名店を数店呼んでコラボを企画したりと、各店ごとに特色を出したり差別化を図るのが難しいので、業界全体での底上げに躍起となるわけだ。まあ、そんなテーマでのずさんなイベント展開だから、ついには食中毒も出て今後の継続が危うくなってきた。

さて、ある飲食業界の重鎮の還暦パーティが開催され、各店主やシェフが大量に参加して料理を競うという、なかば食イベントのような会だった。その会で料理を提供した渋谷の焼肉店「ゆうじ」の店主は、屋内、ホテルの宴会厨房が借りられるという恵まれた条件ながら、あとは切るだけの状態に自店で仕上げたローストビーフを持ち込んだ。

ぼくは、人気店・著名シェフがその場で調理した料理をあらかた試食したものの、「ゆうじ」のローストビーフは圧倒的に群を抜いておいしいと感じ、改めて「ゆうじ」という店は、たとえイベントといえども肉を、肉料理を知り抜いたうえで提供しているんだなと嘆息した。
それは他の焼肉店とは一線を画し、東京で唯一といっても過言ではない、焼肉用の肉を切って提供する施設ではなく、肉を料理して、もしくは客にきちんと料理させようとしている店であることを再認識した。

「ゆうじ」はご存知のように、渋谷の奥の雑踏の中にある。ダイニングも化粧室も決して不潔ではないが、きれいな雰囲気で涼しく焼肉を食べる環境ではない。肉は焼けば煙が出る。七輪は触れば熱い、そんな当たり前のことを忘れがちなぼくたちに伝え、教え、感じさせてくれる場所である。

それゆえ店主はスタッフに厳しい。その厳しさは、ひいてはぼくたちに安心・安全を保証する主張のようにも感じる。そして火の取り扱いだけではなく、きちんと正確に客に調理してもらうよう、できる限りの調整もスタッフの役目なのだ。

テーブルに七輪を、そのうえに小さな平たい鉄鍋を置いた。七輪の上で鉄鍋が安定しないのか、何度も何度も七輪や鉄鍋を回して調整する。もう十分安定してるよと思うのだが、さらに何度も何度も繰り返し鍋がテーブルと平行になるように微調整を続ける。続いてタレに漬け込まれたレバーと大量のニラが運ばれた。その鉄鍋を使って瞬間的にニラレバ炒めを作ろうというのだ。
そこで初めて、スタッフの作業に合点がいく。鮮度のいいレバーに火が入りすぎないよう、うまくニラと絡むよう、それらの食材に均等に火が入るよう、鍋の位置を調整し続けたのである。

厨房で調理され皿に丁寧に盛られ、料理人とは別の手で運ばれてきた皿がテーブルに置かれ、やっとその段階で口に運ぶ。普通のレストランの流れはこうである。ところが「ゆうじ」では、目の前で瞬時にレバーとニラに火が入り、その後誰の手も介することなく火が入ったばかりの最高の状態を、客は味わうことができる。それこそが店主の料理人としての意図であると、ぼくは解釈した。
目の前に必ず火がある焼肉店以外他のどの店にもできない、火が入った瞬間のおいしさの追求である。「ゆうじ」という店が実現しようと考えている肉料理の姿なのだ。

そこまで気づくと、改めて「ゆうじ」は、客が素直であればあるほど、ここでの経験値を積めば積むほど、他のどんな料理形態でも味わうことのできない、火を入れた瞬間の醍醐味を知ることができると分かる。

実は、密かな感動と期待の気持ちでいっぱいである。
店主の樋口裕師さんは、どんな新たな瞬間芸をテーブルの上で見せてくれるのか。次回が待ち遠しい。

「ゆうじ
●東京都渋谷区宇田川町11-1 松沼ビル 1F
●03-3464-6448
●19:00〜23:30LO(月〜金)、18:30〜23:30LO(土)
●日祝休
posted by 伊藤章良 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月01日

(91)麻布十番「天冨良 よこ田」

頼もしい二代目とともに主も輝く

麻布十番の名店の代名詞であり続ける天ぷら店

ぼくはもう、グルメ系の雑誌を購入することはない、というか立ち読みすらしない。90年代など擦り切れるほど読んでいた時代もあったのだが……。

なによりそういった雑誌から得られる情報や知識に興味が湧かないし、特集も企画も毎年毎年同じ内容の繰り返しで、ましてや「dancyu」などは書き手もいつも同じ。そこに発見や感動はもはや生まれない。編集方針を見ていても、そんなぼくたちはすでにターゲットではないようにも思う。ただありがたいことに、その世界で活躍している諸氏と食事をしたり語り合ったりする機会にグルメ誌をいただくことは多い。

数カ月前手にしたグルメ誌。表紙を見ると麻布十番特集だった。その特集の最初に紹介されている店は天ぷら店で、下記のような見出しがついていて、本当に、本当に、ガクゼンとした。
「麻布十番にも、とうとう天ぷらの名店が登場」
そして「たきや」という店が取り上げられる。
続いて紹介の文章を読むと、
「あらゆるジャンルの一流店がそろう麻布十番でこれまで意外と少なかったのがうまい天ぷらを出す店だ」とある。

天ぷらは確かに東京の下町、東側に名店が多い、銀座・京橋・日本橋から以東に固まっているのも事実である。しかし、赤坂の「楽亭」を失った今、東京の西側で一番天ぷらの名店がある場所といえば、新宿でも渋谷でも青山でも六本木でもなく、麻布十番ではなかろうか。

若いかけ出しのライター、もしくは専門外の人が書いた文章なのだろう。ただそれは編集者が、そして見出しぐらいは編集長もチェックをするのではないか。今の食雑誌の編集者レベルって、こんなに低いものかと天を仰いだ。そりゃ誰も手に取らないし優秀なライターが育たないというのも理解できる。

「天富良よこ田」は、以前外苑東通り沿い、鳥居坂下近くにあった。1990年に発刊された山本益博氏のグルメ本によると、その当時から「よこ田」は「みかわ」「楽亭」「はやし」等と並んで東京天ぷら店の最高ランクとなっている。
現在は少し場所を移し、麻布十番商店街の六本木寄り。有名なそば店「更級堀井」の近くに構えた。

話は変わるが、こうも大量に高額鮨の新しい店が次々登場するにもかかわらず、天ぷらには若くて将来が楽しみな職人の店はほとんどオープンしない。最近でも(最近と言えるかどうか)記憶にあるのは築地の「清寿」ぐらい。
その理由を「よこ田」で尋ねて、なるほどと合点がいった。鮨の場合は、板場で店主と仕事を分け合ったり、自分の範囲で客に料理を提供したりする機会にも恵まれ後進が育ちやすい環境がある。いっぽう天ぷら店の多くは鍋がひとつなので、店主がそこに立つと後進の実践の機会が他の料理に比べて少ない。それゆえ世襲も多くなってしまうという。確かに「近藤」も「深町」も同じような傾向にある。

「よこ田」は、そんな現状を打破する店舗作りを実現。外苑東通りから一本奥まった十番商店街のビルに移転するにあたり、竹をあしらった以前の内装イメージはそのままに、カウンターを2カ所設けて2名の職人が立てるようにした。もちろんそのひとりは店主であり、そしてもうひとりが二代目となる息子さんだ。

ぼくは今回切望して、二代目の天ぷらを食した。
尊き初代と同じ種なのかどうかは確認できなかったし興味もないが、一部違うのではないかと、そんな気がする。レア過ぎず固すぎない絶妙の加減と思う「よこ田」のスタイルもそこにはあった。シンプルな調理法のなかに、最大限に季節感を表現するのが天ぷらである。特に春の苦味をまとった野菜や魚は、その閉じ込め方が絶妙で高い将来性を感じた。
清酒の品揃えは独特で、著名な地酒に頼らないお店独自のチョイスがあり、個人的には愉しめた。

溌剌として雄弁なところは父親譲りだが、初代とは違う遊び心や茶目っ気と、そしてなんでも吸収したい旺盛な好奇心が頼もしかった。
同じ和食の世界にいる同世代の職人のことも気になるようで、そんな年齢で独立できる他業界を羨望する様子もあったが、すでに「よこ田」の二代目は、自分自身のスタイルで仕事をこなしておられるようにも思えた。

天ぷらって、みんな同じ色だし写真に撮ってもあまりキレイじゃないですよね。と、二代目がポロっとつぶやいた。
とても素直でかつ職人らしいいい言葉だった。

「天冨良よこ田 」
●東京都港区元麻布3-11-3 パティオ麻布10番U 3F
●03-3408-4238
●17:30〜20:00(LO)
●水休
posted by 伊藤章良 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 天ぷら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする