いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2018年10月01日

(116)イタリア「オステリア・フランチェスカーナ」

訪れる客の質も一流。モデナの郷土愛に
満ち溢れた世界最高峰のイタリアン


つい最近、突然謎の閉店をしてしまった某イタリアン。店主の奥様が焼くピッツァがおいしいと評判の店だった。
以前こちらで食事をしていた際、店主がぼくたちに「オレはアジアのベスト50に入るんで、イタリアンはもう辞めるんだ」と言い出した。確かに賞を獲るという観点では、日本のイタリア料理はなぜか分が悪い。しかし、炭酸水(サンペレグリノ)のメーカーがスポンサーであるランキングに対し、それほどまで強い魅力を感じるものなのかと驚いた。
ただ、このランキングが始まった当初は本当にそう受け止めていたものの、日本でのミシュラン同様、年月が経って定着すると権威も後からついてくるような気がする。
アジアのベスト50に日本のイタリア料理店は一軒のみ。しかも個人店ではなく、各国のイノベイティブ料理を渡り歩いて修業した外国人がシェフ。日本の場合、ミシュランも同様にイタリア料理への評価が低いとはよく言われることだが、ぼくは、投票者や審査員のレベルが低い、もしくはきちんとした評価基準が定められていないだけだと考えるのだが。

個人的には、ベストレストランなどにお金や知恵を投資するなら、今は成城石井でしか日常的に買えないサンペレグリノを大手コンビニで販売してほしいと切に願う。実はあの炭酸の感じが大好きなのだ。

さて、批判ばかりもよくないと思い、かたや世界のベスト50に目を向けると、イタリアのレストランは日本と同様3店がランクインしていて、しかも2018年の一位は、イタリア料理店だ。であれは、その店に行ってみようと思い立ち、イタリアはモデナまで出かけた。

モデナは、フェラーリ、バルサミコ、広義にはパルミジャーノ・レッジャーノも発祥の町である。自動車産業や食品、酪農業等、イタリアといえばが山盛りだ。世界三大テノールと言われたルチアーノ・パヴァロッティもモデナの出身。芸術のそして大人の雰囲気を感じさせる、住んでみたくなる町だった。

Googlemapをもちろん使っているものの、スマホを見ながらレストランまで歩く無様なことをしたくなかったので、ホテルフロントにて「オステリア・フランチェスカーナに行きたいんだけど・・・」と質すと、「Tonight?」と一言睨まれた。お前はこのレストランがどれだけすごいか知っているのか、今夜の予約が取れる訳はないだろうと言いたげな表情だ。
言葉が足りなかったぼくは、「いや、すでに席は取ってあるので道順が知りたい」と返すと、フロントマンの表情は180度変わった。街を見学しながらぶらぶらいくルートと最短のコースの双方を実に丁寧にレクチャー。イタリア地震のときも含め、公的な支援活動もさかんに行うこの店は、モデナの誇りでもあるのだろう。

「オステリア・フランチェスカーナ」へは、予約の15分前に着いたが、ドアに鍵がかかっている。以前は店内にウェイティングがないとミシュランで三ツ星は取れなかったとも聞く。時代は変わったなあ。そう、「オステリア・フランチェスカーナ」は、世界ベストレストラン一位とともにミシュラン三ツ星でもある。

時間まで店内に入れない分、当日の客が店の周りに集合する。中にはフェラーリを店の前に路駐して颯爽と降りてくる男女もいる。一組の女性同士をのぞきすべてがカップル。無粋な三ツ星コレクターやSNSで旗揚げして集まったようなグループは皆無。すばらしいことだ。しかも女性は今まで見たこともないような美人ばかりで、ここは映画祭のレッドカーペットかと見間違う。「オステリア・フランチェスカーナ」に誘われて断る女性もいないだろうから、予約の取りにくさに匹敵する高いレベルも納得だ。

ぼくは自分の妻とこの店に来られたことを誇りに思いつつ、糟糠の妻を伴って入店した。
店内にはジャズの名曲「バードランドの子守唄」が流れ、季節のメニューのテーマはオータム・イン・ニューヨークとあった。シーズンごとに来ることができるならそれもいいが、こちらで季節のメニューと言われてもなかなか手が出ない。しかもメインデッシュが和牛だったので、クラシックのメニューをチョイスした。

アックア(水)の希望を訊かれ、コンガス(ガス入り)と答えると、当然ながらサンペレグリノが運ばれ、食事が始まった。
この世界ベスト50に入る店は、スペイン、アメリカ、フランス、そして日本と何店舗が訪れたことがあるが、イノベイティブと言われる無国籍なフュージョン料理ばかり。その土地まで出かけているのに、その場所を感じることができない場合が多く、とろろ昆布などが皿に載って出てくると愕然とする。ところが「オステリア・フランチェスカーナ」は、以前見知ったベストとは異なった。世界ベストの流れからして、この店が一位なのか不思議だし、逆にここを一位に選ぶ世界ベストレストランを改めて見直すことにもなった。
盛り付けも派手ではない、色とりどりでもない、皿の上で何か造形やサプライズを創ろうとするでもない。それぞれの皿は、モデナへの郷土愛に満ち溢れた究極の職人技なのだ。

これはイタリア料理なのかと思わせるほど幾通りもの味のベクトルが違うソースが皿の上を満たし、その多くに地元産のバルサミコが使われる(使うためにソースを多用するのかもしれない)。ソースには、もはや泡も液体窒素もないが、どう考えても紙にしか見えない触感と食感がソースとしての存在だったり、ウナギの切り身に絶妙にまとわせた酸とほのかな甘みは、見た目もテイストも日本の蒲焼を想像させた。

シェフのマッシモ・ボットゥーラは、イノベイティブ料理の元祖ともいえる「エル・ブジ」にて修業をしたことはよく知られるが、アメリカにもいたらしい。コースの後半は、そんな経験も垣間見る。イタリアでは比較的珍しいアメリカンフーズの新解釈だ。今までベースとなってきたモデナの郷土料理は、その都度スタッフから伝えてもらわないとなかなか実感できないが、「シーザーサラダ」「ポップコーン」とくれば、世界の誰もが知る。こういったテイストに対するシェフの考えや造形を提示することによって、コーストータルでの理解を深めようという試みだろうか。
もちろんいずれも、その名の料理(スナック)とはまったく異なるが、特にアメリカへのイタリア移民が作ったとされるシーザーサラダは、様々な葉野菜が幾層にも重ねられ、しかも特徴であるパルメザンチーズを強く感じさせることなく、葉野菜の香り、というか大輪の花びらをいただいているような感覚になった。

最後に余談だが、その日店内では、公開プロポーズが催された。あらかじめレストランにお願いしていたようで、スタッフや客から惜しみない拍手が贈られ、とてもとてもステキで非日常な時間だった。というのも、プロポーズをしたカップルは、その日唯一の女性同士だったからである。

「Osteria Francescana」
https://www.osteriafrancescana.it/
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2018年09月01日

(115)大阪「かわ原」

日本料理なら大阪が一番。
全身全霊で伝える真のうまさが染み渡る

おいしい料理が食べたい。
最近外食をするといつも最初にそう願う。
おいしさの定義は、もちろん人それぞれだ。でも、料理を提供する側から、おいしいだけの料理を作りました。ぜひ食べてください、みたいな意思や愛情が感じられないケースが多くなってきた。予約が入りすぎて多忙だったり、客の着眼点がおいしさとは別にあったり、店の目指す姿もおいしさとは次元が違ったりもしているようだ。

店名を特定するつもりもないけど、世界のベストレストランで長らく一位だったレストランが東京にもできたらしい(正確には同じ店ではないが)。世界ベストで過去一位ということは、今以上に伸びる可能性は低く落ちるばかりの店。今更なぜ東京にオープンするのだろうか。バブル期にゴッホやシャガールの絵ばかり買いあさっていた日本人と非常によく似ていて、ある一定の評価を得たもの、きちんと前例のあるものにしか手を出そうとしない、自らの価値観を持たない典型だ。

ネット上でしか見たことはないけど、すごく高いお金を払ってムシや花を食べるそうだ。金持ちの変態的享楽ならそれもありだが、果たしておいしかったねーと純粋な気持ちで店を辞することができるのだろうか。

その点、大阪はシビアである。まずは、お金に厳しい。二言目にはそんな高いもん食えるか、が合言葉。大阪の高い店は、ほとんど東京の客だったりする。そこに京都への対抗意識が加わる。なぜ喰えない葉っぱや飾りつけにまで金を出さなあかんのや、とくる。
ただしその底辺には、おいしくないものに金を払いたくない強い信念がある。ゆえ、必然的においしいものへの選択と集中はすごい。

特に日本料理は、日本でもっとも大阪が優れると最近思っている。一番分かりやすいから、そして全国がライバルだからだ。
そんな大阪割烹の潮流に数えられるのが、「とよなか桜会」だ。この店は、有名政治家・H氏が密かにここで戦略会議を開いていたことでも一部で知られる。もしH氏が今後日本を変えるような政治家になったら、歴史の教科書に載るかもしれないと勝手に思っている。
「とよなか桜会」は、エスプーマで泡状にしたダシを天ぷらに添えるなど、イノベーティブな手法を取り入れた日本料理店としても知られた。しかしそれは、ダシに浸して天ぷらの衣を殺してしまうことなくダシの香りも楽しむための工夫。さらなるおいしさを求めてイノベーティブな技を取り入れたのみで、客を驚かせるためではない。というか、ここまで世界中に料理写真が配布されネタバレが連続すると、見て驚くようなイノベーティブ料理は、写真を撮られた瞬間から時代遅れだ。

「とよなか桜会」門下からは、大阪福島に「楽心」をオーブンした弟子がいて、そこも大変すばらしいものの、今回は新たに登場した同じ一門の「かわ原」を取り上げたい。
場所は中津。大分ではなく大阪市北区。大阪梅田から歩いても大した距離ではない。というか、ぼくは大学時代、この中津で暮らしていた。京都の大学に通うのにわざわざ大阪で住むことにこだわった。それだけ便利で意外と静かな優れたエリアだ。

しかも「かわ原」は、大阪の大幹線道路である新御堂筋から一本脇の路地ながら、京都の町屋風情な渋い木造二階建て。よくこんな場所を見つけたなあ。30年前に暮らした中津にこんな建物があったこと自体、驚かされた。
そこを上手にリモデルし、玄関から少し折れ曲がりつつ進むと、喧騒を打ち消す静謐なカウンター席が現れる。

料理には全国各地から優れた旬の食材を集めるが、それぞれを惜しみなく組み合わせる度量が頼もしい。果物、野菜、キノコ、魚、そして極め付けのダシ。各種の食材が皿の上での突然の出会いを喜んでいる様子が客にも伝わってくる。一つ一つで十分おいしいのに、さらにお互いを持ち上げて相乗効果をもたらすアイデアが随所にある。

そして、巧みな組合せで新たな味覚を提供されても、ほんの小量しか皿の上にないとそこを感じる前に終ることも多い。いっぽう「かわ原」は、ひと皿に十分なまで盛り込まれるので、気づき確認しそしてまた気づく、を繰り返すことができる。そこまでやってこそおいしさの提供だと言わんばかりの大阪スピリット。

「これ、おいしいでしょ。けど、けっこう仕入れ高いんですよ」みたいなことを、さらっと平気で言うのも、カッコつけない大阪たる所以。威圧的なところは微塵もなく、あくまで低姿勢を保ち座を和ませ感動を共有する。高い調理技術を持ちながら、あくまで人対人として客をもてなす心を忘れない。少々の不手際やドタバタも、さっと笑いに替えてしまう話術は、大阪で培われた賜物だろう。小さなほつれが大きなほころびとなることも多い、特に客と対面なカウンターでの食事には、さらに欠かせない魅力だ。

威風堂々なのも、苦虫を噛み潰したような表情を変えないのも、一種のスタイルだろう。だか、笑顔の中においしさの相乗効果が生まれるのも間違いのない事実だ。人間力すぺてを使って、おいしさを感じてもらおうとする料理人の精神に触れるときこそ、食べ歩きの真の愉しさを知る瞬間なのかもしれない。
「かわ原」にて、改めてそれを知ることとなった。

「かわ原」
●大阪府大阪市北区豊崎2-4-21
●06-6131-4668
●11:30〜14:00 17:30〜(LO21:00)
●不定休
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2018年08月01日

(114)軽井沢「ラ・モンタニョン」

気分も最高潮。軽井沢で出会った
魂こもった小さなビストロ

最近の東京の食シーンでは、地方で名を馳せた、というと聞こえはいいが、地方で食べログにて高い点を得た店が東京に進出してくるケースが後を絶たない。行った自慢、食べた自慢が主軸の食べログでは、わざわざ遠方の店まで出かけている自分はすごいというバイアスがかかり、採点も甘くなりがち。
その地に存在してこそ輝く店であることを評価基準とすべきだし、タイヤメーカー「ミシュラン」の販促ツール『ミシュランガイド』のように、旅をしても行くべき、みたいな考え方が理想なのだが‥‥‥。

そんなレストランが、何ゆえゴミゴミした東京の真ん中で再オープンするのか。正直、何のワクワク感も期待もない。ましてや、全国各地で異彩を放っていたからこそ貴重なので、東京に来れば、大都市で切磋琢磨している店々に埋もれてしまうばかりか、対抗するのも困難が予想される。

おそらくは、東京の資産家・投資家が、東京でやらないかと声をかけるのだろう。もちろん地方でそれなりの名声を得ても、大都市で勝負してみたいとする料理人も多いに違いない。さらに、どの店も大変な高額と聞く。そりゃ当然だ。投資家に吸い上げられる分を客は負担させなければならない。

ところが、とんでもない高額もどこ吹く風で、それなりに席は埋まっているようだ。そんな店に浸食を許すぐらい東京のレストランは脆弱なのかと気の毒かつ寂しくなる。『浮かれた』客側も、投資家に大半を吸い上げられているにもかかわらず、地方から来た料理人の店に大枚を払う。


ならば今回は、東京を離れ地方で気を吐くレストランを取り上げてみたい。
場所は軽井沢である。ぼくは軽井沢で開かれるクーカル(「食う軽井沢」からのネーミング)というイベントの立ち上げ時のメンバーのひとりで、当時、少しだけお手伝いをしていた。ゆえ、その時は頻繁に軽井沢に行き現地のレストランにも足を運んだが、これといって印象に残る店とは出会えなかった。

当然だ。軽井沢は築地と同様に巨大な観光地である。観光地にうまいものなしとは世界の共通語。ところが意外にも、軽井沢のメインストリート、旧軽銀座の片隅にその店はある。
「ラ・モンタニョン」は、4人掛けが一卓、2人用が二卓、合計8席の小さなフランス料理店。「山の民の燻製」とも銘打つように、自家製シャルキュトリ(肉の加工品)の販売も兼ねている。
いっぽう、ダイニングで食事の際、「ラ・モンタニョン」のスペシャリテは舌平目のムニエルだと軽井沢在住の民から聞かされた。そんな外枠情報だけでも、゛ぼくのワクワク感は最高潮となっていた。

そして。
シェフ一人、マダム一人のミニマムな空間ながら、ぼくが今一番食べたいフランス料理が「ラ・モンタニョン」には揃っていた。

メニューにあれば、アンドゥイエットがマストと教えられたものの、訪れた日はなくて(といっても、都心のビストロでも今やほんどお目にかかることがないが)「豚足の焼テリーヌ アピシウス風」をチョイス。食感のバラエティさ、香り複雑さ、加えて焼きが呼び込むアドレナリン。この一皿でアンドゥイエットに巡り合えなかった寂しさは一気に紛れた。

舌平目のムニエルはもう、見た目から「鰻の蒲焼ビストロ風」とでも表現しようか。分厚く香ばしくクリーミー。添えられたバターライスがさらに鰻丼感を増長する。「牛肉やトリッパ(牛の内臓)の煮込み」も、ユーラシア大陸など軽く越えて、フランスそのものに降り立った自分がいた。

わずは8席の店をここに紹介するかどうか、少し迷った。でも、軽井沢の地で一人孤独に奮闘するシェフの姿を拝見し、すばらしい料理や人柄にも接し、やはり書きたくなった。
加えて「ラ・モンタニョン」は、ガイドブック的には「ナポリタン」が名物となってウェブ等に登場する。ぼくが訪問した日も、ぼくたち以外の客は全員ナポリタンを食べていた。ナポリタンはシャルキュトリを作る際に出た切れ端の肉を使っているそうで、そりゃウマイに決まっている。それ以上に、ナポリタンを軽く凌駕するメニューの数々がこの店にはあることをお伝えしたかった。

夏の観光シーズンは少々大変かと拝察するが、1月〜3月を閉める以外は通年でオープンされるという。秋口以降、寒くなってきたら、ぼくにとって「ラ・モンタニョン」の温かい煮込み料理が毎年の定番となりそうな気配だ。

「ラ・モンタニョン」
●長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢668 軽井沢ショッピングアレイ 2F
●0267-41-6401
●11:00〜20:00
●水休
posted by 伊藤章良 at 09:11| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

(113)渋谷「酒井商会」

懐痛めず大人が楽しめる
“中庸“なダイニング

15年以上前、情報ポータルサイトに週一で寄稿していた時期があった。食べログもなく今ほどレストラン情報に溢れていなかった時代。けっこう重宝されていたようで、今でも時々、ずっと読んでましたと言ってくださる方に出会う。

そんな方々は総じて、いわゆるダイニングバーで創作という名の素人料理と色付きのアルコールを飲んで女子を口説くことばかり考えていたが、伊藤のような「食べ歩く」楽しみがあるのかと衝撃だったという。しかも伊藤が紹介する店に女性を連れて行く方が確実に口説ける、みたいな話もされる。

確かにダイニングバーと呼ばれる飲食形態があり、今でも食べログ等のサイトにはカテゴリとして残っている。アルバイトが簡単に作れそうなインスタント料理と紙パックからグラスに移しただけの甘いカクテル。一度行けば、もう次の展開は期待できません、みたいな印象が残っている。

ダイニングバーなる言葉が生まれておそらく20余年。調理器具の進化や料理人の腕前も上がり、優れた食材を仕入れレストラン並みの料理が提供できる今。酒も和洋含めて酒屋の情報力やサーブする側のスキルもついてきた。というか、数本こだわった酒を常備することで、店のイメージが格段に上がるという簡単な仕組みに気づいたのである。こうして、美味しい料理とえりすぐりの酒が待っている、もはやダイニングバーと呼べない業態ができ始めた。居酒屋に比べ格調高い雰囲気、割烹より安価。フレンチ・イタリアンほど堅ぐるしくなく、オーセンティックなバーにはない優しさやカジュアルな側面も備える。

本来なら、「ダイニングバー」ではなく別の新たな名前を提案したいぐらいだが、それはやはり難しい。ただ、恐ろしく安価で揚げた油で二日酔いになりそうな居酒屋カテゴリと、天井知らずの価格上昇をもろともしない一部の金持ちとコレクターのための店。今やその上下両極端での凌ぎ合いを他山の石として、一番求められているのが、いずれでもないポジションなのだ。
いわゆる中庸の徳、というのだろうか。外食の愉しみを知った大人が、そんなに大きく懐を痛めることなく寛げる空間。

最近は、折に触れてこのタイプばかりが自分の選択肢に上がり取り上げたい店も数多いが、今回は「酒井商会」にしてみた。何屋か分からない、まして飲食店とも思えない名前ながら、一度見聞きしたら決して忘れることはない。この店の店主は、創業以来ずっと中庸を貫き、今や時代がやっと追いついてきた感のある中村悌二氏率いるフェアグランド出身である。

場所は渋谷警察の裏。大規模工事中の渋谷駅周辺において、これから密かなグルメスポットに成長する予感のエリア。「酒井商会」の店主、酒井英彰氏は、目と鼻の先「並木橋なかむら」に勤めていたというから、中村代表はさすがの太っ腹だ。

店の看板も出ていない古いビルの2階。階段を上がると立派なドアがあるので開けそうになるがそこは化粧室。右側がお店の入口だ。入店すると一瞬で世界は変わる。過不足のない落ち着いた空間。まずその段階で約束された『寛ぎ』にすでに高揚する。キッチンを囲むような長いカウンター、そして奥にはテーブル席も。

どこに保管されていて、どこで調理するのだろうと不安なるぐらい、料理のメニューは多岐にわたり、お酒の種類も豊富だ。じっくり眺めながら逡巡するのも楽しみのひとつといえよう。いっぽうで、好みを伝えて料理も酒もお任せするという手立ても悪くない。特に「お惣菜」を盛り合わせでお願いすれば、小粋な割烹をも凌駕する気の利いた詰め合わせが登場する。

中村門下の特徴の一つでもあるが、スタッフそれぞれの動きに無駄がなく小気味よい。特に料理を本当に効率的に作るなあと感心する。もちろん満席の中、決してスタッフは潤沢ではないが料理やお酒の提供にストレスを感じることがない。しかも、メニューの一つ一つに工夫が凝らされ、居酒屋にありがちな塩味で酒量を増やす作戦ではなく、ダシを利かせた料理で酒を楽しませる。特に、揚げ物に多くのバリエーションや技が光るのは、元々西洋料理も経験してきたと語る店主の幅広さだろうか。

欲を言えば、あまり混んでほしくない店ではある。でも、新・大人の食べあるき読者は、この店にふさわしい客であると信じてお伝えしたい。

「酒井商会」
●東京都渋谷区渋谷3-6-18 萩津ビル2階
●070-4470-7621
●18:00-26:00(LO25:00)
●日休
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2018年06月02日

(112)滋賀「セジール」

豪快かつ繊細な焼き加減が光る
精肉店のカリスマオーナーのレストラン


滋賀県草津市に、「サカエヤ」という近江牛をメインとした精肉店がある。ご存知の方も多いことだろう。こちらの社長新保吉伸氏は、今や肉の業界で、ウェブ上ではもっとも著名な人かもしれない。
個人的にも新保さんを存じ上げているが、新保さんのブログ「牛肉魂」は、お目にかかる以前から愛読していて、そのブログで牛肉、特に熟成について密かに学んでいた。

新保さんは、但馬産の黒毛和牛をルーツに持つ近江牛の精肉店を南草津で営むが、現在では近江牛に限らず全国から消費者(特にプロの料理人)が求める牛肉を扱い、牛肉以外にも、高校生が育成すると話題の愛農ポーク等も揃える。
新保さんが優れているのは、キチンとリアルに牛の生産者と向き合いながら、流通や情報伝達にITやウェブを活用したことにつきる。

新保さんは、注文があったとしてもすべての方に「サカエヤ」の肉を卸さないと知られているものの、何度か東京で食べる機会に恵まれた。ただ、そこで味わう「サカエヤ」の肉が他とどう違うのか、あまりわからなかったし愛読していた新保さんの解説に基づいて出来上がったイメージとも合致しなかった。
それほど肉を焼くのは難しい。しかも個体差があって都度対応するノウハウも、東京のシェフや店の厨房能力では限界があるに違いないと、なんとなく感じていた。

そんな思いは、食べ手のぼく以上に新保さん自身にあったのだろう。2017年秋、「サカエヤ」店舗の隣りに(正確には移転した新店舗に併設して)「セジール」というレストランをオープン。
ぼくの周りにも新保さんファンは多く、彼自身の店を歓迎。昨年から滋賀まで出かけていたが、彼ら彼女らの話を聞くと、今一つ肉の「焼き」には、完成されているとは受け止めにくかった。
オープン8か月を過ぎたころ、新保さんはご両親を初めて店に呼んだとも伺い、そろそろ行き時と判断したぼくは、滋賀県の南草津まで出かけたのだった。

JR京都駅から20分ぐらいだろうか。この辺は京都のベッドタウンでもあり、感覚としては都心から練馬あたりに向かうムード。南草津駅で降り、そこからバスかタクシーという微妙な距離。気候もいいので歩いてみるかと、ぶらぶら行動に移した。

遠かった。そして道中はごくありふれたバス道路だった。しかし、「サカエヤ」の駐車場が見えてくると、今までの疲れが吹っ飛ばしてくれるようなカッコいい外観。併設されたレストラン「セジール」のエントランスは、ヨーロッパの郊外にあるミシュラン三ツ星レストランを想起したと言っても大げさではない。

穏やかでゆったりとしたスタッフに導かれて店内へ。きちんとレセプションがあり、ダイニングに進むと大きな窓の向こうにテラス。さらにその先が海だったら地中海沿岸にあっても不思議ではない風情。残念ながら、そこは日本のありふれた日常ではあるが。

肉を食べに来たので、肉しか眼中にはない。シャルキュトリー(ハム、ソーセージなどの肉の加工品)とタルタルを前菜に選ぶ。意外といったら失礼だが繊細で優しい味。シェフが元々フランス料理だったことが頷ける仕上がりだ。ビストロの感覚ではなく、その上の印象である。肉についてはシェフと相談。その日に用意された三種類の肉の食べ比べはいかがという。鹿児島産の熟成肉、近江牛ランプ、そして愛農ポーク。

いずれの「焼き加減」も、ここまで来てやっと納得、と膝を打つ。肉を知り尽くした職人が最適な方向で切り落とした塊を、時間をかけ入念に直火にかざしては休ませを繰り返す。肉にしっかりと熱が伝わり、やすやすとは逃げない状態にまで閉じ込めてある。二切目、三切目と食べ進んでも温度が下がらず、最初の美味しさが持続する。
さらに、脂身のうまさが特に際立つ。肉自体が上質ということもあるだろう。しかし、脂身へは赤身以上に入念に火を入れ、おいしくなるまでじっくりと焼き上げている証左だ。脂身に火が通るまで時間をかけると赤身肉はうま味が抜けてパサつくような気もする。東京で食べた「サカエヤ」の肉には、そういった傾向もみられた。ただ、さすがに「セジール」は違う。脂身も赤身も同様に、しっとりと舌に纏わりつく感じが心地よい。

テーブルに顔を出された新保さんは、やっと「サカエヤ」の肉の特徴をシェフが理解し、さらに「セジール」とは、フランス料理ではなく「肉を焼く」をメインにした料理店であることをシェフが分かり始めたと語った。

ゴールデンウイークのランチタイム。ダイニングはほぼ満席で、ほとんどのテーブルが年配の方々。人生の先輩が肉の塊に舌鼓を打つ姿は、すでに都心のレストラン以上に成熟したシーン。ヨーロッパのレストランにいるような楽しい錯覚もあった。

「セジール」とは、フランス語でつかむという意味だ。なぜ「セジール」にしたのか、新保さんに聞きそびれてしまったが、「丑」という漢字が指で締める様子を現す象形文字だと、以前林修先生の番組で解説していたのを思い出し、そんな関係もあるのかなと想像した。
でも個人的には、心臓をわしづかみにされるぐらいの感動と意味づけたくなった。

「セジール」
●滋賀県草津市追分南5-11-13
●077-561-3329
●11:30〜14:00LO、18:00〜21:00LO
●水曜日、最終火曜日
posted by 伊藤章良 at 16:25| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月01日

6月2日にアップいたします

いつもご愛読いただきましてありがとうございます。
著者の伊藤章良さんからは原稿をいただいているのですが、
管理人が体調不良となり、アップを明日6月2日までお待ちください。

申し訳ありません。よろしくお願いいたします。

管理人より

posted by 伊藤章良 at 16:17| Comment(1) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

今月はお休みさせていただきます

いつもご愛読ありがとうございます。
著者海外出張のため、今月はお休みさせていただきます。

次回更新は6月1日です。

よろしくお願いいたします。


posted by 伊藤章良 at 10:39| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

(111)大阪「anju sachi」

切り盛りするのは超美人な店主がひとり。
祖母の技を継ぐナチュラルな韓国料理の店

深夜のグルメ番組を見ていたら渡部建さんがゲストで、変わった調理法や珍しい料理を出す地方の店を紹介していた。そして渡部さんは、そんな料理人のことを「彼らは変態なんですよ」と言った。

SNSの中のごく一部の人たちが、変わった調理法や珍しい料理を出す地方の料理人を「変態」と称している様子を目にしたことがある。でも、おそらく視聴者の90%以上は変態=犯罪者との認識だろう。しかも、いかにも犯罪者のような料理人の写真までテレビ画面に登場していた。

ただ、ぼくがもっと驚いたのは、そこに同席していた老舗料理雑誌の編集長までもが、かぶせるように「ど変態ですよ!」と叫んだことだ。正しい日本語を扱うことが仕事の編集者が、公共の電波で変態という言葉の及ぼす影響を考慮しないものなのだろうか。かくして、たまたま一緒にテレビを観ていた母が、「この人って変態なの?」とぼくに聞いた。

変わった調理法や珍しい料理って、昨年スペインを訪れても感じてきたが、すでに過去の潮流である。というか、一瞬にして模倣され一般化し、今や単なる化かし合いのようにも見える。「変態」ではない優れた料理人は誰も、そんなことを極めようとか勝負しようと思っていない。ぼくも純粋に、おいしい料理が食べたいだけである。しかも、体によいものなら、さらに嬉しい。

大阪で、まさにその言葉にぴったりくる店と出会った。「anju sachi」という。大阪梅田から徒歩圏。関西では著名な神社、お初天神横の雑居ビルにて女性が一人で営む韓国料理店である。

ぼくは自ら選ばないジャンルの一つに韓国料理がある。特に東京の大久保界隈で乱立するそれらの店は、どの店も同じ味、どの料理も同じ味に感じてしまう。最初の一口は強いインパクトながら、添加物やうま味調味料の大量投与にて、早々に食欲が失せる。もちろんそんな店ばかりではないことも認識している。しかし、自分の舌の記憶あるのは、ほとんど同類ばかりだ。

ところが大阪は本場。底力が違う。一瞬にして魅力に取り込まれた。
「anju sachi」店主の大山佐知さんは、つい先日までメインは主婦だった。お子さんが手を離れたのを機に、一念発起して念願の料理店を持った。そこには、自分が大好きだったおばあちゃんの味を、きちんと残したい、再現したい強い気持ちだけがある。彼女の舌の確かな記憶に、確固たる技術力が加わり、極めてシンプルながら、今までほとんど口にしたことのない陶然とする韓国料理に仕上がっていた。

最初に出されたスープの衝撃、そして自然な食材の味をきちんと残したナムル。韓国らしいピリ辛の方向に振れても、そこに今までぬぐいきれなかった抵抗は感じない。韓国語でジョンと呼ばれるピカタのような皿。愛あふれる母の味だ。と、この辺までがセットとして提供される。
小さな店で、すべてが手作りなので、メニューは多くない。さすれば、今日あるものはすべていただいて帰ろうと、そんな気になった。

添加物まみれのものしか食べたことのないチャプチェは、ここではまるでサラダのようだ。酢の物に含まれた辛みに朝鮮半島の主張を感じ、ホルモンの処理もさすがである。キムチは一週間漬け込んだというが、未だシャキシャキでみずみずしいものの、きちんと発酵途上の香りがまとう。メインとして用意されるのが「茶美豚のスペアリブ」。スペアリブと呼んでしまっては説明のつかない奥深い味わい。相当満腹状態ながら、骨の周りまでくまなくガッついた。

さらに膝を打ったのは、こんな料理だからこそワインとのマリアージュを楽しませてくれる。焼酎やマッコリといった主張の強い酒である必要がない。

ところで佐知さんは、一部に浪速のジェニファー・ロペスと称されるぐらいの美人である。確かに、こんなお母さんだったら息子はドギマギするかなあと思いつつのスタートだった。ところが、途中から全く気にならなくなってしまった。
色気より食気のぼくなので、あまり説得力がないかもしれない。でも、料理にすっかり心を奪われ、自分の中にはほとんどその記憶しか残っていないのだから、仕方がない。

「ワインと韓国料理 anju sachi」
●大阪府大阪市北区曽根崎2-5-22日宝パティオ曽根崎4F
●06-6362-0037
●17:30〜21:30LO
●日、月休
●要予約


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2018年03月01日

(110)台北「漉 海鮮蒸氣鍋」

極寒の東京を離れて春の陽気の台北へ。
この時、この場所でしか食べられない鍋を求めて

2018年の2月も台北に行ってきた。
ぼくの中で、この時期台湾に行くのが毎年のキマリのようになっている。
その理由は二つある。
一つは、2月の台湾は大変に気候がいい。特に東京の極寒に比べすでに春の陽気。凍りつきそうな日本を抜け出し、つかの間の暖かさにひたる幸せ。
そしてもう一つは、この時期しか食べることのできない台湾特有の鍋料理があるからだ。

台湾には未だ日本でほとんど見ることのない鍋料理がいくつもある。そういった鍋の店は、冬の間、旧正月の期間中も含めて休まずに営業し、春夏の期間はすべて休業といった営業形態をとる店が多いのだ。さすがに台湾の夏は暑く鍋料理を食べる気分にならないからだろう。ゆえ、この時期を狙って飛ぶのである。

日本にはない鍋料理の数々を毎年堪能、といきたいところだが、実は英語も通じないローカルな店がほとんど。意外と予約の段階からコミュニケーションには苦労が絶えない。

今回の台北も、新たに発見した鍋料理店を目指すことにしていた。
「漉 海鮮蒸氣鍋」という。Facebookページがあるので予約のメールをした。もちろん中国語はできない。中国語翻訳サイトで中文を作り送付し、戻ってきた文面を改めて翻訳にかけ確認する。ところが、いくつものサイトを使って翻訳しても訳が異なり、予約が取れたのか確証できない。結局中国語の分かる友人に最終的に教えてもらわざるをえなかった。

この鍋料理、実は香港発祥のようだが、アッという間に台湾でも脚光を浴びた。きっと瞬く間に日本にもやってくるに違いない。もちろん料理も素晴らしい。でも、そんな手があったか! と膝を打ちたくなるほどオペションが斬新なのである。

自分たちは日本から予約を入れたものの、店まで行ってみると長蛇の列。予約のない人たちが並んで順番を待つ姿に、予約時の苦労がしのばれる。
台湾らしい、魚介の生け簀を観ながら店内へ。テーブルの真ん中がクリ抜かれ大きな鍋が入っている。熱源はIHだ。まずはその鍋にスープと米が投入される。その上に穴が無数にあいた薄い鉄板を載せる。薄い鉄板の上に食材を置き最後に大きな耐熱ガラスの蓋で完全密閉する。IHで鍋を温めると、スープからの蒸気で鉄板の食材に火が通る。それを独特の酸味の利いた醤油タレに付けて食べる。
蒸された食材から出た貴重なダシは、余すところなく穴から下に落ち米の入ったスープと混ざる。様々な食材のエキスが滴り落ちつつほとんどアクもない完璧な雑炊を最後の〆でいただくという趣向。

生け簀から新鮮なエビが運ばれてきた。最初に蒸されるのはエビ。スタッフはIHを操作し「フォー ミニッッ」と言って去っていく。4分待つと戻ってきて圧着してあったガラスの蓋を開けると、そこにはきれいなピンク色に蒸し上がったエビが山盛り。
香港の海鮮料理店に行くと、アミューズとして最初に出される蒸しエビ。まさにアレだ。熱い熱いと叫びながら殻をむき、フルーティで塩味とのバランスに優れた酸が持ち味のタレにつけ、一気にほうばる。ウマイ。これは止まらない。

一瞬にしてエビがなくなる。貝類が、今度は野菜共に鉄板へ。蒸しあがった瞬間、様々な香りが混ざり合って食欲中枢をさらに刺激する。オリジナルのタレは野菜にも程よく合う。

肉も、豚と牛の二種類が2回に分けて載る。豚肉はしゃぶしゃぶ風に、一方牛肉は豆苗とともに蒸し豆苗に巻いて食べる中国風の仕上げ。こうして同じ肉類でも小さな工夫だけで違った料理として君臨する。
メインはハタ。香港でいうガルーパで高級食材である。香港の海鮮料理店でもメインで一匹まるまま登場するが、ここでは切り身。あっさりとしながら弾力やうま味もあり、蒸すことでさらにプリプリ感が増す。

なんとも大量な陸海食材のオンパレードながら、あっさりと食べることができ、あっという間に胃袋へと吸い込まれていく。そしてラストの雑炊。
ただこの雑炊だけは、最初からスープに特徴的な味付けがされていて、各食材から滴り落ちたエキスがそこに隠れてしまった印象がして残念だった。

それにしても、調理場もシェフも不要。IHの特別な鍋がマストだが厨房設備はいらないので、設備投資もさほどではないだろう。調理はすべてIHが完璧にこなし、スタッフは緊張を強いられることがなく、逆にそれがのびのびと個性も発揮できて楽しい。

アイデアと工夫さえあれば、こうして新しい料理や料理店が次々と生まれてくる。いっぽう日本は、伝統的な技術や徒弟制度に頼る分、爆発的なアイデアが生まれにくい土壌なのかもしれない。
「漉 海鮮蒸氣鍋」、大賑わいだが一人の日本人も見かけなかった。ただし、店に美しい日本語のメニューがあることに驚いた。すでに日本もターゲットなのか。日本進出は、すでに彼らの青写真に描かれてるのかもしれない。

「漉 海鮮蒸氣鍋」
●115 台北市南港區經貿二路188號B棟3樓
●+886 2 2785 1995
●11:00〜15:00、17:00〜21:30
posted by 伊藤章良 at 22:24| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

(109)青山「ナリサワ」

日本酒とのペアリングで驚愕した
世界的シェフの変遷と進化

1995年オープンというから、もうすでに20年以上前。
今でこそ普通のことなのだけど、フランスで長く修業した料理人が日本に戻ってダイレクトに自分の店を開くのは、当時はまだ珍しかった。
齋藤壽氏、見田盛夫氏など、フランス料理の論客がこぞって待ち焦がれ、訪問して絶賛した成澤由浩シェフの「ラナプール」は、東京でも横浜でもなく、小田原の早川にあった。

遅めのランチタイムに予約を入れ東海道本線に乗ってゆっくりと移動。早川の駅から海に向かって歩く。小さな可愛らしいレストランだったが、シェフ渾身の料理はものすごい「圧」があり時間もかかる。その間にワインも進む。会話はさらに弾む。夜のディナー客が来ていて初めて日が暮れていたことに気づく。21世紀の今はもう、そんなレストランには出会えないだろうと、ふと寂しくなる。

その後成澤シェフは、南青山の大きなビル横に移転。確か「 レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」と、ご自身の名前がついた。もちろんオープンすぐ訪問、往年のスペシャリテ「いちごとフォアグラ」等も食べることができたが、あの港町の風景とは様変わりし自分の中でのギャップを咀嚼できずにいた。

その後も快進撃が続き、すっかり都心の最高級フランス料理店として定着。ポッと出てきた評論家に「女を落とせる一皿」との意味付けでテレビ紹介され、来店してその皿しかオーダーしない客が増えて困ったと聞いた。まあそんな具合なので自然と足は遠のく。その後「ナリサワ」とシンプルに店名を変更、炭酸水メーカーによる世界のランキングでも日本のトップとして騒がれた。そしてさらに興味が失せてしまった。

聞こえてくる料理への感想は、もはやフランス料理ではない、あれは和食だ。というもの。日本でもっともフランス本国に近かった早川の「ラナプール」は、どこへ行ってしまったのか。もうあの感覚は甦らないのか。個人的な感傷に苛まれるも、予約の取りにくい大変高額な店でもあるので、自分の中での訪問意欲はますます下がっていった。

ただ、やはり当代一流のシェフである。テレビに出ていても誌面で何かを語っても、絵になるし他を圧倒する。そんなある日、自分より一回り以上若いのにキチンと友達として付き合ってくれる和歌山の蔵元から、「ナリサワ」に行ってみたいんですけどご一緒しませんか、というオファーがあり快諾した。予約はもちろん自分から取った。その際、和歌山の蔵元と伺う旨も伝えたところ、アルコールは日本酒とのペアリングを強く勧められた。
すでにフランス料理ではないと聞く成澤流を、日本酒の蔵元と共に日本酒ペアリングで楽しむ。すばらいお膳立ては整った。

訪れた「ナリサワ」は、自分の記憶の中の空間よりもずっと小さくこぢんまりしていて、ここに世界中から客が来るなら、そりゃ席は取れないよなあと嘆息。ダイニングはすでに半分ぐらい埋っていたが、奥の団体客は、スタッフと英語で会話しそれをガイドらしき女性が中国語圏の言葉に訳している。左側は青い目のカップルだ。

料理が始まった。
幕開けは、いわゆるスペインでいうピクニック。屋内にいながら野外でのびのび育った食材のそばへと一気に旅立たせるイメージづくり。パンまでも客席で熱を入れて仕上げると凝りように、自分の気持ちがざわめき始める。
その後は、日本料理なのかフランス料理なのかスペイン料理なのか、もはや理解不能。もちろんいい意味でだ。というのも、すべて間違いなくおいしいけど、
仕上がりがいたってシンプルなのだ。うずらは焼鳥のようで、ふぐは白子鍋のごとく、すっぽんは照り焼き色に輝いて……。知っている和食がこんなにおいしかったのかと一口一口気づかされる喜び。分かりやすく素材の個性を残し少しだけ最適な味付けを加える。日本のフランスのという以前の料理の基本だし、気の遠くなるような辛抱強い仕事がここにあった。

ソムリエなのだから、もちろんワインの専門家だろう。しかし、いったいどれだけ日本酒を勉強し体験してきたのだろうかと舌を巻いた。それはまさに若き蔵元との一騎打ちだったのかもしれない。そこそこ日本酒通だと自負していたぼくも、ほとんど知らない、知っていてもそんな飲み方をしたことがないラインナップ。
毎年酒を醸して今や誰もが知る人気ブランドまで育て上げた男との対峙である。彼が首を振るところも、あまりの合致にうなだれる姿も、見守るぼくは愉快極まりない。まったく物怖じをすることのない挑戦的なソムリエの姿勢に感服だ。

さて、メインの肉料理となった。成澤シェフ曰く、これだけはフランス料理の手法で作りましたと自ら語る。日本酒は何を持ってくるのだろうか。ぼくたちの興味は極限まで達し予想合戦まで始まった。そして、なんとそこは滋賀の不老泉。水があふれんばかりに豊富で、イノシシ、熊等のジビエの名産地である琵琶湖の周りで醸された酒こそ、肉に合わせる唯一の日本酒ともいわれる。最後の最後は教科書通りなのか。何というピュアで納得のいくエンディングだろうか。

こうして「ナリサワ」でのディナーは終わった。
もちろん成澤シェフのフランス料理が好きで好きで、早川に通った一人である。でも、今までここに足を運ばなかったことを後悔してやまないほど、進化し続けるシェフの存在を感じた。そして、シェフの変遷と呼応するように広く深く突き進むソムリエの頼もしさも併せて。

日本人にフランス料理のすばらしさを伝えた第一人者である故見田盛夫さんとも、何度も「ラナプール」にご一緒した。
今、「ナリサワ」の料理に見田さんが接したなら、なんといわれるだろうな。帰り道、そんなことを考えながら空を見上げた。

「ナリサワ」
●東京都港区南青山2−6−15
●03-5785-0799
●12:00〜13:00(LO)、18:30〜20:00(LO)
●日月休
posted by 伊藤章良 at 13:46| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする