いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2019年04月01日

(122)大阪「福助」

名物は白身魚の鍋。西の焼き肉タウン
鶴橋に君臨する老舗高級割烹


ぼくは、プロフィール上大阪生まれとしているが、大阪での生活は昭和までで平成ととも東京在住となった。つまり大学生や新入社員レベルの収入で行ける店しか引き出しはなく、多くは稼げるようになってからの後追いである。

もちろん大阪に実家があり、大阪・京都は地理的にも熟知しているので、それなりのアドバンテージはあるものの、未だに大阪や京都の奥深さを知らされることが多く、驚き震え、ある意味誇らしくもある。

この「深さ」なる概念は、関西の芸人やSNSでディープ大阪みたいなくくり方をされる店とは意味が異なる。歴史や伝統、確かな技術力に裏打ちされた、もっといえば淘汰される中で培われた強さだ。

40以上前から続く大阪・鶴橋の「福助」は、その一軒だろう。
鶴橋といえば、すっかり焼肉タウンだ。駅を降りた瞬間から焼肉の匂い漂う、それが嘘ではない場所である。そんな鶴橋の駅を出た瞬間に、日本料理「福助」の小さな間口がある。そしてここは、魚介専門の、しかも魚介を鍋で食べさせる「ショット鍋」なる料理がメインの店なのだ。

店舗は、奥に長くカウンターが伸び、各所でコンロと鍋があらかじめセットされていて、ぼくも、鍋を挟んで同席の友人と座った。もちろん鶴橋の雑踏とは異次元の格調ある高級割烹だ。二階は広いお座敷で、もうすぐ半世紀を迎える店らしく、さまざまな過去の需要に応えてきた逞しさも感じる。

店の看板にもイラストが描かれているように、冬の時期は当たり前にふぐが出る。座るとまず、とびきりうまいてっさ(ふぐさし)の洗礼からスタート。
ショット鍋は、すべて大将はじめ店のスタッフが調理をする。基本は、煮立った鍋に一種類ずつ魚介や野菜などの食材を入れ、絶妙のタイミングでそれを取り出して、塩、もしくはポン酢で食べる。
ショットとは、ゴルフ、銃、お酒など、さまざまに使われるが、料理人が次々に食材を投入するさまを分かりやすく表現したと想像する。

ぼくは常日頃、焼肉や鍋料理など、客側に調理を任せてしまうスタイルを好まない。であれば家で作ればいいと単純に考えてしまう。いい食材とタレを買ってくれば、家庭でも十分に楽しめるからだ。
「福助」のショット鍋は、その考えをすっかり改めることとなった。ふぐ、ふぐの白子、サワラ、キンメダイ、キンキ、クエ……。高級白身魚が、鍋料理ではありえないレベルの分厚い切身でショットされていく。ここまで厚いと、ちょうど火が入る最高においしいタイミングがいつなのか、素人には見当もつかない。もちろん生でも食べられる鮮度だろう。ただ、茹でることで生まれる独特のあま味、魚それぞれの微妙な香りや違いを感じる愉しさは、プロに委ねなければ体験できない。実際、百貨店でふぐの白子を買って鍋に入れたこともあったが、どのタイミングで食べたらいいか迷っているうちに溶けてしまった苦い思い出もある。

タレは、塩とポン酢が中心。魚によってどれを選ぶか、場合によっては何もつけないでと大将からアドバイスがある。後半にはウスターソースが追加。これまた大阪らしい。アジフライの感覚で魚の種類によっては合うそうだ。高級魚をウスターソースで食べるのは初だが、目からウロコとはまさにここに使うべき言葉。

箸休め、と言うには失礼なほど、きんぴら、もずく、へしこ、漬物と、口を洗いリニューアルするに最適な品々が止めどなくカウンターに並ぶ。さらに、のどぐろのつけ焼きといった焼き物も加わる。

マグロマグロと新年早々からの豊洲の喧騒とは別次元な、白身魚のオンパレード。これこそが西だ。ここまで白身魚の食べ比べを愉しみ、魚料理の神髄に浸ったところで、最後に最高級の牛肉を一枚だけ、というアイデアも痛快だ。
このショット鍋、冬場だけではなく一年を通じて提供される。暑い時期はハモや松茸といった趣向らしい。その徹底ぶりも潔い。

日本酒もレアすぎる品ぞろえだった。飲んだうち、半分は知らない銘柄、そしてもう半分も知ってはいるが、その蔵にて限定出荷されている日常は見かけない代物。しかし、すべての酒が、香りや味に特出するまでの強いベクトルはなく、すべてが白見魚の繊細さに寄り添う儚い味わいだった。

ぼくが訪れた日、大阪北新地で最も老舗クラブのママが、プライベートで来ていて、大将と普通に比良山荘の話をしていた。
大将もママも、齢70代。やはり大阪は深い。

福助
●大阪府大阪市天王寺区下味原町1-23
●06-6771-8473
●17:00〜23:00
●月休
posted by 伊藤章良 at 22:00| Comment(0) | 日本料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月01日

(121)白金台「ラソスタ」

料理人とソムリエールとのコミュニケーションから
生まれる抜群のマッチングと心地よさ


高級な西洋料理店のダイニングでは、アルコール類の仕入れからサービスまでを担当するソムリエという職業が定着した。
日本における長いワインの歴史の中で、田崎真也氏を世界最高ソムリエになり、キャリアとしてのソムリエがレストランに不可欠との認識を脈々と作り上げてきた。
英語圏の人間に対しソムリエと言っても、レストラン関係者以外には通じないが、日本では、飲食に関係なく大抵の人がその意味を理解するぐらい、すごいことである。

ところが昨今、ペアリングと呼ばれる便利で無精なシステムが台頭し、料理のメニューが出来上がったときにワインをセレクトすれば、ソムリエが常時ダイニングにいなくても足りうる事態となった。悲しいことにその多くは、専門家としてのソムリエが本当に考えているのだろうかと首をかしげるぐらいミスマッチなことも多い。さらに先月書いたように、ワンオペの高級一膳飯屋では、料理人がワインのセレクトから提供までやってしまう。料理担当の好みに合わせているだけに、それで十分な場合も多く、さらにレストランからソムリエの存在価値が薄れていく。

ただ、そんな現象を嘆く以前に、そもそもソムリエは、ワインのセレクトやマリアージュを考えるより先に酒の飲まし手であり、その役割をおろそかにしているのも価値を失う理由の一つではないかと考える。
飲まし手とはつまり、端的に的を射る説明やオススメで心地よくグラスを空け、さらに、もう一杯もう一杯と、香りや味わい、アルコール度数の変化で違和感なく杯を重ねてしまう。そんな酒飲みの懐に飛び込むサービスであろう。

そこで今回は、ソムリエの職業を全うする、飲まし手として優れた技量を持つソムリエール(女性)のいるイタリア料理店を紹介しよう。「ラソスタ」という。

「ラソスタ」は白金台。プラチナ通りから一本目黒側に寄った細い道。以前は建築設計事務所だったと聞く瀟洒な建物の地下。小さなダイニングスペースながら、素敵な調度品が過不足なく目を楽しませ、ソムリエ兼サービスを担当する女性が襟を正して出迎える。

ソムリエの話ばかりが先行したが、実は「ラソスタ」のシェフ武田正宏さんの経歴は筋金入りである。日高良実シェフ、濱崎龍一シェフを輩出した「リストランテ山崎」で修業後イタリアに渡り6年。戻って「リストランテ山崎」の5代目料理長を務めた。

料理のアイテム一つ一つはイタリアっぽい輪郭のはっきりしたテイストながら、前菜の盛付けは、日本料理の八寸のように多彩で鮮やか。小田原の海の近くでもシェフの経験があるそうで、魚に対する突っ込み具合が半端ない。力のある素材をチョイスするのは言うまでもないが、皿の上に凝縮させるというよりは、のびのびと皿で泳がせて、食べたときの客の感性が加わって完結するような構成を見る

さらに特筆すべきは柔軟性だろうか。
当初ソムリエが代わったとの一報を受けて訪問。あれこれと新しいソムリエールと料理についても会話し2か月後に再訪すると、料理が見事に変貌を遂げ硬質な輪郭の中に優しさや繊細さが見え隠れした。
それは、料理人とソムリエールとの密なコミュニケーション、つまり客の声をソムリエールが理解し厨房に的確に届けている証だ。当たり前のようで、それができておらず失望するケースは後を絶たないものだ。

飲まし手ソムリエには、飲ませるためにどんな料理を客が欲しているかという情報も、併せて厨房に伝える仕事が必須だと思う。2か月でその片鱗を見せた点にも、新任ソムリエールの潜在能力に触れた気がした。

今日は心の底から美味しく愉しく酔いたい、そんな方々には貴重な一軒となるだろう。

「La Sosta(ラソスタ)」
●東京都港区白金台5-13-14-B1
●03-3447-8934
●水休・その他に月1回
posted by 伊藤章良 at 20:47| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

(120)恵比寿「イル・バロンドーロ」

料理とサービスのペアリングが
resutaurantの存在意義を再認識させてくれる

西麻布に「ペレグリーノ」というイタリア料理店があった。
良質な生ハムを常備、ベーシックなメニューもおいしく、なによりいつでも予約が取れた。もう少し混んでもいいのにねと、そんな会話を友人と交わした記憶がある。
その「ペレグリーノ」のシェフ、高橋隼人さんは近所に移転した。スタッフを減らし、極端に席数を減らし、休みを増やし、客単価を大幅に上げた。そして予約がとれない店となった。これだけが理由ではないだろうが、結果、食べログ東京イタリア料理部門一位になる。高級食材を多用できる環境ゆえ出すものは変わるだろうけど、作っている人は同じだ。この現象、驚きを通り越して、違和感しかない。

もう一点、亀戸「メゼババ」の登場によって、客はどんなに虐げられ、劣悪な環境でも、おいしい料理をいただくためなら、辛抱強く待ち、言われた金額を素直に払うことに慣れてしまった。
「メゼババ」のシェフ高山大さんは、お店以外の場所で会うと、とても腰の低い好青年である。ただ、彼の流儀で店では威厳を崩さず高圧的だ。客がまだかまだかと料理を待っていても悠然と洗い物をしている。
客にへりくだるより、そんな態度をとる方がよほどキツイと思うが、高山シェフは流儀を貫いた。結果、客のほうがマゾヒスティックに耐え忍ぶことを覚え、「メゼババ」での高額支払い告白までが横行するようになった。

上記の二例はシェフ批判ではない。いずれも、シェフご自身の信念のもとに、考えたこと決めたことをやっているだけ。他人の評価ばかりを気にして自分で良し悪しの判断ができない、というか、しようとしない客側に問題がある。
そして、こんなビジネスモデルが拡大するなら、人を雇わなくても劣悪なダイニング環境でもタップリ稼げるなら、世の中からレストランは激減し、どんどん「高額一膳飯屋」ばかりが増える。あまりにも寂しくて悲しい現状が今である。

2018年晩秋、恵比寿にオープンした「イル・バロンドーロ」のシェフ、岩田正記さんは、いらっしゃいませの代わりに「ボナ・セーラ」と叫ぶボナセラ系イタリアンとして一時代を席巻した「イル・ボッカローネ」出身。恵比寿のこの店で19年勤め、恵比寿しか知らないので恵比寿で独立しましたと語るように、白金へと続くバス通りの裏道でひそかにオープンした。同じ通りのほんの50m間に、すでにイタリア料理店が2軒。さらに2018年暮れ、もともと居酒屋だった広い店舗がイタリアンになり、今だに恵比寿はイタリア料理店の激戦区だ。

入口から右側にカウンター席があり、ここはバー使いもできる。奥にもカウンターとテーブルがある細長い構造だ。こぢんまりとしているが、待合的なエントランスのバーの造りなど意外と機能的でモダンなレイアウト。

テーブルについてメニューを見ながら検討していると、長身の男性がスムーズかつにこやかに会話の中に入ってくる。料理もワインも当然だが、イタリアという国自体に造詣が深くネタは尽きることがない。ぼくはシェフのお顔を知らなかったので、あれ、この方がシェフで厨房にいるのはアシスタントかなと、普通に感じたぐらい。もっと席数の多いリストランテでも十分に支配人としてやっていける力量だ。こんなサービス担当が一緒にやっていこうと決めたシェフなら、きっと間違いはない。

感じた通り、シェフはしなやかなのに手堅く、しかも早い。職人として圧倒的だ。オーソドックスなメニューの数々だが、そこにスキがなく見た目以上のおいしさが詰まっている。イタリア料理は、やっぱりこうじゃなくっちゃとぼくの体が叫んでいる。料理がシンプルゆえか余計なことを考えずに済み、胃腸だけではなく頭も疲れない。食べ終わって店を辞して初めて、なんでこんなにおいしかったのか楽しかったのかと改めて振り返るぐらい、食べること飲むことにのめり込んでいた。
それがシェフやサービスの「キャリア」なのだろう。そして、restaurantの語源である回復するための場所にふさわしい存在感である。

もともと外食の場所は、キッチンから料理係が運んできた大皿料理を大テーブルにドンと載せ、それぞれに腰かけた赤の他人が自分の分だけ取り分けて食べていた。それではあまりにもプライバシーがなかろうと、テーブルを小さく分け個々で使えるようにし、そこに給仕係が生まれ、今のカタチのレストランとして発展した。

外食形態は多様であるから面白いし、ぼくもそれを愉しむ一人である。でも、ある種の後退ともいうべき一膳飯屋化する料理店より、restaurantに一軒でも多く通って、その努力を応援したいと思う。

「イル・バロンドーロ」
●東京都渋谷区恵比寿1丁目24−10 アリエス恵比寿ビル 1F
●03-5422-8977
●18時〜26時
posted by 伊藤章良 at 09:22| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月01日

(119)赤坂「タンモア」

情報や星に流されない姿勢を貫く

若き女性シェフの堂々たる料理


あけましておめでとうございます。

2019年は平成最後の年、そしてプレオリンピックイヤー。激動・激変の昨年にも比して、目まぐるしい一年が予想される。
平(たいら)に成ればいいなあと、そればかり念じて執筆活動を続けてきたが、とりわけ飲食の世界は、ますます格差が広がっている。現実には紙一重の差もないのに、どうしてここまで客は一極集中するのか。正しい正しくないに関わらず、情報の一人歩きは本当に怖い。

もう一つ、イノベイティブ、ガストロノミックと呼ばれる料理が、ますます退屈になった。
イノベイティブじゃなければ評価されないのは、調査員のレベルの低さを顕著に現わしているだけだ。でも、評価されることを目標にひたする頑張る若い料理人にとっては、低次元の評価者に合わせざるを得ない。これでは料理人の真の実力は上がらないし、客は単なる模倣の連鎖を、高額を払って食べさせられる。

えらそうに言うつもりはないけど、レストランへお金を払うのは、ある意味その店や料理人への投資ともなる。価値ある投資をするために店を選ぶ、これが最近の心境となった。

赤坂のフランス料理店「タンモア」は、まったく存在を知らなかった。評論家でもライターでも、おそらく調査員でもなく、筋金入りのフランス料理の食べ手と尊敬する方からのメールだった。そこには、移転前の「フロリレージュ」に初めて行ったとき以来の衝撃とあり、その一言に震えた。確かに今の「フロリレージュ」は、賞レースに翻弄されている部分も見受ける(がしかし、いつかまた変わるであろうことも期待している)。

メトロの駅では乃木坂が最寄りだが、赤坂からの方が楽しいので、古くから飲食店が並ぶ馴染みの通りを進む。ビルの小さな地下食堂街みたいな一角に「タンモア」を見つけた。

年配の男性に迎えられる。あれ、この人と会ったことあるなあ。そうだワイン評論家の葉山孝太郎さんだ。著書も何冊か読んだ。かなり昔、葉山さんが主催する持ち寄りワイン会にVieux Chateau Certanを用意したら、こんな説明の難しいワインはつらいなあと愉快な口調で言われたことを覚えていた。
若い女性シェフの店との前情報はあったがワイン業界の重鎮に迎えられるサプライズ。記憶に残る一夜となりそうだ。

料理は月替わりでの一種類。メインの肉料理に選択肢があった。基本のフルコース、途中にチーズをはさみデザート2種を加えて7000円。食べた12月のメニューは、フォワグラ、オマール、ブーダン・ノワール、ショコラと、シーズンをきちんと意識した構成だった。

驚くべき、地に足着いた堂々たる料理。ムースがありソースがあり酸がありスープがあり‥‥‥。見かけの美しさや繊細さより、内面に描く姿が伝わる。口にした瞬間から感じる優しさと深み。ある面では大胆で、また別の側に儚さが添えられる、極めて趣きのある皿の連続だ。久しぶりに、舌だけではなく脳が喜ぶ感触があった。

女性シェフはルックスも含めとても若い。フランスで修業し日本に戻ってオープンしたと伺った。ややこしい師弟関係や星の数や流行りすたりなど意識の外にある。古い話で恐縮だが、成澤由浩シェフがフランスから戻って小田原の早川にオープンした「ラナプール」を思い出していた。

ワインのペアリングは、フランス産オンリーとそれ以外の新世界ものと、同じ3500円で2通りの用意がある。趣向自体面白いが、ペアリングの妙はさらに流石としか言いようがなく、失望することの方が多い昨今のペアリングにあって、説明の巧みさも含め文句のつけようがなかった。
葉山さんは毎日おられるわけではなく、シェフのお父様がお友達という縁で手伝っているとのこと。シェフのお母様は美術の先生で陶芸もたしなまれ、店の食器はお母様の手によるものだとか。情報に左右されない、本当の価値が分かる大人がサポートする姿もまた、シェフの人柄、いや個性に違いない。

今から、将来が楽しみだと書くのは少々勇気がいる。ただ、ずっとブレずにこの流儀を貫いてほしいと切に願う。

「タンモワ」
●03-6447-1996
●東京都港区赤坂8-13-19インペリアル赤坂壱番館B109
●12:00~14:00(LO)土日のみ。18:00~21:00(LO)
●水休
posted by 伊藤章良 at 21:12| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月01日

(118)新橋「シンバル」

激戦区新橋で安くおいしく飲み食いできる
レアな大人の空間

ぼくは現在、経営者向けの情報サイト「リーダーズ・オンライン」に連載を持っている。
https://leaders-online.jp/category/life/gourmet

たまたま宴席で隣り合わせた税理士法人代表からのご依頼。大変ありがたいご縁だった。
ぼくは、せっかく経営者向けサイトだから、単なるレストランガイドではなく、店の情報と組み合わせて飲食店の経営に踏み込んだ内容にしましょうと提案。初回から上場企業「株式会社ひらまつ」の陣内孝也社長を取材するなど、経営的にも成功している店を取り上げて、すでに10軒以上となる。

とはいえ、カジュアルフードや居酒屋チェーンなどに伺う予定はない。その後もワンダーテーブル、際コーポレーション、WDI(敬称略)等業界大手の社長にインタビューできたので、最近はもう少し専門性の高い店にシフトしつつあり、ますます楽しくなってきた。

経営と美味しい料理とを両立させて成功しているトップに訊くと、すべてではないものの、狙うターゲット層に重きを置いているケースに気づく。
数席しかない孤高の高級鮨や三つ星を取るようなレストランなど、高額や予約の取れなさでしのぎを削るカテゴリではなく、反対に数千円で飲み食いできる、居酒屋チェーンのような安いことが第一シリーズでもない。
その中間層を目指して自分の店を展開する。実は、その層は意外にも競争が少なく、さらに、今一番、客が求めているはずだと語る。

数回前の「酒井商会」でも述べたように、一万円でお釣りがくる価格帯で、おいしく飲み食いができて、すこぶる快適な大人の空間は希少。実は個人的に必死で探しているし、皆さん隠して(笑)教えてくれない分野でもある。
「和」系では、上記のウェブ連載でも紹介した中村悌二氏率いる「フェアグランド」の店など比較的見つかるけど、ワイン中心の西洋系レストランとなるとさらに難しい。ということで、今回はそれにふさわしい一軒「シンバル」をお伝えしたい。

場所は激戦区新橋。ソムリエと料理人、男性2人で営む空間だ。2人ともファーストネームに「シン」が付き場所も新橋。気軽に使ってくださいとの意味も込め「シンバル」としたようだか、まったくバルの印象はない。

二人の経歴を知ると、なるほど確かにバルではないと分かるが、あえて書く必要もなく実際に訪れてみれば納得だろう。
メニューを見ると、和の居酒屋的つまみから生ハムに至る前菜、パスタ、がっつりとしたフレンチの肉料理まで幅広く、それを家庭のキッチンかと思えるような小さなスペースで、一人黙々と作る。全ての料理において味のバランスがきっちたり整っていて、手作りの温かみとプロの技法が両輪となって加速する。

ソムリエも名だたるフランス料理店での経験を持ち、世界のワイナリーにも訪れていて、バルと呼ぶには格の違うレベルだ。しかも高額店で鍛えた舌をフル活用し、世界各地の優れたワインをできる限りの安価で揃える。へー、この味でそんな値段なの?と、毎回瞠目だ。もちろん接客も完璧でしかもイケメンである。

そんな高い技量を持つ連中ながら2人だけで切り盛りする結果、最終的にはエッと見直すほどリーズナブル。もちろんサービス料はとらず、なんらかのチャージもかぶせない。

場所は新橋の通称マッカーサー通り手前。ウェブの地図を頼っていくと入り口が分からない隠れ家感もまた遊び心がくすぐられる。
裏に回って小さな階段を上がるとそこが「シンバル」。カウンター6席とテーブルが4卓ほど。2人で回すには少々多めの客席を、そつなく、そして客にストレスを与えることなくこなすのも、過去の修業と実績の賜物だろう。

オープン2年経つが、未だ食べログに点が付かないぐらいレアで秘密の場所。
にもかかわらず、食べログからの予約も可能。そういったメディアをうまく使って人手を削減する感覚も新しい。

唯一の不満は店内が分煙、つまり禁煙ではないこと。新橋ならではの、バルと名乗ることからの必定か。それゆえ、嫌煙家をお連れするには少々気を遣う。が、時代の趨勢で間もなく全面禁煙になるだろうなと密かに期待をしている。

シンバル
●東京都港区新橋4-18-4 十合ビル 2F
●050-5595-7681
●17:00〜24:00
●日祝
posted by 伊藤章良 at 10:12| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月01日

(117)日本橋「フォカッチェリア ブリアンツァ」

伝統の街に誕生した
ローカルなフォカッチャ専門店

9月にフィレンツェに行ったのだけど、着いた日があいにく日曜だった。
名だたるイタリア料理人の皆さんにフィレンツェの名店を教えていただくものの、すべて日曜休み。困ったなあと悩んでいたら、ひとり思い出した。
事情を説明すると長くなるのだが(笑、ぼくの友人の息子さんが20年以上フィレンツェに住んだ経験がありフィレンツェの大学も卒業している。ローカルかつカジュアルで日曜開いている店を教えてもらうには最適の人物だ。
その彼の推薦は、これまた別途一軒書けるぐらい素晴らしいレストランだったのだけど、ここでは冒頭だけ。

もちろん英語は全く通じない。メニューを開くとなんと1ページ目からパスタ、次にピッツア、そしてメインと、前菜が全く載っていない。こりゃまさに理想的な店に来たもんだとほくそえんでいたら、「フォカッチャをどうぞ」とテーブルに置かれたもの、誤解を恐れず形容すれば小麦粉で作ったカリカリのせんべいだ。そこに少量の塩とオリーブオイルがかけられ、その瞬間からイタリア料理になる。うますぎて、ぼりぼりパリパリと無心でつまむ。塩加減もほどよく、続いて運ばれた10ユーロしないボトルワインもクイクイ進み、一本空きそうな勢いだ。

フォカッチャは、日本においてもポピュラーな食べ物である。しかし、ファミレスや、そこそこのイタリア料理店でも、ふかふかの生地でオリーブオイルがしっとり感じられる、スポンジケーキのような食感のものが、日本では概ねフォカッチャと呼ばれている。

冒頭のフィレンツェのケースでも分かるように、フォカッチャといえどもイタリア全土でさまざまなタイプがあり、気候や土壌に合わせ独自に進化を遂げている。
イタリアを巡ると、実は日本に入ってきていない、もしくは違う形でひとり歩きしている例がまだまだあることを痛感する。法律的な制約や食材の輸入制限も考えられるが、「イタメシ」との愛称までもらいつつ、現地のイタリア料理には程遠いこともしばしば起こる。

六本木ヒルズなどで4店舗を展開するブリアンツァグループの奥野義幸シェフも、きっとその疑問、いや憤りを持っていたのだろう。
日本橋高島屋レストランフロアという、これ以上にない保守的な場所に、イタリアのフォカッチャを提供する専門店「フォカッチェリア ブリアンツァ」をオープンした。

イタリアで広く食べられているフォカッチャは、平たく焼いたパンの一種でピッツアの原型とも言われる。日本人がイメージするフワフワでもちもちのパンだけではなく、イースト菌等で発酵させない無発酵パンのカテゴリも存在するのだ。
そんなフォカッチャは、焼くのに時間がかからず粉の味をダイレクトに感じられる特徴を持つ。シンプルゆえ、他の食材との相性もいい。

「フォカッチェリア ブリアンツァ」では、フォカッチャで名を馳せるリグーリア州レッコの伝統的な手法を、東京日本橋へ持ち込んだ。レッコには、古くからのオリジナルレシピを守るフォカッチェリアがたくさんあり、オープン前にスタッフ全員で訪れたと聞いた。
イタリアン激戦区の恵比寿や西麻布ではなく、無発酵のフォカッチャを知らない層が集まるであろう日本橋高島屋であえて披露した大胆さに瞠目すると同時に、この環境にもキッチリとハマる仕掛けが随所に施されている。

基本フォカッチャは、現地から取り寄せたストラッキーノチーズをはさんで焼く、レッコのやり方そのままだ。トッピングや特別に吉田牧場の国産チーズも選択可能。それらを決め焼きあがるまでの間、本格イタリア料理がビュッフェから取り放題。ブリアンツァ本店で修業したシェフがすべて手作りで用意する。前菜や野菜料理は、それぞれ細かく味付けが異なり、サラダに使用する葉物野菜も新鮮で苦みばしった歯ごたえ。スープやパスタ類のホット系に加え、肉、魚料理も。フィレンツェ名物「ランプレドット(牛ギアラ煮込み)」まで、さらっと置いてある。
スタッフから、フォカッチャが仕上がるまでにお腹一杯にならないでくださいねと声がかかるが、そんなことをすっかり忘れて全種類制覇だ。

ビュッフェを2〜3順した辺りでフォカッチャが登場。見た目は大きいけれど軽くて食べやすい。小麦の味もチーズの香りもしっかりと感じられ、舌の上での触感まで記憶に残る。まるで上質のパスタやうどんを食べたときと同じ喜びだ。あっという間に食べてしまうが、その後、空前絶後の満腹感に驚愕。すでにビュッフェには戻れない。こうして取り放題といっても皿に残すことのない流れも、してやられた感アリだった。

果物はビュッフェにあるもののドルチェはない。ところが自らカップに入れるソフトクリームが食べ放題。エンディングにも遊び心を忘れていない。

日本橋高島屋レストランフロアに灯った新しいイタリア料理の潮流。10年後にはあちこちにフォカッチェリアが出来て、イタリア各地のフォカッチャを紹介しているかもしれない。こうして海外の料理が正確に日本に浸透していく姿に、ぼくは改めて期待する。

「フォカッチェリア・ブリアンツァ」
posted by 伊藤章良 at 19:20| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月01日

(116)イタリア「オステリア・フランチェスカーナ」

訪れる客の質も一流。モデナの郷土愛に
満ち溢れた世界最高峰のイタリアン


つい最近、突然謎の閉店をしてしまった某イタリアン。店主の奥様が焼くピッツァがおいしいと評判の店だった。
以前こちらで食事をしていた際、店主がぼくたちに「オレはアジアのベスト50に入るんで、イタリアンはもう辞めるんだ」と言い出した。確かに賞を獲るという観点では、日本のイタリア料理はなぜか分が悪い。しかし、炭酸水(サンペレグリノ)のメーカーがスポンサーであるランキングに対し、それほどまで強い魅力を感じるものなのかと驚いた。
ただ、このランキングが始まった当初は本当にそう受け止めていたものの、日本でのミシュラン同様、年月が経って定着すると権威も後からついてくるような気がする。
アジアのベスト50に日本のイタリア料理店は一軒のみ。しかも個人店ではなく、各国のイノベイティブ料理を渡り歩いて修業した外国人がシェフ。日本の場合、ミシュランも同様にイタリア料理への評価が低いとはよく言われることだが、ぼくは、投票者や審査員のレベルが低い、もしくはきちんとした評価基準が定められていないだけだと考えるのだが。

個人的には、ベストレストランなどにお金や知恵を投資するなら、今は成城石井でしか日常的に買えないサンペレグリノを大手コンビニで販売してほしいと切に願う。実はあの炭酸の感じが大好きなのだ。

さて、批判ばかりもよくないと思い、かたや世界のベスト50に目を向けると、イタリアのレストランは日本と同様3店がランクインしていて、しかも2018年の一位は、イタリア料理店だ。であれは、その店に行ってみようと思い立ち、イタリアはモデナまで出かけた。

モデナは、フェラーリ、バルサミコ、広義にはパルミジャーノ・レッジャーノも発祥の町である。自動車産業や食品、酪農業等、イタリアといえばが山盛りだ。世界三大テノールと言われたルチアーノ・パヴァロッティもモデナの出身。芸術のそして大人の雰囲気を感じさせる、住んでみたくなる町だった。

Googlemapをもちろん使っているものの、スマホを見ながらレストランまで歩く無様なことをしたくなかったので、ホテルフロントにて「オステリア・フランチェスカーナに行きたいんだけど・・・」と質すと、「Tonight?」と一言睨まれた。お前はこのレストランがどれだけすごいか知っているのか、今夜の予約が取れる訳はないだろうと言いたげな表情だ。
言葉が足りなかったぼくは、「いや、すでに席は取ってあるので道順が知りたい」と返すと、フロントマンの表情は180度変わった。街を見学しながらぶらぶらいくルートと最短のコースの双方を実に丁寧にレクチャー。イタリア地震のときも含め、公的な支援活動もさかんに行うこの店は、モデナの誇りでもあるのだろう。

「オステリア・フランチェスカーナ」へは、予約の15分前に着いたが、ドアに鍵がかかっている。以前は店内にウェイティングがないとミシュランで三ツ星は取れなかったとも聞く。時代は変わったなあ。そう、「オステリア・フランチェスカーナ」は、世界ベストレストラン一位とともにミシュラン三ツ星でもある。

時間まで店内に入れない分、当日の客が店の周りに集合する。中にはフェラーリを店の前に路駐して颯爽と降りてくる男女もいる。一組の女性同士をのぞきすべてがカップル。無粋な三ツ星コレクターやSNSで旗揚げして集まったようなグループは皆無。すばらしいことだ。しかも女性は今まで見たこともないような美人ばかりで、ここは映画祭のレッドカーペットかと見間違う。「オステリア・フランチェスカーナ」に誘われて断る女性もいないだろうから、予約の取りにくさに匹敵する高いレベルも納得だ。

ぼくは自分の妻とこの店に来られたことを誇りに思いつつ、糟糠の妻を伴って入店した。
店内にはジャズの名曲「バードランドの子守唄」が流れ、季節のメニューのテーマはオータム・イン・ニューヨークとあった。シーズンごとに来ることができるならそれもいいが、こちらで季節のメニューと言われてもなかなか手が出ない。しかもメインデッシュが和牛だったので、クラシックのメニューをチョイスした。

アックア(水)の希望を訊かれ、コンガス(ガス入り)と答えると、当然ながらサンペレグリノが運ばれ、食事が始まった。
この世界ベスト50に入る店は、スペイン、アメリカ、フランス、そして日本と何店舗が訪れたことがあるが、イノベイティブと言われる無国籍なフュージョン料理ばかり。その土地まで出かけているのに、その場所を感じることができない場合が多く、とろろ昆布などが皿に載って出てくると愕然とする。ところが「オステリア・フランチェスカーナ」は、以前見知ったベストとは異なった。世界ベストの流れからして、この店が一位なのか不思議だし、逆にここを一位に選ぶ世界ベストレストランを改めて見直すことにもなった。
盛り付けも派手ではない、色とりどりでもない、皿の上で何か造形やサプライズを創ろうとするでもない。それぞれの皿は、モデナへの郷土愛に満ち溢れた究極の職人技なのだ。

これはイタリア料理なのかと思わせるほど幾通りもの味のベクトルが違うソースが皿の上を満たし、その多くに地元産のバルサミコが使われる(使うためにソースを多用するのかもしれない)。ソースには、もはや泡も液体窒素もないが、どう考えても紙にしか見えない触感と食感がソースとしての存在だったり、ウナギの切り身に絶妙にまとわせた酸とほのかな甘みは、見た目もテイストも日本の蒲焼を想像させた。

シェフのマッシモ・ボットゥーラは、イノベイティブ料理の元祖ともいえる「エル・ブジ」にて修業をしたことはよく知られるが、アメリカにもいたらしい。コースの後半は、そんな経験も垣間見る。イタリアでは比較的珍しいアメリカンフーズの新解釈だ。今までベースとなってきたモデナの郷土料理は、その都度スタッフから伝えてもらわないとなかなか実感できないが、「シーザーサラダ」「ポップコーン」とくれば、世界の誰もが知る。こういったテイストに対するシェフの考えや造形を提示することによって、コーストータルでの理解を深めようという試みだろうか。
もちろんいずれも、その名の料理(スナック)とはまったく異なるが、特にアメリカへのイタリア移民が作ったとされるシーザーサラダは、様々な葉野菜が幾層にも重ねられ、しかも特徴であるパルメザンチーズを強く感じさせることなく、葉野菜の香り、というか大輪の花びらをいただいているような感覚になった。

最後に余談だが、その日店内では、公開プロポーズが催された。あらかじめレストランにお願いしていたようで、スタッフや客から惜しみない拍手が贈られ、とてもとてもステキで非日常な時間だった。というのも、プロポーズをしたカップルは、その日唯一の女性同士だったからである。

「Osteria Francescana」
https://www.osteriafrancescana.it/
posted by 伊藤章良 at 11:43| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月01日

(115)大阪「かわ原」

日本料理なら大阪が一番。
全身全霊で伝える真のうまさが染み渡る

おいしい料理が食べたい。
最近外食をするといつも最初にそう願う。
おいしさの定義は、もちろん人それぞれだ。でも、料理を提供する側から、おいしいだけの料理を作りました。ぜひ食べてください、みたいな意思や愛情が感じられないケースが多くなってきた。予約が入りすぎて多忙だったり、客の着眼点がおいしさとは別にあったり、店の目指す姿もおいしさとは次元が違ったりもしているようだ。

店名を特定するつもりもないけど、世界のベストレストランで長らく一位だったレストランが東京にもできたらしい(正確には同じ店ではないが)。世界ベストで過去一位ということは、今以上に伸びる可能性は低く落ちるばかりの店。今更なぜ東京にオープンするのだろうか。バブル期にゴッホやシャガールの絵ばかり買いあさっていた日本人と非常によく似ていて、ある一定の評価を得たもの、きちんと前例のあるものにしか手を出そうとしない、自らの価値観を持たない典型だ。

ネット上でしか見たことはないけど、すごく高いお金を払ってムシや花を食べるそうだ。金持ちの変態的享楽ならそれもありだが、果たしておいしかったねーと純粋な気持ちで店を辞することができるのだろうか。

その点、大阪はシビアである。まずは、お金に厳しい。二言目にはそんな高いもん食えるか、が合言葉。大阪の高い店は、ほとんど東京の客だったりする。そこに京都への対抗意識が加わる。なぜ喰えない葉っぱや飾りつけにまで金を出さなあかんのや、とくる。
ただしその底辺には、おいしくないものに金を払いたくない強い信念がある。ゆえ、必然的においしいものへの選択と集中はすごい。

特に日本料理は、日本でもっとも大阪が優れると最近思っている。一番分かりやすいから、そして全国がライバルだからだ。
そんな大阪割烹の潮流に数えられるのが、「とよなか桜会」だ。この店は、有名政治家・H氏が密かにここで戦略会議を開いていたことでも一部で知られる。もしH氏が今後日本を変えるような政治家になったら、歴史の教科書に載るかもしれないと勝手に思っている。
「とよなか桜会」は、エスプーマで泡状にしたダシを天ぷらに添えるなど、イノベーティブな手法を取り入れた日本料理店としても知られた。しかしそれは、ダシに浸して天ぷらの衣を殺してしまうことなくダシの香りも楽しむための工夫。さらなるおいしさを求めてイノベーティブな技を取り入れたのみで、客を驚かせるためではない。というか、ここまで世界中に料理写真が配布されネタバレが連続すると、見て驚くようなイノベーティブ料理は、写真を撮られた瞬間から時代遅れだ。

「とよなか桜会」門下からは、大阪福島に「楽心」をオーブンした弟子がいて、そこも大変すばらしいものの、今回は新たに登場した同じ一門の「かわ原」を取り上げたい。
場所は中津。大分ではなく大阪市北区。大阪梅田から歩いても大した距離ではない。というか、ぼくは大学時代、この中津で暮らしていた。京都の大学に通うのにわざわざ大阪で住むことにこだわった。それだけ便利で意外と静かな優れたエリアだ。

しかも「かわ原」は、大阪の大幹線道路である新御堂筋から一本脇の路地ながら、京都の町屋風情な渋い木造二階建て。よくこんな場所を見つけたなあ。30年前に暮らした中津にこんな建物があったこと自体、驚かされた。
そこを上手にリモデルし、玄関から少し折れ曲がりつつ進むと、喧騒を打ち消す静謐なカウンター席が現れる。

料理には全国各地から優れた旬の食材を集めるが、それぞれを惜しみなく組み合わせる度量が頼もしい。果物、野菜、キノコ、魚、そして極め付けのダシ。各種の食材が皿の上での突然の出会いを喜んでいる様子が客にも伝わってくる。一つ一つで十分おいしいのに、さらにお互いを持ち上げて相乗効果をもたらすアイデアが随所にある。

そして、巧みな組合せで新たな味覚を提供されても、ほんの小量しか皿の上にないとそこを感じる前に終ることも多い。いっぽう「かわ原」は、ひと皿に十分なまで盛り込まれるので、気づき確認しそしてまた気づく、を繰り返すことができる。そこまでやってこそおいしさの提供だと言わんばかりの大阪スピリット。

「これ、おいしいでしょ。けど、けっこう仕入れ高いんですよ」みたいなことを、さらっと平気で言うのも、カッコつけない大阪たる所以。威圧的なところは微塵もなく、あくまで低姿勢を保ち座を和ませ感動を共有する。高い調理技術を持ちながら、あくまで人対人として客をもてなす心を忘れない。少々の不手際やドタバタも、さっと笑いに替えてしまう話術は、大阪で培われた賜物だろう。小さなほつれが大きなほころびとなることも多い、特に客と対面なカウンターでの食事には、さらに欠かせない魅力だ。

威風堂々なのも、苦虫を噛み潰したような表情を変えないのも、一種のスタイルだろう。だか、笑顔の中においしさの相乗効果が生まれるのも間違いのない事実だ。人間力すぺてを使って、おいしさを感じてもらおうとする料理人の精神に触れるときこそ、食べ歩きの真の愉しさを知る瞬間なのかもしれない。
「かわ原」にて、改めてそれを知ることとなった。

「かわ原」
●大阪府大阪市北区豊崎2-4-21
●06-6131-4668
●11:30〜14:00 17:30〜(LO21:00)
●不定休
posted by 伊藤章良 at 10:32| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月01日

(114)軽井沢「ラ・モンタニョン」

気分も最高潮。軽井沢で出会った
魂こもった小さなビストロ

最近の東京の食シーンでは、地方で名を馳せた、というと聞こえはいいが、地方で食べログにて高い点を得た店が東京に進出してくるケースが後を絶たない。行った自慢、食べた自慢が主軸の食べログでは、わざわざ遠方の店まで出かけている自分はすごいというバイアスがかかり、採点も甘くなりがち。
その地に存在してこそ輝く店であることを評価基準とすべきだし、タイヤメーカー「ミシュラン」の販促ツール『ミシュランガイド』のように、旅をしても行くべき、みたいな考え方が理想なのだが‥‥‥。

そんなレストランが、何ゆえゴミゴミした東京の真ん中で再オープンするのか。正直、何のワクワク感も期待もない。ましてや、全国各地で異彩を放っていたからこそ貴重なので、東京に来れば、大都市で切磋琢磨している店々に埋もれてしまうばかりか、対抗するのも困難が予想される。

おそらくは、東京の資産家・投資家が、東京でやらないかと声をかけるのだろう。もちろん地方でそれなりの名声を得ても、大都市で勝負してみたいとする料理人も多いに違いない。さらに、どの店も大変な高額と聞く。そりゃ当然だ。投資家に吸い上げられる分を客は負担させなければならない。

ところが、とんでもない高額もどこ吹く風で、それなりに席は埋まっているようだ。そんな店に浸食を許すぐらい東京のレストランは脆弱なのかと気の毒かつ寂しくなる。『浮かれた』客側も、投資家に大半を吸い上げられているにもかかわらず、地方から来た料理人の店に大枚を払う。


ならば今回は、東京を離れ地方で気を吐くレストランを取り上げてみたい。
場所は軽井沢である。ぼくは軽井沢で開かれるクーカル(「食う軽井沢」からのネーミング)というイベントの立ち上げ時のメンバーのひとりで、当時、少しだけお手伝いをしていた。ゆえ、その時は頻繁に軽井沢に行き現地のレストランにも足を運んだが、これといって印象に残る店とは出会えなかった。

当然だ。軽井沢は築地と同様に巨大な観光地である。観光地にうまいものなしとは世界の共通語。ところが意外にも、軽井沢のメインストリート、旧軽銀座の片隅にその店はある。
「ラ・モンタニョン」は、4人掛けが一卓、2人用が二卓、合計8席の小さなフランス料理店。「山の民の燻製」とも銘打つように、自家製シャルキュトリ(肉の加工品)の販売も兼ねている。
いっぽう、ダイニングで食事の際、「ラ・モンタニョン」のスペシャリテは舌平目のムニエルだと軽井沢在住の民から聞かされた。そんな外枠情報だけでも、゛ぼくのワクワク感は最高潮となっていた。

そして。
シェフ一人、マダム一人のミニマムな空間ながら、ぼくが今一番食べたいフランス料理が「ラ・モンタニョン」には揃っていた。

メニューにあれば、アンドゥイエットがマストと教えられたものの、訪れた日はなくて(といっても、都心のビストロでも今やほんどお目にかかることがないが)「豚足の焼テリーヌ アピシウス風」をチョイス。食感のバラエティさ、香り複雑さ、加えて焼きが呼び込むアドレナリン。この一皿でアンドゥイエットに巡り合えなかった寂しさは一気に紛れた。

舌平目のムニエルはもう、見た目から「鰻の蒲焼ビストロ風」とでも表現しようか。分厚く香ばしくクリーミー。添えられたバターライスがさらに鰻丼感を増長する。「牛肉やトリッパ(牛の内臓)の煮込み」も、ユーラシア大陸など軽く越えて、フランスそのものに降り立った自分がいた。

わずは8席の店をここに紹介するかどうか、少し迷った。でも、軽井沢の地で一人孤独に奮闘するシェフの姿を拝見し、すばらしい料理や人柄にも接し、やはり書きたくなった。
加えて「ラ・モンタニョン」は、ガイドブック的には「ナポリタン」が名物となってウェブ等に登場する。ぼくが訪問した日も、ぼくたち以外の客は全員ナポリタンを食べていた。ナポリタンはシャルキュトリを作る際に出た切れ端の肉を使っているそうで、そりゃウマイに決まっている。それ以上に、ナポリタンを軽く凌駕するメニューの数々がこの店にはあることをお伝えしたかった。

夏の観光シーズンは少々大変かと拝察するが、1月〜3月を閉める以外は通年でオープンされるという。秋口以降、寒くなってきたら、ぼくにとって「ラ・モンタニョン」の温かい煮込み料理が毎年の定番となりそうな気配だ。

「ラ・モンタニョン」
●長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢668 軽井沢ショッピングアレイ 2F
●0267-41-6401
●11:00〜20:00
●水休
posted by 伊藤章良 at 09:11| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

(113)渋谷「酒井商会」

懐痛めず大人が楽しめる
“中庸“なダイニング

15年以上前、情報ポータルサイトに週一で寄稿していた時期があった。食べログもなく今ほどレストラン情報に溢れていなかった時代。けっこう重宝されていたようで、今でも時々、ずっと読んでましたと言ってくださる方に出会う。

そんな方々は総じて、いわゆるダイニングバーで創作という名の素人料理と色付きのアルコールを飲んで女子を口説くことばかり考えていたが、伊藤のような「食べ歩く」楽しみがあるのかと衝撃だったという。しかも伊藤が紹介する店に女性を連れて行く方が確実に口説ける、みたいな話もされる。

確かにダイニングバーと呼ばれる飲食形態があり、今でも食べログ等のサイトにはカテゴリとして残っている。アルバイトが簡単に作れそうなインスタント料理と紙パックからグラスに移しただけの甘いカクテル。一度行けば、もう次の展開は期待できません、みたいな印象が残っている。

ダイニングバーなる言葉が生まれておそらく20余年。調理器具の進化や料理人の腕前も上がり、優れた食材を仕入れレストラン並みの料理が提供できる今。酒も和洋含めて酒屋の情報力やサーブする側のスキルもついてきた。というか、数本こだわった酒を常備することで、店のイメージが格段に上がるという簡単な仕組みに気づいたのである。こうして、美味しい料理とえりすぐりの酒が待っている、もはやダイニングバーと呼べない業態ができ始めた。居酒屋に比べ格調高い雰囲気、割烹より安価。フレンチ・イタリアンほど堅ぐるしくなく、オーセンティックなバーにはない優しさやカジュアルな側面も備える。

本来なら、「ダイニングバー」ではなく別の新たな名前を提案したいぐらいだが、それはやはり難しい。ただ、恐ろしく安価で揚げた油で二日酔いになりそうな居酒屋カテゴリと、天井知らずの価格上昇をもろともしない一部の金持ちとコレクターのための店。今やその上下両極端での凌ぎ合いを他山の石として、一番求められているのが、いずれでもないポジションなのだ。
いわゆる中庸の徳、というのだろうか。外食の愉しみを知った大人が、そんなに大きく懐を痛めることなく寛げる空間。

最近は、折に触れてこのタイプばかりが自分の選択肢に上がり取り上げたい店も数多いが、今回は「酒井商会」にしてみた。何屋か分からない、まして飲食店とも思えない名前ながら、一度見聞きしたら決して忘れることはない。この店の店主は、創業以来ずっと中庸を貫き、今や時代がやっと追いついてきた感のある中村悌二氏率いるフェアグランド出身である。

場所は渋谷警察の裏。大規模工事中の渋谷駅周辺において、これから密かなグルメスポットに成長する予感のエリア。「酒井商会」の店主、酒井英彰氏は、目と鼻の先「並木橋なかむら」に勤めていたというから、中村代表はさすがの太っ腹だ。

店の看板も出ていない古いビルの2階。階段を上がると立派なドアがあるので開けそうになるがそこは化粧室。右側がお店の入口だ。入店すると一瞬で世界は変わる。過不足のない落ち着いた空間。まずその段階で約束された『寛ぎ』にすでに高揚する。キッチンを囲むような長いカウンター、そして奥にはテーブル席も。

どこに保管されていて、どこで調理するのだろうと不安なるぐらい、料理のメニューは多岐にわたり、お酒の種類も豊富だ。じっくり眺めながら逡巡するのも楽しみのひとつといえよう。いっぽうで、好みを伝えて料理も酒もお任せするという手立ても悪くない。特に「お惣菜」を盛り合わせでお願いすれば、小粋な割烹をも凌駕する気の利いた詰め合わせが登場する。

中村門下の特徴の一つでもあるが、スタッフそれぞれの動きに無駄がなく小気味よい。特に料理を本当に効率的に作るなあと感心する。もちろん満席の中、決してスタッフは潤沢ではないが料理やお酒の提供にストレスを感じることがない。しかも、メニューの一つ一つに工夫が凝らされ、居酒屋にありがちな塩味で酒量を増やす作戦ではなく、ダシを利かせた料理で酒を楽しませる。特に、揚げ物に多くのバリエーションや技が光るのは、元々西洋料理も経験してきたと語る店主の幅広さだろうか。

欲を言えば、あまり混んでほしくない店ではある。でも、新・大人の食べあるき読者は、この店にふさわしい客であると信じてお伝えしたい。

「酒井商会」
●東京都渋谷区渋谷3-6-18 萩津ビル2階
●070-4470-7621
●18:00-26:00(LO25:00)
●日休
posted by 伊藤章良 at 06:35| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする