昼の蕎麦屋酒に
申し分ない西麻布の空間
あけましておめでとうございます。
飲食店、飲食関係者にとって、それこそ「禍」でしかなかった2020年。携わるすべての皆さんが、変化に対応しようと工夫や努力を続けておられる中、外食したいなあ・・・、と読者に感じていただける文章を書きたいと、日々願っております。
2021年もどうぞよろしくお願いします。
大阪から東京に居を移した30数年前。ぼくはまず、東京らしい老舗巡りからスタートした。東京→蕎麦→藪の大前提で浅草の「並木藪」を訪れたぼくは、蕎麦自体より店の客に驚いた。入店したのは午後2時を回っていたか。座敷の奥に渋い着物姿の初老男性が一人座り、とっくりで酒を飲んでいる。そこに三々五々スーツがやってきて、御用聞きだの銀行預金だのと、人目をはばからず話す。つまりここが初老男性のオフィスであり、打ち合わせ場所なのだった。カッコよかった。うどん文化の自分には想像もつかなかった蕎麦屋酒の面白さを垣間見た。
その後も、「赤坂砂場」や「泰明庵」などでも、ランチタイムのビジネスマンで混み合う中、悠然と一人酒を愉しむ諸先輩を見るたび、コレだ、ぼくも蕎麦屋酒に挑戦しようと心に念じたのだった。
さすがに平日の昼からやれるほどご隠居ではないので、土曜の昼がぼくの時間。「砂場」や「藪」、「まつや」「更科堀井」「松翁」(ぼくの中ては老舗)といったレジェンド系を選ぶときもあれば、今を走る「三合庵」「甲賀」「驀仙坊」「大川や」「蕎楽亭」「夢呆」等々、それぞれに魅力があり上げればきりがない。
こうして土曜日の昼にさすらいながらも、一軒絞るなら、広尾の「たじま」だろうか。一つの魅力は、都心の真ん中にありながら最寄りの駅から遠いことか。結果、客層がいい方向にまとめられているような気がする。エントランスを含めた店内は、蕎麦屋にしては相当モダン。いっぽう、木目や照明のやさしさが心地よく外光もそこそこ入るので、昼の蕎麦屋酒には過不足のない空間なのだ。
さらに、蕎麦屋に求めたい下町感覚の接客が意外と備わっているのだ。家族の経営なのかパート採用なのか詳しい事情はわからない。でも、昼から酒をたしなむ客への寛容さや理解があり、それに応えようとする心意気も十分。モダンな広尾の店にして、心底落ち着けるのだった。
ぼくにとって、メニューに「そばがき」があることが重要だ。蕎麦として完成する前の、あのぼそぼそとした素朴な顔と出会うのが毎回楽しみなのだ。
「たじま」の「そばがき」は、サイズがちょうどよく、香り高く、お腹にどっしりとならない歯切れのよさがある。
ぼくの場合、前菜として蕎麦屋のつまみ。「味噌」「生海苔」「おしたし」「卵焼」「鴨ロース」。この辺の完成度が高く、キリリとした純米酒を引き寄せる。「たじま」の日本酒は、蕎麦屋の域を越え、リストを眺めているだけで、その輝きにわくわくする。しかも、麹も米も吟醸香も含め、香りが前面に出すぎない、蕎麦に寄せた淡さを備えるものを重点的に集めておられるようだ。
前菜に続いてのプリモピアットが「そばがき」。噛めば噛むほど口内で味が育つのは、すすっと喉を通っていく麺との相違点。「たじま」の麺の個性を知る前哨戦でもある。少しアタックが強めの酒を口に含んで、その相乗効果を愉しむ。そしてセコンドピアットの天ぷらへと続く。
ぼくの場合、〆に選ぶのは、たいてい「かけ」。すでに「そばがき」も食べているので、麺自体の味わいというより、ヌードルスープとしての完成度を求める。多種類の日本酒を飲んだ後、少し疲れた鼻孔をくすぐるダシの香りと塩分が、口一体を洗い流してくれる原点回帰を最後の愉しみとする。レジェンド系では「かけ」も辛口で迫るが、「田島」の場合は、まるく包むような優しさがある。
昼の蕎麦屋酒。コロナ禍の2020年は特に頻度が上がった。夜は家に帰らないと妻が心配する……と悩む諸兄との席でも、大いに魅力を発揮した。店を出てもなお、まだ高い太陽に目をすがめつつ、満腹とは別の充実感に溢れるのは、野菜と穀物のセットだからだろうか。空腹を感じるまでの時間も駆け足でやってくるのは、間違いなさそうだが。
「蕎麦たじま」
●東京都港区西麻布3-8-6
●03-3445-6617
●11:30〜14:30LO、17:30〜21:30(祝~20:30)LO
●日、第2月、毎月最終月休
2021年01月01日
2020年12月01日
(140)下北沢「タウラ」
コロナ禍でのニューオープンに負けない
魂を込めた本気のスペイン郷土料理とワイン
2020年は、地球規模で大変な一年だった。特に新型コロナ感染拡大の要因のひとつとされた会食。極端に回数が減り、場所も次々と閉じていった。いっぽうぼくは、緊急事態宣言の出た4月を除いては、5月初旬から京都・奈良に食べに出かけたし、それ以降も、さほどペースを落としたわけではない。
ぼくの中で、それを仕事と位置付けていた部分もあり、大好きな店に対し少しでも足しになればとの気持ちもあった。2020年夏ごろまでは、なじみの店巡りが中心で、その後、堰(せき)を切ったような新規オープンラッシュの店へ、もしくは自粛前に開店し、満を持して客を迎え入れていた店などにも訪れた。それぞれがニューノーマルに相対すべく、あれこれと頼もしさを見せていた時期である。
中でも、ぼくの気持ちを大いに捉えたのは、下北沢にあるスペイン料理店「タウラ」だ。芝居が好きで日参した時期もある下北沢も、すっかり様相が変化し、小田急線の駅のホームも地上に出ても、ここがどこなのかとクラクラしてしまう。土地勘を全く失いつつ、それでもなんとか「タウラ」の方角を見つけて歩き出す。しばらく知らない土地を彷徨って、ようやく既視感のある界隈へと足を踏み入れたことに気づく。昔ながらの飲み屋街の一角にてやたらと真新しい一軒、それが「タウラ」である。
シェフは“田浦さん”ではなく“高橋さん”だ。高橋翔太氏がシェフを務める。「タウラ」とは、カタルーニャの言葉でテーブルのことらしい。いかにもスパニッシュのシェフといった佇まいで、フレンチやイタリアンの料理人とはタイプが異なり、ストレートで気合十分な美丈夫。浅草「アメッツ」の服部公一氏や「イレーネ」の数井理央氏とも同様、スペインへの愛も強烈なのだ。今年のヨーロッパ訪問がかなわなかったぼくにとって、高橋氏が漂わせる熱気、会話の力点や立ち振る舞いだけでもうれしすぎる。オープン当初は他のスタッフもいたそうだが、自粛以降は、座席を間引いてワンオペで切り盛りする。
最初にカヴァを所望したら、カヴァの乱立に憂慮した優良なメーカー9社が、新たな組織「CORPINNAT コルピナット」を作り、そこがリリースした数本が並べられる。時代はもはやカヴァの一歩先に進んでいるのだ。
メニューにある料理名も相当マニアックで、ほとんどどんなものか想像がつかないものの、適確で臨場感のある説明によりすでに食べた気になるのに、実際口にすると想像をはるかに凌駕する奥深さとおいしさに舌を巻く。基軸はスペイン北部の郷土料理。一皿目に出された「エンパナーダ」はパン生地で具を包んで焼いたスペイン語圏では比較的メジャーな料理。良質な泡との相性のためだけに入魂された逸品だった。サクサク感だけに終わらない生地と具がコルピナットに紐解かれていく。「ハチノスの煮込み」といったシンプルなメニューにもスペインらしいスピリットを注ぎ込む。
サバは一度冷凍してアニサキスを処理した後、調理をする。実際スペインでは、どのようにしているのか情報はないものの、きめ細かい食材の扱いや食べる側への心遣いは、日本人らしさも垣間見たりする。
スペインの風土を具体化する明るさや華やかさ、シェフの説明に耳を傾けながら料理を想像する楽しさ、そして丁寧な仕込みに裏打ちされた、わかりやすく落ち着いた味わい。出口の見えない飲食業界において、一筋の光明を感じる、眩しく頼もしい、これからの存在に思えた。
「タウラ」
●東京都世田谷区北沢3丁目34?6 北沢グリーンビル 1F
●03-5738-8534
●18:00〜LO24:00(火〜土)
18:00〜LC23:00(日)
●月休・月1回不定休
*コロナ禍のため営業日、営業時間が異なる通常と可能性があります。店に確認してください。
魂を込めた本気のスペイン郷土料理とワイン
2020年は、地球規模で大変な一年だった。特に新型コロナ感染拡大の要因のひとつとされた会食。極端に回数が減り、場所も次々と閉じていった。いっぽうぼくは、緊急事態宣言の出た4月を除いては、5月初旬から京都・奈良に食べに出かけたし、それ以降も、さほどペースを落としたわけではない。
ぼくの中で、それを仕事と位置付けていた部分もあり、大好きな店に対し少しでも足しになればとの気持ちもあった。2020年夏ごろまでは、なじみの店巡りが中心で、その後、堰(せき)を切ったような新規オープンラッシュの店へ、もしくは自粛前に開店し、満を持して客を迎え入れていた店などにも訪れた。それぞれがニューノーマルに相対すべく、あれこれと頼もしさを見せていた時期である。
中でも、ぼくの気持ちを大いに捉えたのは、下北沢にあるスペイン料理店「タウラ」だ。芝居が好きで日参した時期もある下北沢も、すっかり様相が変化し、小田急線の駅のホームも地上に出ても、ここがどこなのかとクラクラしてしまう。土地勘を全く失いつつ、それでもなんとか「タウラ」の方角を見つけて歩き出す。しばらく知らない土地を彷徨って、ようやく既視感のある界隈へと足を踏み入れたことに気づく。昔ながらの飲み屋街の一角にてやたらと真新しい一軒、それが「タウラ」である。
シェフは“田浦さん”ではなく“高橋さん”だ。高橋翔太氏がシェフを務める。「タウラ」とは、カタルーニャの言葉でテーブルのことらしい。いかにもスパニッシュのシェフといった佇まいで、フレンチやイタリアンの料理人とはタイプが異なり、ストレートで気合十分な美丈夫。浅草「アメッツ」の服部公一氏や「イレーネ」の数井理央氏とも同様、スペインへの愛も強烈なのだ。今年のヨーロッパ訪問がかなわなかったぼくにとって、高橋氏が漂わせる熱気、会話の力点や立ち振る舞いだけでもうれしすぎる。オープン当初は他のスタッフもいたそうだが、自粛以降は、座席を間引いてワンオペで切り盛りする。
最初にカヴァを所望したら、カヴァの乱立に憂慮した優良なメーカー9社が、新たな組織「CORPINNAT コルピナット」を作り、そこがリリースした数本が並べられる。時代はもはやカヴァの一歩先に進んでいるのだ。
メニューにある料理名も相当マニアックで、ほとんどどんなものか想像がつかないものの、適確で臨場感のある説明によりすでに食べた気になるのに、実際口にすると想像をはるかに凌駕する奥深さとおいしさに舌を巻く。基軸はスペイン北部の郷土料理。一皿目に出された「エンパナーダ」はパン生地で具を包んで焼いたスペイン語圏では比較的メジャーな料理。良質な泡との相性のためだけに入魂された逸品だった。サクサク感だけに終わらない生地と具がコルピナットに紐解かれていく。「ハチノスの煮込み」といったシンプルなメニューにもスペインらしいスピリットを注ぎ込む。
サバは一度冷凍してアニサキスを処理した後、調理をする。実際スペインでは、どのようにしているのか情報はないものの、きめ細かい食材の扱いや食べる側への心遣いは、日本人らしさも垣間見たりする。
スペインの風土を具体化する明るさや華やかさ、シェフの説明に耳を傾けながら料理を想像する楽しさ、そして丁寧な仕込みに裏打ちされた、わかりやすく落ち着いた味わい。出口の見えない飲食業界において、一筋の光明を感じる、眩しく頼もしい、これからの存在に思えた。
「タウラ」
●東京都世田谷区北沢3丁目34?6 北沢グリーンビル 1F
●03-5738-8534
●18:00〜LO24:00(火〜土)
18:00〜LC23:00(日)
●月休・月1回不定休
*コロナ禍のため営業日、営業時間が異なる通常と可能性があります。店に確認してください。
2020年11月01日
(139)広尾「ヨシダハウス」
町中華の跡地にできた
愛すべき町フレンチ
「では、次回はビストロとか、いかがですか」と一口に言っても、意外と受け止め方はまちまちだ。ビストロは単に安価なフランス料理店とは異なるカテゴリで、カジュアルなレストランとも違う気がする。
現実にパリのビストロは、東京とは比較にならないぐらい狭く、時々となりのテーブルの皿を誤って食べてしまいそうになるくらい。量が多いだけでおいしくないケースも多々ある。そんな意味でも、日本のビストロのほうがずっと幸せだ。
広尾と恵比寿の中間あたり、明治通り沿いの「ヨシダハウス」。ここができる前は、何を注文しても同じ味がする町中華だった。広尾にも恵比寿にも背を向けつつ長くがんばっておられたので、ぼくは時々ビールを飲んだ。しかし、ついに閉店して改装が始まり、レストランが出来上がった。
完成を目の当たりにして、よくできているなあと嘆息した。日本人がイメージする、いかにもパリの街角にありそうな佇まいなのだ。パリの場合、街全体が放つオーラの中にあってこそ「佇む」のだけど、「ヨシダハウス」はすぐ近くにベタな日本の交番がある環境でも、その周りだけに違うスポットが当たっているような異彩を放っていた。以前の町中華同様、広尾にも恵比寿にも迎合しない孤高な雄姿が魅力だ。
何度か通うと慣れてしまうのだけど、入口をどこに設けようかと、シェフの吉田佑真さんは悩んだのではないか。以前の町中華とは少し角度が違う気がする。店内も、ギシギシと木がこすれるような音の感触とガス燈に近いオレンジの灯りで、ぬくもりの中にある活気が食欲まで大きくする。
客層は決して良くはない。「ハウス」なる店名を拠り所とするのか、Tシャツに短パンや、やたらご近所感を出す人たち。ビストロがカジュアルなところという主張は分かるも、あくまで異国の料理を提供する店なのだ。そこに対する敬意はほしい。
料理は、ビストロというベーシックな概念の上に日本人としての工夫と技巧がある。野菜や魚介類は日本の風土を生かして多種多様に盛り込むし、パテ・ド・カンパーニュには、田舎風を頭一つ抜けた広尾らしさがある。でも、ムニエルやステークなどのメインを食べ終わるころには、ああ、腹いっぱいフランス料理を食べたなあ・・・との満足感で頬が緩む。もう一年以上フランスに行っていない寂しさも、「ヨシダハウス」ではしばし忘れる。
料理も十分にリーズナブルだが、ワインはさらに安価な値付けで上質なものを揃え、ビストロの域を越えたサービスにも頭が下がる。店名が英語なのは、より身近なものとしたい意図だろうか。もしくはメゾンみたいなフランス語の仰々しさを嫌ったか。すべてに愛らしい、そして愛されるレストラン。長く大切に付き合っていきたいと思う。
「ヨシダハウス」
⚫︎東京都渋谷区広尾5-20-5
⚫︎03 5860 2139
⚫︎18時〜翌2時LO
⚫︎月休(月1回不定休あり)
愛すべき町フレンチ
「では、次回はビストロとか、いかがですか」と一口に言っても、意外と受け止め方はまちまちだ。ビストロは単に安価なフランス料理店とは異なるカテゴリで、カジュアルなレストランとも違う気がする。
現実にパリのビストロは、東京とは比較にならないぐらい狭く、時々となりのテーブルの皿を誤って食べてしまいそうになるくらい。量が多いだけでおいしくないケースも多々ある。そんな意味でも、日本のビストロのほうがずっと幸せだ。
広尾と恵比寿の中間あたり、明治通り沿いの「ヨシダハウス」。ここができる前は、何を注文しても同じ味がする町中華だった。広尾にも恵比寿にも背を向けつつ長くがんばっておられたので、ぼくは時々ビールを飲んだ。しかし、ついに閉店して改装が始まり、レストランが出来上がった。
完成を目の当たりにして、よくできているなあと嘆息した。日本人がイメージする、いかにもパリの街角にありそうな佇まいなのだ。パリの場合、街全体が放つオーラの中にあってこそ「佇む」のだけど、「ヨシダハウス」はすぐ近くにベタな日本の交番がある環境でも、その周りだけに違うスポットが当たっているような異彩を放っていた。以前の町中華同様、広尾にも恵比寿にも迎合しない孤高な雄姿が魅力だ。
何度か通うと慣れてしまうのだけど、入口をどこに設けようかと、シェフの吉田佑真さんは悩んだのではないか。以前の町中華とは少し角度が違う気がする。店内も、ギシギシと木がこすれるような音の感触とガス燈に近いオレンジの灯りで、ぬくもりの中にある活気が食欲まで大きくする。
客層は決して良くはない。「ハウス」なる店名を拠り所とするのか、Tシャツに短パンや、やたらご近所感を出す人たち。ビストロがカジュアルなところという主張は分かるも、あくまで異国の料理を提供する店なのだ。そこに対する敬意はほしい。
料理は、ビストロというベーシックな概念の上に日本人としての工夫と技巧がある。野菜や魚介類は日本の風土を生かして多種多様に盛り込むし、パテ・ド・カンパーニュには、田舎風を頭一つ抜けた広尾らしさがある。でも、ムニエルやステークなどのメインを食べ終わるころには、ああ、腹いっぱいフランス料理を食べたなあ・・・との満足感で頬が緩む。もう一年以上フランスに行っていない寂しさも、「ヨシダハウス」ではしばし忘れる。
料理も十分にリーズナブルだが、ワインはさらに安価な値付けで上質なものを揃え、ビストロの域を越えたサービスにも頭が下がる。店名が英語なのは、より身近なものとしたい意図だろうか。もしくはメゾンみたいなフランス語の仰々しさを嫌ったか。すべてに愛らしい、そして愛されるレストラン。長く大切に付き合っていきたいと思う。
「ヨシダハウス」
⚫︎東京都渋谷区広尾5-20-5
⚫︎03 5860 2139
⚫︎18時〜翌2時LO
⚫︎月休(月1回不定休あり)
2020年10月01日
(138)大阪「ゴメンネJIRO」
東京にはない。大阪が誇る
コスパよすぎるやん、な洋食店
インターネット黎明期から現在に至るまで、その世界をずっと牽引し続けている佐藤尚之、通称ささとなおという友人がいる。彼と初めて出会ったのが20世紀の終わりごろなので、すでに20年以上になる。出会ったころ彼は、仕事の関係で大阪勤務だった。今では何の不思議もないが、当時、大阪勤務の彼と東京在住の自分が自然に出会えるほど、すでにさとなおさんはインターネットに親しんでいた。
さとなおさんは、東京生まれ東京育ちながら、コテコテな大阪にも溶け込んでいて、ネット上だけではなく新聞や雑誌でも食に関する情報発信をしていた。そんな彼が書いた、確か全国紙の大阪ローカル紙面でのグルメ連載は、今でも強烈に印象に残っている。それは元々コピーライターだったさとなおさんらしい、食とコピーライトの融合だ。
ある年の4月の連載テーマは「春はあげもの」だった。今、「春はあげもの」と聞いて、どの程度の人が枕草子の第一段冒頭「春はあけぼの やうやう白くなりゆく・・・・・・」を思い起こすのか想像がつかない。しかし、食に枕草子を結びつける発想は、東京のぼくにも興味津々だった。
そして「春はあげもの」特集の初回に取り上げていたのが「ゴメンネJIRO」という洋食店だ。この、一度耳にしたら決して忘れない店名までも、計算されていたのであろうと感じるほど巧みな導入だつた。
かの連載から20年以上が過ぎ、ぼくはやっと2020年夏「ゴメンネJIRO」の客となった。「ゴメンネJIRO」とは、歌手・奥村チヨの初期のヒット曲だとピンとくる人は、もう少ないだろうなぁ。奥村チヨの代表作といえば「恋の奴隷」。悪い時はどうぞぶってね〜♪ などと、なかにし礼作詞ながら、今の世では絶対に許されない内容。当時でも、この歌詞は紅白歌合戦にはふさわしくないとして歌えなかったようだ。
「ゴメンネJIRO」は、大阪の天満エリア。大阪人は、その中心である天神橋筋六丁目を短縮し、親しみを込めて「てんろく」と呼ぶ。今や大阪梅田を挟んで環状線の二つの駅、福島と天満が大阪でも人気急上昇のグルメゾーンとなっている。実は天六は、大阪の我が実家から徒歩圏なのだが、子供のころは、親と一緒ではないと踏み入れられない場所だった。
「ゴメンネJIRO」は、間違いなく東京にはないタイプのレストランだ。大阪そのものを堪能したいなら、ぼくは「ハジメ」より価値があると思う。入店すると、常連でもないぼくに対しても、シェフは「いやー、ぎっくり腰やっちゃってさぁ」と、腰をさすりながら挨拶代わりに声をかける。洋食店としてのメニューは過不足なく揃うし、「ちょこっとエビフライ」「ホウレン草のネギ焼」「牛のたたきJIRO風」など、気になる皿も豊富だ。酒のリストには、赤白ワイン、日本酒、焼酎は一種類しか置いておりません。今後も増やすつもりはありませんと、きっぱり明記。なんという潔さ、カッコよさだろうか。これだけの歴史ある繁盛店なら、うちの酒を置いてくれと酒販店も後をたたないだろう。さらに店としての利益も見込めるはずだ。しかし、わずらわしい作業は排除して、ひたすら料理に集中したいとの意思表示と受け止めた。
スタートは、前菜の盛り合わせをお勧めする。洋食屋さんらしい、スモークサーモンやマリネなどを盛り込んだプレートが、信じられない価格で提供される。次いで、お好みの定番洋食へと進む。さとなおさんがあげもの特集で紹介されたように、ビーフカツなどのフライ類は白眉で、今まで体験したことのない食感のハンバーグもぜひ。
といいつつ、一番舌を巻いたのがエビピラフ。出された瞬間、ほんのり赤いライスからぐわっとエビの香りが立ちのぼる。まるでビスクのようだ。洋食店のエビピラフといえば、エビと冠しつつ、ほとんどそれは色どりの一アイテムであることが多い。思わずシェフに、これはとてもおいしいですねと嘆息をもらすと、最初に生のエビからじっくり火を入れてるんですよ。その分、時間と手間はかかるんですけどねと事もなげに返答する。
シェフに「まだ食べるのですか?」と笑われながら、前菜盛り合わせからエビピラフまでを二人でたいらげ、ビールと赤白ワインをボトルで飲んで、9千円で釣りが来た。過去に一度も使ったことのない和製英語で叫ぶなら、コスパよすぎるやん。
洋食は、フレンチやイタリアンと同じぐらい手間がかかるも、ぼくたちに身近な分、価格を上げることが難しく、洋食店は今や絶滅危惧種である。いっぽう、大阪の天六には、「ゴメンネJIRO」という圧巻のグレートバリューを誇る繁盛店も存在する。ニューノーマルの時代でも、生き残る施策が確実に大阪にあることは、洋食店の未来にとって明るい材料になってほしいと願う。
「ゴメンネJIRO」
●大阪府大阪市北区池田町8−9
●06-6354-0480
●17:30〜22:00(LO)
●日休
コスパよすぎるやん、な洋食店
インターネット黎明期から現在に至るまで、その世界をずっと牽引し続けている佐藤尚之、通称ささとなおという友人がいる。彼と初めて出会ったのが20世紀の終わりごろなので、すでに20年以上になる。出会ったころ彼は、仕事の関係で大阪勤務だった。今では何の不思議もないが、当時、大阪勤務の彼と東京在住の自分が自然に出会えるほど、すでにさとなおさんはインターネットに親しんでいた。
さとなおさんは、東京生まれ東京育ちながら、コテコテな大阪にも溶け込んでいて、ネット上だけではなく新聞や雑誌でも食に関する情報発信をしていた。そんな彼が書いた、確か全国紙の大阪ローカル紙面でのグルメ連載は、今でも強烈に印象に残っている。それは元々コピーライターだったさとなおさんらしい、食とコピーライトの融合だ。
ある年の4月の連載テーマは「春はあげもの」だった。今、「春はあげもの」と聞いて、どの程度の人が枕草子の第一段冒頭「春はあけぼの やうやう白くなりゆく・・・・・・」を思い起こすのか想像がつかない。しかし、食に枕草子を結びつける発想は、東京のぼくにも興味津々だった。
そして「春はあげもの」特集の初回に取り上げていたのが「ゴメンネJIRO」という洋食店だ。この、一度耳にしたら決して忘れない店名までも、計算されていたのであろうと感じるほど巧みな導入だつた。
かの連載から20年以上が過ぎ、ぼくはやっと2020年夏「ゴメンネJIRO」の客となった。「ゴメンネJIRO」とは、歌手・奥村チヨの初期のヒット曲だとピンとくる人は、もう少ないだろうなぁ。奥村チヨの代表作といえば「恋の奴隷」。悪い時はどうぞぶってね〜♪ などと、なかにし礼作詞ながら、今の世では絶対に許されない内容。当時でも、この歌詞は紅白歌合戦にはふさわしくないとして歌えなかったようだ。
「ゴメンネJIRO」は、大阪の天満エリア。大阪人は、その中心である天神橋筋六丁目を短縮し、親しみを込めて「てんろく」と呼ぶ。今や大阪梅田を挟んで環状線の二つの駅、福島と天満が大阪でも人気急上昇のグルメゾーンとなっている。実は天六は、大阪の我が実家から徒歩圏なのだが、子供のころは、親と一緒ではないと踏み入れられない場所だった。
「ゴメンネJIRO」は、間違いなく東京にはないタイプのレストランだ。大阪そのものを堪能したいなら、ぼくは「ハジメ」より価値があると思う。入店すると、常連でもないぼくに対しても、シェフは「いやー、ぎっくり腰やっちゃってさぁ」と、腰をさすりながら挨拶代わりに声をかける。洋食店としてのメニューは過不足なく揃うし、「ちょこっとエビフライ」「ホウレン草のネギ焼」「牛のたたきJIRO風」など、気になる皿も豊富だ。酒のリストには、赤白ワイン、日本酒、焼酎は一種類しか置いておりません。今後も増やすつもりはありませんと、きっぱり明記。なんという潔さ、カッコよさだろうか。これだけの歴史ある繁盛店なら、うちの酒を置いてくれと酒販店も後をたたないだろう。さらに店としての利益も見込めるはずだ。しかし、わずらわしい作業は排除して、ひたすら料理に集中したいとの意思表示と受け止めた。
スタートは、前菜の盛り合わせをお勧めする。洋食屋さんらしい、スモークサーモンやマリネなどを盛り込んだプレートが、信じられない価格で提供される。次いで、お好みの定番洋食へと進む。さとなおさんがあげもの特集で紹介されたように、ビーフカツなどのフライ類は白眉で、今まで体験したことのない食感のハンバーグもぜひ。
といいつつ、一番舌を巻いたのがエビピラフ。出された瞬間、ほんのり赤いライスからぐわっとエビの香りが立ちのぼる。まるでビスクのようだ。洋食店のエビピラフといえば、エビと冠しつつ、ほとんどそれは色どりの一アイテムであることが多い。思わずシェフに、これはとてもおいしいですねと嘆息をもらすと、最初に生のエビからじっくり火を入れてるんですよ。その分、時間と手間はかかるんですけどねと事もなげに返答する。
シェフに「まだ食べるのですか?」と笑われながら、前菜盛り合わせからエビピラフまでを二人でたいらげ、ビールと赤白ワインをボトルで飲んで、9千円で釣りが来た。過去に一度も使ったことのない和製英語で叫ぶなら、コスパよすぎるやん。
洋食は、フレンチやイタリアンと同じぐらい手間がかかるも、ぼくたちに身近な分、価格を上げることが難しく、洋食店は今や絶滅危惧種である。いっぽう、大阪の天六には、「ゴメンネJIRO」という圧巻のグレートバリューを誇る繁盛店も存在する。ニューノーマルの時代でも、生き残る施策が確実に大阪にあることは、洋食店の未来にとって明るい材料になってほしいと願う。
「ゴメンネJIRO」
●大阪府大阪市北区池田町8−9
●06-6354-0480
●17:30〜22:00(LO)
●日休
2020年09月01日
(137)目白「トレ・ガッティ」
エミリア・ロマーニャに魅せられたシェフによる
上級者向けイタリア料理店
イタリア北東部に位置する、エミリア・ロマーニャ州は、イタリアがわかってくればくるほど再訪したくなるエリアだ。ベネツィア、ローマ、フィレンツェといった著名な観光都市はない分、州都ボローニャを中心に落ち着きと余裕、そして多岐にわたる豊かな産業が魅力なのだ。ここにはまず、イタリアの代名詞といってもいいフェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティー等の自動車メーカー本拠地がある。個人的にはまったく興味がないけど、この界隈に行くと話すと、フェラーリですかとの返しをもらうことも多い。
もうひとつ、こちらがぼくの興味の中心で、食品関係がすごいのだ。パスタでは日本でも著名なバリラや、世界的カフェチェーン、セガフレード・ザネッティーも、本社を置く。バルサミコ、パルミジャーノ・レッジャーノの産地としても名高く、生ハムで有名なパルマもここである。
確かに、エミリア・ロマーニャ州をクルマで走ると、都市には文化的芸術的な香りがあり、郊外に出るとその肥沃さが食の源であると痛感する。豚肉の加工品だけではなく、東側はアドリア海に面するので海の幸も過不足がない。
そんな、エミリア・ロマーニャ州に魅せられたシェフによる、この地の郷土料理に特化したイタリア料理店「トレ・ガッティ」が目白にある。目白は、どこからも山手線一本で行けるシンプルな場所。にもかかわらず、自分の行動範囲から少し外れるせいか、訪問にも特別感が湧く。
日本では、よく意味のわからない長いイタリア語の店名も少なくないでも「トレ・ガッティ」とは、3匹の猫だとぼくでもわかる愛らしさだ。入った瞬間に感じる空間の雰囲気や色使いもその延長線上で、一瞬にして東京・目白にいることを忘れさせてくれる。キッチンを囲むようにあるカウンター席は、現地にはない光景だ。シェフの眞壁貴広さんは、イタリアっぽく待合感覚の立ち飲みにしたかったが、その点は妥協したんですよと語った。
チャーミングな店名や空間に対し、シェフはロングヘア―にタトゥと、かなり個性的である。メニューもその風貌よろしく、そこそこ上級者向けの内容だ。なんとなく無難にコースを選んでしまうのもわかる。いっぽう、イタリア料理好きなら時間をかけてじっくり紐解くなら、おもしろい要素がさまざまに詰まっている。
前菜は散々迷ったが盛り合わせにした。女子大生スタッフのメニューの説明は「ハムとパンと小鉢が3皿です」だけだった。ところが、ドンと置かれた大皿には、生ハムから、コッパ、サラミまでが盛りだくさんに花開き、郷土のパンとして、丸いティジェッラや揚げたニョッコ・フリットなどに、パルミジャーノ・レッジャーノやトマトのジャムが添えられる。日本のレストランで、ハムと一緒にここまで大量のパンの登場はあまり記憶にない。空腹の赴くままさまざまなパンにハムやチーズ、ジャムを挟んでもりもりと無心に食べる。小鉢と称された3皿は、ラードで揚げた豚バラ、タマネギのトマト煮込み、ピクルス。パンとともにでも酒のつまみとしてもかけがえのないものだった。
これなのだ。ぼくが密かに日本で求めるイタリア料理。ここまでイタリア本国に両足を突っ込んでいるレストランを常に待望していた。シェフは、エミリア・ロマーニャ出身のイタリア人に自分の料理を食べてもらってお墨付きを得ているが、それでも少し日本風にアレンジを加えていると静かに言った。
パスタのひと皿は、あれこれと逡巡しつつ、やはりご当地名産で今や世界的なメニューであるラザニアを選んだ。これがイタリアのラザニアなのか。何も言わず出されたら、ラザニアだとは思い至らないかもしれない。シェフは「肉じゃがに何か緑のものがほしいとグリーンピースを使いますよね。それがホウレン草だったら、違うと日本人は気づきますが、外国で流通したら、外国人は誰も違うと気づかない。それと同じことが日本のイタリア料理にも起こっているんですよ」と話した。
エミリア・ロマーニャのワインといえばランブルスコ。ぼくは過去にこのワインを何度も試し、どうしても感じてしまうケミカルなテイストが好きになれなかった。しかし、シェフの勧めによって提供されたランブルスコは、最上質の辛口ロゼを思わせるようにスッキリとして素晴らしく、自分の無知への反省と新しい出会いに感謝をした。食後酒としてグラッパを頼んだら、驚くほど安価。本当は皆さんにグラッパまで愉しんでほしいと思ってお安くしているのですが、なかなかたどり着いていただけなくて……と、シェフは寂しそうだった。
最後に「トレ・ガッティ」は、食べログへの掲載を拒否している。その点にも熱い賛同を贈りたい。掲載拒否のおかげで、この店の客層レベルは相当に高く、すこぶる心地よいことも魅力のひとつとして付け加えさせていただきたい。
「トレ・ガッティ」
●東京都豊島区目白3-13-1 2F
●03-3565-6181
●12:00〜13:30LO、18:00〜23:00LO
*水曜日はランチ休
●火休
上級者向けイタリア料理店
イタリア北東部に位置する、エミリア・ロマーニャ州は、イタリアがわかってくればくるほど再訪したくなるエリアだ。ベネツィア、ローマ、フィレンツェといった著名な観光都市はない分、州都ボローニャを中心に落ち着きと余裕、そして多岐にわたる豊かな産業が魅力なのだ。ここにはまず、イタリアの代名詞といってもいいフェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティー等の自動車メーカー本拠地がある。個人的にはまったく興味がないけど、この界隈に行くと話すと、フェラーリですかとの返しをもらうことも多い。
もうひとつ、こちらがぼくの興味の中心で、食品関係がすごいのだ。パスタでは日本でも著名なバリラや、世界的カフェチェーン、セガフレード・ザネッティーも、本社を置く。バルサミコ、パルミジャーノ・レッジャーノの産地としても名高く、生ハムで有名なパルマもここである。
確かに、エミリア・ロマーニャ州をクルマで走ると、都市には文化的芸術的な香りがあり、郊外に出るとその肥沃さが食の源であると痛感する。豚肉の加工品だけではなく、東側はアドリア海に面するので海の幸も過不足がない。
そんな、エミリア・ロマーニャ州に魅せられたシェフによる、この地の郷土料理に特化したイタリア料理店「トレ・ガッティ」が目白にある。目白は、どこからも山手線一本で行けるシンプルな場所。にもかかわらず、自分の行動範囲から少し外れるせいか、訪問にも特別感が湧く。
日本では、よく意味のわからない長いイタリア語の店名も少なくないでも「トレ・ガッティ」とは、3匹の猫だとぼくでもわかる愛らしさだ。入った瞬間に感じる空間の雰囲気や色使いもその延長線上で、一瞬にして東京・目白にいることを忘れさせてくれる。キッチンを囲むようにあるカウンター席は、現地にはない光景だ。シェフの眞壁貴広さんは、イタリアっぽく待合感覚の立ち飲みにしたかったが、その点は妥協したんですよと語った。
チャーミングな店名や空間に対し、シェフはロングヘア―にタトゥと、かなり個性的である。メニューもその風貌よろしく、そこそこ上級者向けの内容だ。なんとなく無難にコースを選んでしまうのもわかる。いっぽう、イタリア料理好きなら時間をかけてじっくり紐解くなら、おもしろい要素がさまざまに詰まっている。
前菜は散々迷ったが盛り合わせにした。女子大生スタッフのメニューの説明は「ハムとパンと小鉢が3皿です」だけだった。ところが、ドンと置かれた大皿には、生ハムから、コッパ、サラミまでが盛りだくさんに花開き、郷土のパンとして、丸いティジェッラや揚げたニョッコ・フリットなどに、パルミジャーノ・レッジャーノやトマトのジャムが添えられる。日本のレストランで、ハムと一緒にここまで大量のパンの登場はあまり記憶にない。空腹の赴くままさまざまなパンにハムやチーズ、ジャムを挟んでもりもりと無心に食べる。小鉢と称された3皿は、ラードで揚げた豚バラ、タマネギのトマト煮込み、ピクルス。パンとともにでも酒のつまみとしてもかけがえのないものだった。
これなのだ。ぼくが密かに日本で求めるイタリア料理。ここまでイタリア本国に両足を突っ込んでいるレストランを常に待望していた。シェフは、エミリア・ロマーニャ出身のイタリア人に自分の料理を食べてもらってお墨付きを得ているが、それでも少し日本風にアレンジを加えていると静かに言った。
パスタのひと皿は、あれこれと逡巡しつつ、やはりご当地名産で今や世界的なメニューであるラザニアを選んだ。これがイタリアのラザニアなのか。何も言わず出されたら、ラザニアだとは思い至らないかもしれない。シェフは「肉じゃがに何か緑のものがほしいとグリーンピースを使いますよね。それがホウレン草だったら、違うと日本人は気づきますが、外国で流通したら、外国人は誰も違うと気づかない。それと同じことが日本のイタリア料理にも起こっているんですよ」と話した。
エミリア・ロマーニャのワインといえばランブルスコ。ぼくは過去にこのワインを何度も試し、どうしても感じてしまうケミカルなテイストが好きになれなかった。しかし、シェフの勧めによって提供されたランブルスコは、最上質の辛口ロゼを思わせるようにスッキリとして素晴らしく、自分の無知への反省と新しい出会いに感謝をした。食後酒としてグラッパを頼んだら、驚くほど安価。本当は皆さんにグラッパまで愉しんでほしいと思ってお安くしているのですが、なかなかたどり着いていただけなくて……と、シェフは寂しそうだった。
最後に「トレ・ガッティ」は、食べログへの掲載を拒否している。その点にも熱い賛同を贈りたい。掲載拒否のおかげで、この店の客層レベルは相当に高く、すこぶる心地よいことも魅力のひとつとして付け加えさせていただきたい。
「トレ・ガッティ」
●東京都豊島区目白3-13-1 2F
●03-3565-6181
●12:00〜13:30LO、18:00〜23:00LO
*水曜日はランチ休
●火休
2020年08月01日
(136)静岡「三河屋」
静岡名物以外もうまい。
酒飲みをくすぐる横丁の名店
静岡県は横に広く商圏がいくつかに分かれていることはよく知られており、新幹線で1時間の静岡市はもうほとんど首都圏である。宇都宮、前橋、甲府といった町と同等の距離感だ。いっぽう、それらを含めた首都圏の都市が特徴や個性を作ろうと躍起になっているのに比して、静岡にはガツガツとしたところがあまりみられない。その分、街は穏やかできれいで洗練された印象だ。静岡市の民は、東京近郊の地方都市としてのモチベーションは低く、東京に類似した感覚や物品が手に入ればいいという考え方なのかもしれない。旅行時の個人的定番である食料品売場を巡るために、静岡伊勢丹の地下に行ってみた。静岡の名産やご当地の特産品はほとんど見当たらず、東京の伊勢丹とあまり違いはなかった。駅前の鮨店でも、地場の魚を訊くとないと言われ、日本酒を頼むと麒麟山が出てきた。
そんな中、静岡を冠にしたご当地グルメ「静岡おでん」は少々異質だ。元々駄菓子屋で売られていたので、おでん種はすべて食べやすいように串にささっているというが、現在の専門店では、串の形状で値段をカウントするための方便のようだ。有名なおでん種が黒はんぺん。これは、東ではさつま揚げ西では天ぷらと称する練物の類で、あのふわふわさはない。
「静岡おでん」に出会うには、それを専門に扱う店が集まった二つの横丁を目指すのが手っ取り早い。一つは「静岡おでん」を看板にする店のみ、もう一方はそれ以外にも様々な料理店で構成される大きな飲み屋街。じっくりと一軒一軒見分したい魅力を持つストリートだ。残念ながらぼくは、「静岡おでん」店のみが密集する青葉横丁の「三河屋」しか知らず、よそ者としても多くを語る資格はない。ただこの店は、地元の皆さんから先生と呼ばれる名士の導きで訪れ、酒場好きとしては大変に心地よく、長年の研鑚で極められたオペレーションの妙も見事だった。
ビールをオーダーすると、赤星(サッポロのラガー)大瓶が出てくる。それだけでも酒場好きはアガるのだ。ところが先生曰く、「三河屋」は、某ビールメーカーが企画した全国ご当地ビールの静岡代表店だったらしい。と、そんな話をしながら、おでんを所望する。だしは黒っぽく、牛スジからとるとのこと。見かけよりも塩味は薄く香りも儚い。だからなのか、駄菓子の名残なのか、魚粉を振りかけてコクを加えるスタイル。ぼくは魚粉などなくても、自然のままのバランスに安堵する。
「三河屋」は、店主と女将さんによる構成でカウンター10席ほど。左にいわゆる全国共通のおでん鍋。真ん中は脂が煮える揚げ物用。斜め前に揚げ物のソース鉢。そして右にはガスコンロにのせられた鉄板。この狭い空間にて、煮る・揚げる・焼くを二人でこなす絶妙のレイアウト。ゆえ「静岡おでん」だけではなく、アジフライやモツの串揚げ、餃子の餡を餅でくるんだ餅餃子や焼きナスなど、おでん以外のメニューも限りなくうまいし、出来上がってくる過程がまた一見の価値ありなのだ。しかも、ガスコンロでは、常にやかんに湯が沸いていて、それで洗い物までこなしてしまう流れである。
翌日の「うなぎ」をメインに静岡までの小旅行を企画。前夜に静岡おでんの「三河屋」を訪れるとこができて本当によかった。もう一つ驚いたのは、数坪の小さな店ばかりが並ぶ青葉横丁ながら、すべての店が店内に化粧室を持つこと。これは飲食店の矜持として特筆したい。
先日大学生に静岡おでんの話をしたら、私たち世代の静岡は「さわやかのハンバーグ」なんですよと教えられた。次回はおでんにハンバーグか。
「三河屋」
●静岡県静岡市葵区常磐町1-8-7 青葉横丁内
●054-253-3836
●17:00〜22:00
●日、第2・3月休
酒飲みをくすぐる横丁の名店
静岡県は横に広く商圏がいくつかに分かれていることはよく知られており、新幹線で1時間の静岡市はもうほとんど首都圏である。宇都宮、前橋、甲府といった町と同等の距離感だ。いっぽう、それらを含めた首都圏の都市が特徴や個性を作ろうと躍起になっているのに比して、静岡にはガツガツとしたところがあまりみられない。その分、街は穏やかできれいで洗練された印象だ。静岡市の民は、東京近郊の地方都市としてのモチベーションは低く、東京に類似した感覚や物品が手に入ればいいという考え方なのかもしれない。旅行時の個人的定番である食料品売場を巡るために、静岡伊勢丹の地下に行ってみた。静岡の名産やご当地の特産品はほとんど見当たらず、東京の伊勢丹とあまり違いはなかった。駅前の鮨店でも、地場の魚を訊くとないと言われ、日本酒を頼むと麒麟山が出てきた。
そんな中、静岡を冠にしたご当地グルメ「静岡おでん」は少々異質だ。元々駄菓子屋で売られていたので、おでん種はすべて食べやすいように串にささっているというが、現在の専門店では、串の形状で値段をカウントするための方便のようだ。有名なおでん種が黒はんぺん。これは、東ではさつま揚げ西では天ぷらと称する練物の類で、あのふわふわさはない。
「静岡おでん」に出会うには、それを専門に扱う店が集まった二つの横丁を目指すのが手っ取り早い。一つは「静岡おでん」を看板にする店のみ、もう一方はそれ以外にも様々な料理店で構成される大きな飲み屋街。じっくりと一軒一軒見分したい魅力を持つストリートだ。残念ながらぼくは、「静岡おでん」店のみが密集する青葉横丁の「三河屋」しか知らず、よそ者としても多くを語る資格はない。ただこの店は、地元の皆さんから先生と呼ばれる名士の導きで訪れ、酒場好きとしては大変に心地よく、長年の研鑚で極められたオペレーションの妙も見事だった。
ビールをオーダーすると、赤星(サッポロのラガー)大瓶が出てくる。それだけでも酒場好きはアガるのだ。ところが先生曰く、「三河屋」は、某ビールメーカーが企画した全国ご当地ビールの静岡代表店だったらしい。と、そんな話をしながら、おでんを所望する。だしは黒っぽく、牛スジからとるとのこと。見かけよりも塩味は薄く香りも儚い。だからなのか、駄菓子の名残なのか、魚粉を振りかけてコクを加えるスタイル。ぼくは魚粉などなくても、自然のままのバランスに安堵する。
「三河屋」は、店主と女将さんによる構成でカウンター10席ほど。左にいわゆる全国共通のおでん鍋。真ん中は脂が煮える揚げ物用。斜め前に揚げ物のソース鉢。そして右にはガスコンロにのせられた鉄板。この狭い空間にて、煮る・揚げる・焼くを二人でこなす絶妙のレイアウト。ゆえ「静岡おでん」だけではなく、アジフライやモツの串揚げ、餃子の餡を餅でくるんだ餅餃子や焼きナスなど、おでん以外のメニューも限りなくうまいし、出来上がってくる過程がまた一見の価値ありなのだ。しかも、ガスコンロでは、常にやかんに湯が沸いていて、それで洗い物までこなしてしまう流れである。
翌日の「うなぎ」をメインに静岡までの小旅行を企画。前夜に静岡おでんの「三河屋」を訪れるとこができて本当によかった。もう一つ驚いたのは、数坪の小さな店ばかりが並ぶ青葉横丁ながら、すべての店が店内に化粧室を持つこと。これは飲食店の矜持として特筆したい。
先日大学生に静岡おでんの話をしたら、私たち世代の静岡は「さわやかのハンバーグ」なんですよと教えられた。次回はおでんにハンバーグか。
「三河屋」
●静岡県静岡市葵区常磐町1-8-7 青葉横丁内
●054-253-3836
●17:00〜22:00
●日、第2・3月休
2020年07月01日
(135)荒木町「OHKUSA(オオクサ)」
最高の「鳥皮」も健在。歌舞伎町から
荒木町に溶け込んだ焼き鳥の名店
日本一の歓楽街と言われる新宿歌舞伎町。
ある種の限定的な印象を全国に与え、それが新宿全体のイメージともなってしまった。確かに、少し前までは外国人で溢れていたし、最近は新型コロナウイルスの温床のように認識され、人通りも減ったようだ。
ぼくが歌舞伎町を目指して行くのは、二軒の焼鳥店、「鳥みつ」と「道しるべ」ぐらいだ。タバコの煙が苦手なぼくは、ゴールデン街にも足を踏み入れない。新宿の焼鳥といえば、「鳥田むら」のような老舗もあるし、もちろん安価のチェーン店も多い。その中で、この二軒は、わざわざ歌舞伎町に行く価値のある店だ。いずれも串、つまり酒のアテというより鳥料理としてのクオリティが高く、特に「鳥みつ」は際立っていた。建付けの悪いドアと効きの弱い空調。場末感漂う中に、いつも清潔でメニューも秀逸だったと記憶する。
というのも「鳥みつ」はもう歌舞伎町にはなく、四谷三丁目への移転を果たし「オオクサ」となった。いつかは移転するだろうなと想像していた。場所が四谷三丁目、つまり旧荒木町だと知ったとき、流石のセンスと唸る。新しい店の前に立つと、その外観は「OHKUSA」とだけ出ている一見バーのような佇まい。すでにすっかり荒木町に溶け込んでいる。
それにしても、こんな格好の場所をよく見つけたものだと感心。幾度となく歩いたことのある路地ながら、以前ここにどんな店があったかはすでに思い出せない。店内は、長身でかっこいい、焼鳥店店主というよりバーのマスター(あまりご存じないと思うが、ぼくにはロキシーミュージックのブライアン・フェリー)と言った風情のご主人と小柄でかわいらしい奥様(たぶん)のコンビは変わらす。カウンターのセンターに耐熱ガラスで囲われた焼き台があり、奥は厨房スペース。テーブル席も多かった「鳥みつ」より各段に機能的で、焼鳥店の原点といったレイアウト。
メニューからアラカルトは消えコースのみ。串は身の一つ一つが巨大で、女性は一口ではほおばれないサイズ。焼鳥の概念では収まらない、あまりいい表現が見つからないが、バーべキューの域だ。提供時には、産地と鳥の種類も語られ今度は江戸前鮨の領域にまで達する。
ぼくにとって「鳥みつ」の「鳥皮」は、人生の中での焼鳥史上最高においしかった記憶があるのでそれを訪ねると、「オオクサ」では、鳥の肉と皮を分けずに焼くことにしたとの回答。確かにその方がさらにおいしいだろうと想像もつくが、そんな焼鳥店は他にあるだろうか。
といった具合で、ご主人が新天地でやりたかったことは、すでに焼鳥の世界を凌駕している。鳥の串焼きという加工品ではなく、ダイレクトに鳥の特徴や味わい、ひいてはその魅力を受け止めてほしいというメッセージなのだ。加えて、箸休め的にコースに挟まれる料理の大半はエスニックテイスト。巨大な鶏肉と格闘した後に、それらを一気に中和するアジアの香り。なにげなく、ひょうひょうとしたお二人の術中に完全に取り込まれていく。ちなみにその日の〆のご飯はガパオライスだった。まあ、鳥料理であることには違いない。
食べログではすでに4点越えで、脈絡のない食べロガーの餌食になりつつある。着席するなりシャンパンを注文する客もいて、これぞ食べログ高得点の店たる弊害だなあと感じたが、「オオクサ」にワインはない(ただし、持ち込みは可能で素敵なグラスも提供いただける)。日本酒と焼酎のラインナップは秀逸。特に焼酎はしびれる品ぞろえゆえ、ここでは焼酎を味わってほしいという意思表示なのかもしれない。
「オオクサ」の予約は、一週間前の昼の12時〜と決められている。
何か月も前から焼鳥店を予約するという徒労が回避できるだけではなく、実はこのやり方が、考える限りの客層の安定、というかいい客層を保つための最善の方策なのかもしれないと最近思う。その意味で、予約方法までも、巧みに練られているのではないかと、ご主人の飲食店経営手腕にも敬服した。
OHKUSA(オオクサ)
●03-6709-8874
●東京都新宿区荒木町7 森戸ビル1F
●17:00〜22:00(L.O.20:00)
●日、祝、第1・3月曜休
荒木町に溶け込んだ焼き鳥の名店
日本一の歓楽街と言われる新宿歌舞伎町。
ある種の限定的な印象を全国に与え、それが新宿全体のイメージともなってしまった。確かに、少し前までは外国人で溢れていたし、最近は新型コロナウイルスの温床のように認識され、人通りも減ったようだ。
ぼくが歌舞伎町を目指して行くのは、二軒の焼鳥店、「鳥みつ」と「道しるべ」ぐらいだ。タバコの煙が苦手なぼくは、ゴールデン街にも足を踏み入れない。新宿の焼鳥といえば、「鳥田むら」のような老舗もあるし、もちろん安価のチェーン店も多い。その中で、この二軒は、わざわざ歌舞伎町に行く価値のある店だ。いずれも串、つまり酒のアテというより鳥料理としてのクオリティが高く、特に「鳥みつ」は際立っていた。建付けの悪いドアと効きの弱い空調。場末感漂う中に、いつも清潔でメニューも秀逸だったと記憶する。
というのも「鳥みつ」はもう歌舞伎町にはなく、四谷三丁目への移転を果たし「オオクサ」となった。いつかは移転するだろうなと想像していた。場所が四谷三丁目、つまり旧荒木町だと知ったとき、流石のセンスと唸る。新しい店の前に立つと、その外観は「OHKUSA」とだけ出ている一見バーのような佇まい。すでにすっかり荒木町に溶け込んでいる。
それにしても、こんな格好の場所をよく見つけたものだと感心。幾度となく歩いたことのある路地ながら、以前ここにどんな店があったかはすでに思い出せない。店内は、長身でかっこいい、焼鳥店店主というよりバーのマスター(あまりご存じないと思うが、ぼくにはロキシーミュージックのブライアン・フェリー)と言った風情のご主人と小柄でかわいらしい奥様(たぶん)のコンビは変わらす。カウンターのセンターに耐熱ガラスで囲われた焼き台があり、奥は厨房スペース。テーブル席も多かった「鳥みつ」より各段に機能的で、焼鳥店の原点といったレイアウト。
メニューからアラカルトは消えコースのみ。串は身の一つ一つが巨大で、女性は一口ではほおばれないサイズ。焼鳥の概念では収まらない、あまりいい表現が見つからないが、バーべキューの域だ。提供時には、産地と鳥の種類も語られ今度は江戸前鮨の領域にまで達する。
ぼくにとって「鳥みつ」の「鳥皮」は、人生の中での焼鳥史上最高においしかった記憶があるのでそれを訪ねると、「オオクサ」では、鳥の肉と皮を分けずに焼くことにしたとの回答。確かにその方がさらにおいしいだろうと想像もつくが、そんな焼鳥店は他にあるだろうか。
といった具合で、ご主人が新天地でやりたかったことは、すでに焼鳥の世界を凌駕している。鳥の串焼きという加工品ではなく、ダイレクトに鳥の特徴や味わい、ひいてはその魅力を受け止めてほしいというメッセージなのだ。加えて、箸休め的にコースに挟まれる料理の大半はエスニックテイスト。巨大な鶏肉と格闘した後に、それらを一気に中和するアジアの香り。なにげなく、ひょうひょうとしたお二人の術中に完全に取り込まれていく。ちなみにその日の〆のご飯はガパオライスだった。まあ、鳥料理であることには違いない。
食べログではすでに4点越えで、脈絡のない食べロガーの餌食になりつつある。着席するなりシャンパンを注文する客もいて、これぞ食べログ高得点の店たる弊害だなあと感じたが、「オオクサ」にワインはない(ただし、持ち込みは可能で素敵なグラスも提供いただける)。日本酒と焼酎のラインナップは秀逸。特に焼酎はしびれる品ぞろえゆえ、ここでは焼酎を味わってほしいという意思表示なのかもしれない。
「オオクサ」の予約は、一週間前の昼の12時〜と決められている。
何か月も前から焼鳥店を予約するという徒労が回避できるだけではなく、実はこのやり方が、考える限りの客層の安定、というかいい客層を保つための最善の方策なのかもしれないと最近思う。その意味で、予約方法までも、巧みに練られているのではないかと、ご主人の飲食店経営手腕にも敬服した。
OHKUSA(オオクサ)
●03-6709-8874
●東京都新宿区荒木町7 森戸ビル1F
●17:00〜22:00(L.O.20:00)
●日、祝、第1・3月曜休
2020年06月01日
今月もお休みいたします
非常事態宣言が解除されました。今日から6月。ステップ2、
新型コロナウイルスと共存しながらの新しい生活がスタートしました。
レストランは今後、どうなっていくのでしょうか。
著者の伊藤彰さんが、もう1か月だけお休みさせていただきたいとの連絡がありました。
レストランへの変わらぬエールを送りながら、状況を見守っていきます。
皆の心が疲れている今こそ、レストランの出番だと私たちは思っています。
管理人より
新型コロナウイルスと共存しながらの新しい生活がスタートしました。
レストランは今後、どうなっていくのでしょうか。
著者の伊藤彰さんが、もう1か月だけお休みさせていただきたいとの連絡がありました。
レストランへの変わらぬエールを送りながら、状況を見守っていきます。
皆の心が疲れている今こそ、レストランの出番だと私たちは思っています。
管理人より
2020年05月01日
今月はお休みさせていただきます
新型コロナウイルスの影響でレストラン業界が大きな打撃を受けています。
著者の伊藤彰さんより、そんな時期に食べ歩きの記事は遠慮したいという連絡を受けました。
よって、今月はお休みさせていただきます。
一日も早い収束を祈り、そのときにはまた、愛情あふれるレストランの記事を
投稿してもらいます。その日が来ることを楽しみに、
今は家で、それぞれができることをそれぞれのペースで。
そして大変な状況であろうレストランへのエールも送り続けていたいと思います。
管理人より
著者の伊藤彰さんより、そんな時期に食べ歩きの記事は遠慮したいという連絡を受けました。
よって、今月はお休みさせていただきます。
一日も早い収束を祈り、そのときにはまた、愛情あふれるレストランの記事を
投稿してもらいます。その日が来ることを楽しみに、
今は家で、それぞれができることをそれぞれのペースで。
そして大変な状況であろうレストランへのエールも送り続けていたいと思います。
管理人より
2020年04月01日
(134)白金「すし 良月(あきら)」
謙虚さと探求心、チャレンジ精神が
ほどよく同居した若きすし職人の新店
少し以前は、鮨店の新規オープンには敏感だったし、誰々の元にいた人が独立するらしいよ、みたいな前情報を入手することも多かった。ところが最近、すっかり興味が失せた。できる店できる店が全て、同じ内装、同じような顔、そしておしなべて高額なのだ。高級鮨店のチェーン化とでもいおうか。あれっ、今日はどこにいるんだっけと錯覚することもしばしばだ。
何か、他とは違うことをやろうとする店が現れないものかと期待するも、これだけの高額でも客が途切れない昨今では、あえて危険を冒す必要もないし、ミシュランガイドの二つ星店が、「初音鮨」「喜邑」「天本」とくれば、いったい何を目標にして頑張れば次のステップに上がれるのかも分からない気がする。
そんな中、一見しただけでは大きく違わないし、そこそこ高額なのだけど、知性と挑戦の二文字がはっきりと浮かび上がるフレッシュな店が、広尾寄りの白金にオープンした。「すし 良月」と書いて「あきら」という。店主・前岩和則さんの祖父の名前が朗(あきら)で、その字で店名の二文字を構成し、あきらとしたそうだ。何となく、ぼくの名前「章良(あきら)」との共通項を感じながら、自分の店に対する思い入れや工夫の度合いに、独特のインテリジェンスを見た。
店主は若干29歳。鮨店で長く修業をしてもしょうがないと主張する人も多くなってきたが、それにしても若い。スリムな体系で物腰に品もあり、鮨職人というよりは西洋料理でもやっていそうだ。聞けば西麻布の「すし匠まさ」に5年間在籍したという。「すし匠ハワイ」の中澤さんが、「すし匠まさ」は、自分の弟子の中でも一番やんちゃな男だとぼくに語っていたし、師匠とは全く違うキャラである。
この場所での前の営業も鮨店で居ぬきとはいえ、誰に出資を頼るわけでもなく自らの力で主となり、Max8席の店内に、店主をのぞくスタッフが3名もいて、全員がよく教育され、しっかりとコミュニケーションもとれている。食事をスタートする前から、驚き、感心することばかりなのだ。
店主との話の中で、和歌山県海南市出身だと聞いた。海南市といえば「紀土」の平和酒造だねとつぶやくと、はいと嬉しそうな表情だ。そしてビールには、平和酒造の「平和クラフト」、続いて平和酒造のプレミアム日本酒「無量山」が登場。次に定番の「紀土」純米吟醸と続き、深い郷土愛にこちらも感激。平和酒造の山本社長とは懇意なので、今度お連れするよと約束までしてしまった。
つまみから始まりにぎりへと、すし匠系のスタイルを踏襲しないオーソドックスな流れの中に、創意工夫と熱心な勉強や研究の成果が現れる。見かけはあくまでクールながら秘めた情熱も美味しさへの期待となる。
いっぽう、熟練の鮨職人の味にも接している自分には、若いなあと勇み足に感じる部分もある。しかし、それはあくまで伸びしろとしておこう。
店主が立つまな板の近くに、上からランプがいくつか吊るしてある。手元明かりかなあと思いきや、西洋料理でデシャップ時に冷めないよう使われる熱源ライトだった。どうやら、冷蔵庫から出してすぐの冷たすぎるすしタネの温度を調整するつもりのようだ。特にウニなどは冷たすぎてせっかくの旨味が感じられない場合も多々ある。それをデシャップ用のライトを使って管理しようという試み。特注で作ってもらったとか。そのアイデアと奇抜な発想には舌を巻いた。
店を辞する際名刺をいただいたので自分のものを渡すと、はっとして顔を上げ「ご著書は拝読しております」との言葉が返ってきた。正直、こんな若い料理人に言われたのは初めてだ。書店の料理本コーナーに入り浸って、本を物色するのが何よりの楽しみだそうだ。彼の見識の高さや柔軟性はどうりで、と認識し、やはり年齢や経験だけではないのだと悟る。今まで出会ったことのない特別な存在感のある若者が見送ってくれる姿は、いつまでもいつまでも店の前で眩しく輝いていた。
「すし良月」
●東京都渋谷区恵比寿2-37-8 グランデュオ広尾 1F
●050-3390-0121
●18:00〜22:30最終入店(月~土)、17:00〜21:30最終入店(日祝)
(ランチ営業は貸し切りのみ)
●不定休。
ほどよく同居した若きすし職人の新店
少し以前は、鮨店の新規オープンには敏感だったし、誰々の元にいた人が独立するらしいよ、みたいな前情報を入手することも多かった。ところが最近、すっかり興味が失せた。できる店できる店が全て、同じ内装、同じような顔、そしておしなべて高額なのだ。高級鮨店のチェーン化とでもいおうか。あれっ、今日はどこにいるんだっけと錯覚することもしばしばだ。
何か、他とは違うことをやろうとする店が現れないものかと期待するも、これだけの高額でも客が途切れない昨今では、あえて危険を冒す必要もないし、ミシュランガイドの二つ星店が、「初音鮨」「喜邑」「天本」とくれば、いったい何を目標にして頑張れば次のステップに上がれるのかも分からない気がする。
そんな中、一見しただけでは大きく違わないし、そこそこ高額なのだけど、知性と挑戦の二文字がはっきりと浮かび上がるフレッシュな店が、広尾寄りの白金にオープンした。「すし 良月」と書いて「あきら」という。店主・前岩和則さんの祖父の名前が朗(あきら)で、その字で店名の二文字を構成し、あきらとしたそうだ。何となく、ぼくの名前「章良(あきら)」との共通項を感じながら、自分の店に対する思い入れや工夫の度合いに、独特のインテリジェンスを見た。
店主は若干29歳。鮨店で長く修業をしてもしょうがないと主張する人も多くなってきたが、それにしても若い。スリムな体系で物腰に品もあり、鮨職人というよりは西洋料理でもやっていそうだ。聞けば西麻布の「すし匠まさ」に5年間在籍したという。「すし匠ハワイ」の中澤さんが、「すし匠まさ」は、自分の弟子の中でも一番やんちゃな男だとぼくに語っていたし、師匠とは全く違うキャラである。
この場所での前の営業も鮨店で居ぬきとはいえ、誰に出資を頼るわけでもなく自らの力で主となり、Max8席の店内に、店主をのぞくスタッフが3名もいて、全員がよく教育され、しっかりとコミュニケーションもとれている。食事をスタートする前から、驚き、感心することばかりなのだ。
店主との話の中で、和歌山県海南市出身だと聞いた。海南市といえば「紀土」の平和酒造だねとつぶやくと、はいと嬉しそうな表情だ。そしてビールには、平和酒造の「平和クラフト」、続いて平和酒造のプレミアム日本酒「無量山」が登場。次に定番の「紀土」純米吟醸と続き、深い郷土愛にこちらも感激。平和酒造の山本社長とは懇意なので、今度お連れするよと約束までしてしまった。
つまみから始まりにぎりへと、すし匠系のスタイルを踏襲しないオーソドックスな流れの中に、創意工夫と熱心な勉強や研究の成果が現れる。見かけはあくまでクールながら秘めた情熱も美味しさへの期待となる。
いっぽう、熟練の鮨職人の味にも接している自分には、若いなあと勇み足に感じる部分もある。しかし、それはあくまで伸びしろとしておこう。
店主が立つまな板の近くに、上からランプがいくつか吊るしてある。手元明かりかなあと思いきや、西洋料理でデシャップ時に冷めないよう使われる熱源ライトだった。どうやら、冷蔵庫から出してすぐの冷たすぎるすしタネの温度を調整するつもりのようだ。特にウニなどは冷たすぎてせっかくの旨味が感じられない場合も多々ある。それをデシャップ用のライトを使って管理しようという試み。特注で作ってもらったとか。そのアイデアと奇抜な発想には舌を巻いた。
店を辞する際名刺をいただいたので自分のものを渡すと、はっとして顔を上げ「ご著書は拝読しております」との言葉が返ってきた。正直、こんな若い料理人に言われたのは初めてだ。書店の料理本コーナーに入り浸って、本を物色するのが何よりの楽しみだそうだ。彼の見識の高さや柔軟性はどうりで、と認識し、やはり年齢や経験だけではないのだと悟る。今まで出会ったことのない特別な存在感のある若者が見送ってくれる姿は、いつまでもいつまでも店の前で眩しく輝いていた。
「すし良月」
●東京都渋谷区恵比寿2-37-8 グランデュオ広尾 1F
●050-3390-0121
●18:00〜22:30最終入店(月~土)、17:00〜21:30最終入店(日祝)
(ランチ営業は貸し切りのみ)
●不定休。