いとうあきら イベントの企画・運営・演出を本業とするも、無類の食べ歩き好きが高じて“食べ手”の視点で店や料理を紹介。過去の書き手になかった大人の切り口で飲食への愛情を示した。著書に『東京百年レストラン(T〜V)』。

2022年01月01日

noteに移動しました

あけましておめでとうございます

いつも本サイトをお読みくださり、ありがとうございます

「新・大人の食べ歩き」は「大人の食べ歩き 第3章」として

以下のサイトに移りました。引き続きお読みいただければ幸いです

https://note.com/otonatabearuki/n/n1d6ba0ab1cfe

今年もよろしくお願いいたします




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2021年12月01日

(152)大阪「大阪食堂スタンド そのだ」

大阪的“ネオ”な魅力に
ほれぼれする大衆食堂

ぼくは、大衆食堂について、それなりに思い入れがある。テレビ番組のレギュラーで百年以上続く全国の食堂を取材させていただいたのもきっかけの一つ。だが、その中で切実に感じたのは、大衆的であるがゆえに大きく儲かるわけではなく、繁盛してもあとを継ぐ後身がなかなか見つからないなど、課題は山積なのだ。欧米諸国やアジアなど世界中どこを探しても、大衆食堂のような形態は見つからず、日本の食の基本である一汁三菜をミニマムに実現する文化的な空間としても価値が高いはずである。

いっぽう、ネオ横丁やネオ酒場がブームとなっている昨今、"大衆"というコンセプトや立ち位置がキーとなり、単なる居酒屋や定食屋では終わらない魅力的な、そして酒場的な食堂が生まれている。その草分けが2016年大阪で創業した「大衆食堂スタンドそのだ」だろうか。つい先ほど東京五反田にも店舗ができ話題となっているが、オーナー園田崇匡氏によると、系列の中華料理店も合わせるとすでに十数店舗全国展開していると聞く。

創業の店は、大阪の空堀商店街にある。この店の場所を谷町六丁目と案内されているのを見ると、ああ地元の人が書いたものではないなあと感じる。それぐらい空堀商店街は大阪では際立っており、新旧が入り混じって上手に発展する魅力的なストリートなのである。

空堀商店街は、谷町筋と松屋町筋間を横につなぐ路で、「そのだ」は真ん中ぐらい。白地に黒文字でそのだと染め抜かれたとても大きな暖簾が目を引く。その清廉さを引き継ぐかのごとく、広いコの字カウンターに収まった店内は、客席も厨房もとても清潔だ。テレビの仕事で全国の食堂を訪ねたとき、ディレクターから必ず厨房内も取材してくれと要望されたが、ほとんどは、老朽化とともに汚れもたまっていて、中にはテレビカメラが入ることに躊躇するようなところもあった。しかし、それはある種の大衆に許される特権のように思う。いっぽう、現代に移したとき、清潔さがまずは差別化のポイントになると、「そのだ」に入った時、最初に思った。

続いては記号化されたメニューだ。といっても、難しい意味ではなく、キャッチーで、できるだけスタッフの説明が不要な工夫だ。「アンチョビ煮卵ポテトサラダ」「セロリナンプラー漬け」「メキシコきゅうり」と並ぶと、ほいほいと注文してしまう。「チャーシューエッグ」と「チャーシューエッグス」があり、誰もがエッグスは卵が二個だと気付く。東京の酒場に学んだというシソ味の「バイスサワー」には生バイスも。そこには三杯までとの注釈が付くので意味を問うと、三杯までしか提供できないのではなく、三杯を越すと飲みすぎるので注意という意味だそうだ。こんな優しさもネオならではだろう。

最も大阪的なのは、厨房内三人のホレボレする手際の良さだ。基本的な作業分担はされているが、それ以上に誰が調理し、誰がサービスし、誰が次の仕込みをするとは決まっておらず、次から次へと三人が食堂内すべての仕事をこなしていく。全員が愛想よく客やスタッフ同士で声を掛け合い、全員が客の注文を把握している。狭い空間でもすぐに役割分担をしてしまうケースを散見する東京の飲食店と大きく異なる。また、ラーメンと焼きそばとナポリタンにすべて同じ麺を使うなど、食材の効率も考慮されている。

こうして、ネオな大衆食堂・大衆酒場としてのアイデアや特徴や新規性が、近くのその辺の店で妥協するのではなく、「そのだ」まで客が目指すきっかけとなっているに違いない。もちろん、厨房の皆さんが織りなす臨場感とともに、提供される料理のおいしさは、確実に後を引く。なんとなく食べきれなかった、メニューのチョイスに納得がいかないような感覚があるのだ。そんな気持ちがリピーターとして回を重ねる動機となるのだろう。こんな潔い心憎い戦略にハマるのもまた愉しい。

大阪食堂スタンド そのだ
・大阪府大阪市谷町六丁目3-7
・11:00〜22:30(LO)

*本サイトでの新・大人の食べ歩きは今月で終了いたします。次回からはnoteにて続けて発信していきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
posted by 伊藤章良 at 12:16| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月01日

(151)小樽「群来膳」(くきぜん)

小樽までわざわざ食べに来たい。
旅行の悦びがあふれ出る卓越した鮨

北海道でいくつかのレストランを回ってきた。
評判の店、志の高い料理人に接すると、いずれもが北海道産の食材や乳製品、ワインを積極的に使い、丁寧に愛情込めて説明する。毎度、気持ちは動かされるが、実際に食してみると、乳製品はヨーロッパのものに比べてまだまだだし、北海道産の食材と訴えられても、東京で出会う北海道産のものと大きく違うとまでは感じられない。流通の大幅な進歩があり料理人側も目を皿のようにして新規の生産者や食材を探している。供給サイドもより高く売れる方へと流れるのはやむを得ない。なので「ああ、北海道に来てるんだなあ」というしみじみとした実感は、食事に関してはなかなか湧きあがらなかった。

ただ、例外がないわけではない。一つは厚岸で食べた厚岸産の「カキえもん」だ。当然価格は東京の5分の1ぐらい。カキそのものが段違いに分厚く感じられ、まさに唸るような生命力にあふれる。そして北海道らしさ、というかここでしか食べられないと強く思った料理は、やはり鮨だった。過去に北海道、特に札幌でも鮨を食べる機会は多かったが、そのほとんどは江戸前を向いていて、鮨種や仕事ぶりは東京と変わらず。旅行者があえて行くところではない気がしていた。ところが小樽の「群来膳」は違ったのである。

群来とはくきと読み、ニシンが産卵のために海岸に押し寄せるさまをいうらしい。北海道以外であまり見かけないものの、北海道でポピュラーな言葉なのかどうかは詳らかではない。小樽観光名所の一つ寿司屋通りに「群来膳」がある。各店、大きな看板やノボリなどを出して観光客を誘致するが、ここは米穀店のような質素な外観。北国特有の防寒のための二重のエントランスが、さらに印象をシンプルにしている。

ところが店内は一変。木目を強調したガチガチの高級鮨店というよりは、サロン的な寛ぎを作り上げていて、店主の佇まいもまた、若手の職人に多いぎらつきはなく穏やかに店内と調和している。

お酒の突き出しとして出された海苔の佃煮を一口。お酒を誘う格別の香りと食感に、思わず店主の顔を見てしまう。そして、店名にもちなんでいる生のニシンのにぎりは定番に違いない。小骨処理の苦労話を聞きながら、まずは北海道の洗礼を受ける。続いて生のアワビ。江戸前ではいかに上手にアワビを蒸すかで腕を競うが、「北海道の鮨は生なんですよ」と堂々たるもの。鮨に限らずアワビ自体生で食べた経験は少ない。
コリコリした硬さに勝るフレッシュさは噛むほどに旨味を増し、口の中で火入れする感じだ。

もっとも感銘を受けた一つがほっき貝。苫小牧の名産とは記憶にあったものの、サイズ、色艶、下処理の技術、味付けのどれをとっても経験したことのないおいしさ。貝類の品質は輸送距離に反比例するのかとここでも考える。根室港の4隻の漁船でしか獲れないという釣りのキンキ。釣りだからこそ鮨種になる品質だ。良質の脂をさらに意識ずるよう小量の香辛料をてっぺんに添える工夫。キンキの脂と融合する香りが鼻腔を次のステージへと導く。さらに、まだ解禁前だったが、たまたま網にかかった秋しゃこ。しゃこ祭りまである小樽の名産をこの時期にありつけた幸運に感謝。まさにエビとカニのいいとこどりのような贅沢。

ここまで東京で食べる鮨と違う鮮度や形、信念に裏打ちされた技に出会えると、ああ旅行っていいなあとしみじみ嘆息する。まさにミシュランガイドが唄う「そのために旅行する価値のある卓越した料理」なのだろう。

最後に、この店のオリジナル、小樽で醸した日本酒は、「群来膳」の鮨には少し甘口のような気がした。これこそ旅行者のわがままに違いないのだが。

「群来膳(くきぜん)」
http://kukizen.jp/


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2021年10月01日

(150 )広尾「サンチーロ」

近所のお店でありたいと願う
すでに風格漂うイタリアンの新星

関東圏に限ると思うのだけど、広尾のタワーマンションのコマーシャルでの壮年の男女の会話で、「なにかうまいもんでも食べて帰ろうか」「私も今、そう思ってた」というシーンがある。広尾で、なにかうまいもんでもと思い立っても、予約なくそんな店にたどり着くのは幻想でしかなく到底不可能なのが今。会話にリアリティがないなあといつも感じている。

と、言いつつ、広尾のレストランの登場である。この店も、フラワーデザイナーの妻への、オープン記念の祝花注文が、知るきっかけだった。ご依頼は「San Ciro」とアルファベットの屋号だったので、この店はきっと三四郎なんだなと思っていたら、予約の電話の際に、サンチーロですと言われた。シェフの赤津達郎さんが、チロとの愛称で呼ばれていたからだと、のちにご本人から伺った。三四郎かと思いましたよと言うと、含み笑いをしていたので、その意図はあったのかもしれない。

お花を届けて帰宅した妻から、すごく流行りそうな素晴らしい立地で、店主も良い方だったよと聞きすぐに見に行ったら、何やら厨房機器の故障で7月いっぱいは営業できないとの貼り紙。場所としては広尾の外れで明治通りから少し入った辺り。お店の入口に至るまでのスペシャル感は相当高い。遠くからは全体がほとんど見えない小さなビルの1階。新築で入居したようで、こんなすばらしい物件との出会いもあるものだ。しかも2階以上は事務所仕様で飲食店ではないという。

店内はカウンターメイン。1卓だけ4人掛けのテーブルがある。基本赤津シェフのワンオペで、時々仲間が手伝いにくるといった陣営。オープン早々ゆえ少々ばたつくのかなあと思いきや、飄々としてソツがない。前菜は、あらかじめ仕込んだものと火入れした料理を巧みに組み合わせ皿の隅々まで盛り付ける。パスタなど、いつゆでていたのかと思うくらいのタイミングでさっと出てくる。アルデンテの加減も完璧だ。シェフのスタートは「イル・ボッカローネ」で、その後忙しいイタリアンバルにて苦労をされたご様子。本当に久しぶりに「カルボナーラ」を食べた感じがした。オーソドックスな部分はきちんと押さえていて「サン・チーロ」らしい工夫や個性もところどころに光らせる。

もう一つ加えたいのが、こういった隠れ家に最適な、着かず離れずの接客と豊富なお酒の知識である。シェフは寡黙のようで笑顔を絶やさず、料理やワインの説明も端的で的確。特にワインは、ご自身の信頼するインポーターから自分の好みを忠実に揃え、抑えられた値付けもありがたい。

最後に、これは、いい意味で捉えたのだが、店内が少々雑然としている。オープン間もないのに、すでに2〜3年を要した感じの居住まい。カウンター上など、やたらにモノが多いのだ。店主が予想していたより収納スペースがなかったのかもしれれない。こんな隠れ家にて愛を語ろうとするお口説き系に向くかというと意外とそうでもない。店主曰く、ご近所さんに通っていただける店にしたいとの願いは確実に近隣には届き、間違いなく愛されると思うのだが。

「サンチーロ」
東京都渋谷区広尾5-1-32 St Hiroo 2 1F
・050-5570-5199
・12:00〜14:30(LO14:00)
18:00〜翌0:00(LO23:00)
・月、第2、第4日休
*コロナウイルスの感染状況により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。
posted by 伊藤章良 at 23:59| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月02日

(149)恵比寿「中國菜 李白」

**はじめに。著者は締切内に原稿を送ってくれていたのですが、諸事情により、誠に勝手ながら今月は2日のアップとなりました。事前の告知ができずに申し訳ありません。今月は超新店の紹介です**

7月にオープン。果てしなく興味が広がる
期待の四川料理と点心の融合

恵比寿三越の閉店で、すっかり静かになって人通りもまばらな恵比寿ガーデンプレイス。いまだにシャトーレストランやウェスティンホテルは残るものの、巨大なTSUTAYAはすでに家電量販店となり、三越はスーパーマーケットに変貌するとのこと。今後、この辺りの様相はどのように変わっていくのだろう。とはいっても、飲食の面では東京の一等地でいまだに人気も高い。今秋には「ピータールーガーステーキハウス」の東京店が華々しくオープンするようで、目が離せないエリアではある。

そんな恵比寿ガーデンプレイスのすぐ横。路地を入った突き当りの小さなスペースに飲食専門のビルができて、そこの1階に入ったのが「中國菜 李白」だ。オーナー佐藤剛さんは代々木上原「虞妃」にて腕をふるっていた。ご承知の通り、代々木上原はモダンチャイニーズの良店がひしめく注目の場所。「虞妃」は、ひたむきな探求心と調味料まで自作する凝り性な心意気に魅せられ何度か訪れており、恵比寿の新しい店の情報も比較的早く入手。ここは流行るという予感もあり早々に予約を入れた。

小ぢんまりとした店内だが恵比寿らしく個室もあり、ランチョンマットやグラスにも李白とロゴが入るこだわりで、やはり佐藤シェフらしいなあと感じていた。ところが、佐藤シェフは店主としてサービスを担当し厨房は男女2人(実はご夫婦)に任せるオペレーションでやってみるつもりですと、店に入るなり話された。

おや、代々木上原のイメージを継続しながら来店したぼくには、多少の違和感は否めない。そんな表情を見て気づいたのか、実は厨房の男性は「飄香」で四川料理を学び、奥様はウェスティンホテルの「龍天門」にて点心を修めたというのだ。そんなご夫婦と佐藤シェフとの最大瞬間風速的な出会い。コロナ禍だからこその奇跡なのかもしれないし、とならば、厨房は任せてみようという決断も首肯できる。

詩人であり書を愛した李白にちなんで、最初の料理は”筆”だ。なかなか素晴らしい趣向なので詳しくは書かない。点心のコースもあるがベースは四川料理。塩味ではなく辛味で食欲を増進させるアプローチに、この布陣なら当然ながら、まずは一流を感じさせる。

面白いのは、四川料理と点心の融合だ。スープの中に大きな餃子を浮かせてあり、日本料理のしんじょうの椀のように、少しずつ崩しながら食べる。点心を四川のソースと絡めてある皿は、紅白の美しい姿も相まって新鮮だ。もちろん佐藤シェフが「虞妃」で試みていた、隅々まで行き届く味のバリエーションもきちんと顔を出していて、ディレクターとしての仕切りも万全と感じる。温かいデザートとして最後を飾ったエッグタルトも重厚で個性的。店の名物として独り立ちさせたいと熱い想いも伺った。

〆は、担々麺だったり麻婆豆腐だったり。定番メニューとして分かりやすく、この店ならではの特徴も出しているが、スタッフの顔ぶれを見れば、さらに「李白」らしい垂涎の一皿が、これから登場することに期待したい。

店を動かす3人それぞれの能力が半端なく、個々の力や思いが拮抗すれば、将来的には少々危うい感じも、老婆心ながら想像してしまう。しかし、これからどんな新たな展開が待っているか、興味は果てしない。客は、そんな緊張感もテイストに加えて愉しむことのできる稀有な空間だと思う。

「李白」
●東京都渋谷区恵比寿3丁目30−12 MercuryEBISU1F
● 03-6721-9210
●11:30〜14:00(LO)、18:00〜20:30(LO)(木〜月)
●火、水休
*緊急事態宣言に伴い営業時間の変更もありますので店に直接お問い合わせください。
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2021年08月01日

(148)神宮前「シンシアブルー」

シンシアの石井シェフが描く
魚をテーマにしたサステナブルなフレンチ

食の世界でも、最近SDGsを耳にするようになった。SDGsとは、2015年に国連サミットで採択された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」のこと。全世界に波及・浸透しつつある努力目標で、大企業はそこにビジネスチャンスを見出そうとの動きもある。国連の採択よりずっと以前から、持続可能なレストランを紹介し続けてきたぼくにとっては大変喜ばしい後押しだ。SDGsは17のテーマに分かれていて、前半は飢餓、貧困、不平等などをなくそうといった発展途上国を支援する内容だが、後半には、環境や気候変動、エネルギーについてもいくつか設けられている。

少し前に他界した北山智映シェフがreーfishというコンセプトを訴えてから、未利用魚を積極的に使い調理する場に何度も立ち会ったし、スペイン南部のレストラン「アポ二エンテ」でも、未利用魚を含めた様々な魚をジャーキーにして提供する試みを体験してきた。多様な料理人から、食材に関する気づきを自分の料理哲学とする活動が生まれていたことも感じていた。そして今、さらにSDGsがもたらす影響や機運が高まる中、14番目のテーマ「海の豊かさを守ろう」にのっとって多くの料理人が気持ちを一つに立ち上がったことを知る。

その組織「Chefs for the Blue」の理事を務め、チーム中心人物のお一人シェフ石井真介さんは、2020年9月、ご自身が営むフランス料理店「シンシア」に続き、組織の名前を使って新たな店「シンシアブルー」を原宿にオープン。場所は、原宿駅竹下口から線路沿いに代々木方面に進み、道なりに右に曲がってすぐのビルの2階で、他にも多数の飲食店が入っている様子。ビル全体や店のエントランスの印象から、もう少し大きな店を想像したが意外と小ぢんまりしていて、コロナ禍もあって席数を絞っているので、かなりゆったりしている。

「シンシアブルー」は、このご時世でも影響の少ないテーブルブッフェスタイルを採用。始まりは10種類程度の前菜とゴハン。続いてメインとなる皿。訪問時は「シンシア」のスペシャリテ、魚介のパイ包み。その後、お腹の具合に応じ最初の前菜とゴハンを何度でもオーダーできるという流れ。ちなみにパンは一種類のみ。

つまり「シンシア」と比較すると、前菜、〆のゴハンは数的に絞られるものの決して不足感はなく、メインが一皿だけなのと多品種のパンがないという違いのようだ。原宿らしくクレープを使ったり、特徴的な魚のカルパッチョを出したりするなど、独自の嗜好も出している。そして何よりも全面に打ち出されるのが、「シンシアブルー」としての「海を豊かにする」取り組みだ。

訪問時は、全メニューに肉は一種類のみ。使用する魚は、海洋管理協議会や水産養殖管理協議会等で認定のものとメニューに明記。さらに、元電通という異色の仲買い・長谷川大樹氏が扱う、水揚げされても魚河岸に並ぶことのない未利用魚も積極的に使う。長谷川氏の場合、自ら神経締めをして出荷するので、魚としてのクオリティは抜群に高く、その旨もすべてサービススタッフが実際の魚を見せつつ説明をする。日常的に扱わない素材の調理は苦労も伴うと想像できるが、初めて食べる魚がフレッシュでとてもおいしいことに客は驚くに違いない。

ワインもグラス中心でオーダーしやすく、いっぽう、前菜をつまみにしたワイン愛好家にも受け入れられるような飲み放題も設けられ、メニュー以外からも提供いただくことができる。

おそらく客のターゲットを変えているので、「シンシア」と「シンシアブルー」の比較はあまり意味がない。ウェブやレビューで散見されるミシュラン一つ星の味をお手軽に、みたいなフレーズにも、石井シェフの主張を知る人には違和感がある。何より、カジュアルでなじみやすい空間にて、これからの若い食べ手に対する食材とおいしさの啓蒙。将来を見据えたサスティナブルな視点は頼もしく、これからも不変の継続を願うばかりだ。

「シンシアブルー」
・東京都渋谷区神宮前1-23-26 JINGUMAE COMICHI 2F
・03-6434-0703
・12:00〜14:00(土日:11:00〜14:00)、17:00〜22:00
・月休
※情勢により、営業時間が変更になる可能性があるので店舗でご確認ください。
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2021年07月01日

(147)広尾「創和堂」

渋谷の居酒屋界をリードする名店が
仕掛ける西洋流の粋を感じる2号店

2018年、渋谷警察署裏に登場した「酒井商会」のことは、オープン直後にこちらで紹介し、その後超人気店となってしまった。修業先だった「並木橋なかむら」のすぐ近くの物件には恐れ入ったものの、酒井英彰さんの人柄と、修業先のオーナー中村悌二さんの懐深さを物語るウインウインの展開だ。

そして、約1年前にオープンした2号店が今回取り上げる「創和堂」。「酒井商会」からグッと席数を増やし厨房を充実させ、随所に想いが散りばめられた感がある。「酒井商会」という飲食店としては異色な、一度聞いたら忘れられない店名から、人の和を創りたいとの願いをストレートに込めた真面目なメッセージを冠したところにも惹かれた。

「創和堂」の立地には、元々「武生」という居酒屋があった。皆が驚くらしい看板のない扉や入って左側のカウンター席も、構造は以前と変わっていない。だが、酒井さんがこの物件と出会ったとき、少々無理をしてでもここでどうしてもやりたいと考えた経緯は、すごく分かる気がする。「武生」の時には感じなかったのに、入った瞬間から、ここはアメリカで出会えそうなダイニングなのではという既視感があった。入って左側のカウンターでは食事を出さずウェイティングだけに徹していて(バーとしての利用は可)、そこから奥のダイニングの様子は全く見えない。スタッフがドアを開けると、想像以上に広い空間が広がり、奥には入店時は予想もつかなかった大きな窓もある。まさに日本人の意識を凌駕する西洋的なもてなしだ。実にかっこいい。酒井さんはハワイ料理の「アロハ・テーブル」にも在籍されたと聞くので、そんな時代に身に着いたウエスタン感覚なのだろう。

もう一つ響いたのは、「並木橋なかむら」へのオマージュである。入った瞬間、そしてカウンターに陣取って顔を上げたタイミング。いずれも「なかむら」との酷似を感じた。カウンターだけではなくテーブル席や個室の扱いなども意味付けが修業先に寄り添っている。もちろん安易なコピーではない。西洋流のもてなしとともに、酒井さん自身で咀嚼した「なかむら」をやりたかったんだと納得する。様々な客にくつろいでいただくため中村門下すべてに通じる個性ともいえようか。

さらに「並木橋なかむら」で特筆すべき点の一つが、まるで強豪サッカーチームのような鮮やかな連携だ。大声を掛け合うことなくスムーズに動ける均整の取れたチームワーク。それが「創和堂」でも完成されている。常に眼前で同じスタッフが接客してくれる安心感。主担当が他で動いていてもスッと補完のメンバーが人懐っこい笑顔を見せる。予約時電話応対の丁寧さにも感心したし、カウンター内のスタッフも、着かず離れずながら小さな一歩を踏み込んでくる対応が、過ごす時間の充実度合いを倍増させた。

残念なのは、むしろ客側だろうか。ぼくは、「バール・ボッサ」や「高太郎」をはじめとする中村悌二さん門下の店にはたいてい顔を出しているが、「創和堂」の客層は比較的若い。しかも、体に張り付くようなジャケットに細身のパンツといったいでたちばかりを見ると、ホイチョイプロダクションの「やれる店」を想起してしまう。スタッフと軽口をたたいて店のとつておきを引き出しつつ店全体の空気感を愉しめる大人の客は少なく、かっこいい店に来ている自分がすごいと力んでいる人たちが多い気がして、少し寂しい。

料理は総じて、1号店「酒井商会」の延長にあり、中村門下のスペシャリテといってもいいシューマイやハムカツなどは当然必須アイテムだし、酒井さんの出身地である九州の食材が並び、それを九州出身の料理人が捌く。

さらに印象的で「なかむら」とちがうのは、厨房の真ん中にて常に赤く燃えている炭火だろうか。ふとした拍子に視界に入る強烈な炭火の色は、調理の原点を思わせるパワーを秘める。客のざわめきがぼくにとって少々不本意であっても、炭火の灯りが自然に気持ちを落ち着かせ、食欲を増進させるのだ。いうまてもなく「創和堂」の炭火焼きメニューはすばらしく、ここでの新たなスペシャリテとなつている。

2019年後半以来、海外のレストラン体験がてきなくなってもうすぐ2年になる。しかも、次に普通にいつ行けるのか予測がつかない。和食の店である「創和堂」で一瞬感じた西洋が、ぼくにとって小さな救いとなったことを付け加えておきたい。

「創和堂」
●東京都渋谷区広尾1丁目12−15
● 080-8040-4822
●コロナ禍中の休業日、営業時間は店に確認してください。
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2021年06月01日

(146)人形町「アルス」

4月にオープンしたばかり。
感性と技術が交錯する納得のコース料理


レストランを文章で表現するプロに限らず、気になる料理人の動向を追っているファンは多いと思う。いわゆる「推し」に近いものかもしれない。存在を知って何10年にもなると、自らのエイジングとともに相手も円熟味を増し、様々な挫折や経験から皿の上の作風も重層味を帯びる。

いっぽう、雇われシェフとして働き、独自の個性で絡んでくるオーナーと闘い、己の料理を磨き貫きながらその日に備え、晴れて独立開業を果たす若い世代からも目が離せない。この連載でも、コロナ禍の中新たな船出を決断した勇気あるレストランを意識的に取り上げている。今回も、2021年4月にオープンしたフランス料理店「アルス」にスポットを当てたい。

「アルス」のシェフ、高木和也さんを知ったのは、表参道にあったフランス料理店だった。高木さんは初めてシェフとしてこの店を任され、自分の料理を描かんと奮闘していた。その時出会ったフォワグラがすばらしいなあと舌を巻き、このフォワグラの処理は、どこかで食べたことがあるとも感じた。なんとなく尋ねると「レフェルベソンス」で修業をしたという。確かにこの美しいフォワグラの料理は、「レフェルベソンス」で出された皿に近い。しかも「レフェルベソンス」は生江史伸シェフのポリシーから、店でのフォワグラの扱いをやめてしまった。つまり、ここでしか食べられないという事実に、少し興奮した。

高木さんは、もう一軒神宮前のレストランでもシェフを務め、その後しばらく厨房から離れてコンサルティングを経験。雌伏して機を待っているのだと感じたぼくは、静かに朗報を期待していた。

高木さんがオーナーシェフとなる新しい店は、なんと日本橋蛎殻町だった。最寄り駅は人形町。高名な「玉ひで」を右手に見ながら進むと程なく見つかる。周りは予想したよりずっと静かで人形町というよりは、日本橋オフィス街の延長だ。

高木シェフは、ありそうでない、フレンチの2業態を小さなダイニングにぶち込んだ。4人掛けテーブル2卓では、過去に在籍したオザミグループでも仕込んだビストロ料理をアラカルトで。奥のフルオープンキッチンに面したカウンター4席では、過去にシェフとして提供してきた路線の発展形をコースで。当時からスペシャリテだったフォワグラとパイ包みはマストのようである。この複雑なオペレーションを、元「レフェルベソンス」門下の若い男性と二人でこなす。

雇われシェフ時代から顔を出していた、アミューズのパテバーガー。焼いたパテを挟んだ小さな一口サイズだが、パテドカンパーニュを焼くという型破りだが決して無謀ではない仕掛けが、料理人としての彼を頼もしく思う一面だ。

高木さんはもう一つ。新橋の「ラ・フィネス」でも働いて、多大な影響と薫陶を受けている。そこで習得した、かっちりと輪郭を際立たせた塩加減に、フランス料理らしさを求める五感が震えるのだった。

カウンターのコースは税別一万円。デザート2品を含め、詰まりに詰まった内容ながら、たいしたものだと脱帽する。フルコースを一万円で出すという縛りを設けて料理を組み立てる作業は雇われシェフ時代からのポリシーだった。あくまで想像だが、高木さんの腕ならもっと価格を上げられると考えるオーナーと一万円にこだわるシェフとのせめぎ合いが、ずっと彼の中での軋轢や挫折となっていたのではないかと。ゆえ、金額を聞く前から、コースは一万円だと確信を持っていた。

ビストロパートについては、まだメニューを読んだだけに留まっている。豚足ガレットや焼きブーダンノワールなど垂涎の皿に加え、カレーやドリアまで散見する。禁酒法が解除されるのを首を長くして待とう。

さて、ぼくは大変歴史のある食雑誌「味の手帖」で、「100年つづけ」という連載をいただいて2年が過ぎた。タイトルのごとく、どちらかというと何代も続く料理店を取り上げるとこが多かった。だか、ちょうどこの連載がアップされる2021年6月1日と同日発売の「味の手帖」でも、「アルス」を紹介させていただいた。雑誌媒体とweb、ひとりメディアミックスへの試みである。


「アルス」
●03-6810-9610
●東京都中央区日本橋蛎殻町1丁目11−9 マガザン人形町 1階
*緊急事態宣言中の営業時間は直接お問い合わせください。

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2021年05月01日

(145)本郷三丁目「canade」

予約電話の対応から始まる高揚感。
料理とホスピタリティが満点の新鋭イタリアン

「かなで」と言えば、令和3年の今は「3時のヒロイン」を思い浮かべる。圧倒的人気を誇る女芸人トリオ「森三中」をもしのぐ勢い。ネタも面白いしツッコミに冴えがあるし、芸人としてオンナを捨てつつ品がある。ちなみに「3時のヒロイン」とは、女の子はみんな、おやつの時間はヒロインだという意味らしい。トリオ名も3人のキャラクターにぴったりだ。中でも向かって右のかなでさんは、クラシックバレエ歴10年というから、太った体躯で奇声を発してもダンスはキレキレで、単なるお笑い芸人の域を越えている。

さらに最近、ぼくにとって目が離せなくなった「かなで」は、本郷二丁目にあるレストラン。久しぶりに東京のイタリア料理の域を越えていた。
「canade」は、2020年12月に池田光寿&美穂夫妻がオープンしたばかりの新鋭。最寄り駅は東京メトロ本郷三丁目。自著を編んでくださった出版社があるので何度も訪れているものの、目的の店の界隈は全くの不案内。東大のお膝元である本郷とは異なるイメージの落ち着いたレジデンスエリアだ。

お店の紹介に入る前に、予約の際のマダムの電話応対がとても素晴らしかった。チャーミングなお声なので、どんな方だろうかと想像しながら向かった。そして、美声を裏切らないすばらしい対応で迎えられ席に着いた。お店自体は、つい先日まで別のレストランでした、との様相は否めない。だが、マダムのキャラクターが、ぐいっと新たな「「canade」に導く吸引力も備えていた。シェフとソムリエール、ご夫妻の砦は、カウンター9席とテーブルが1卓。こんな時期ゆえカウンター全席を埋めてはいない。しかし、メニューを見ると手の込んだ料理が並ぶので、これをお2人で仕切るのはかなり大変なのではと、最初に感じた。

ところが、メニューを決めワインを相談し最初の一杯が注がれたころ、このお二人はとんでもない熟練工なのではないかと感じ始めた。ご夫妻とも相当な修業と鍛錬を積んで、満を持してここに集結した、そんな印象なのである。シェフは悠然と立ち、静かに最短距離で厨房を動き、瞬間最大風速で鍋を振る。調理はすべて一人でこなすが、慌てる、いや急ぐ様子もないのに、次々と的確に出来上がってくる。マダムは、すべての客の皿の状態、飲料、そして顔の表情に目が行き届き、寸分の見落としもなく丁寧にサービスを施す。

安堵感という言葉がふさわしいかどうか。オープンしたてなのにすでに5年ぐらい営業を続けているような力加減が、最初から心地よかった。シェフの料理人としてのスタートは広尾時代の「アロマフレスカ」というから、キャリアはすでに相当な歳月だし、経歴としての”引き”も強い。しかも静岡のご実家は料理店で、しばらくそこで料理をしつつ再び東京に戻り、東京のレストランで改めて研鑽を積んでのオープンという慎重派。マダムも広尾の「ビスポッチャ」におられたとか。東京イタリアンの変遷を巧みに渡りつつ、泳ぎ疲れることなくこの場所にたどり着いた。

実はぼくは、シェフが東京での開業を前に広尾「ボッテガ」の厨房に少しおられたとき、穏やかでにこやかな姿を眺めつつ、この方が独立したら追っかけようと決めていた。「ボッテガ」にはカウンターの店での働き方を学びたくて手伝わせてもらったと聞いた。すでに自分の店舗の青写真は出来上がっていたのだろう。

ぼくは元々「アロマフレスカ」やグループ出身の料理やサービスが好きなのだが、その中でも師匠の持つ美しい表現力を明確に受け継ぎ、素材の扱いにイタリアのエスプリやオリジナリティを見い出し、裏切らないおいしさを記憶に残す。前菜からプリモ、セコンドまで、どこかが突出してしまうイタリア料理店が多い中、満遍なく高いクオリティを保ち、皿の温度にもブレがない。緑の野菜がどっさりと盛り込まれただけのパスタでも、修業先すべての英知を注ぎ込んだシェフの生真面目さがうかがえた。さらにマダムのワインのチョイスとアドバイスが的確で安価。こんなにストレスなく楽しくワインを選んだのもしばらくぶりかもしれない。

若くして独立する料理人は、それなりに話題となり技量が褒め称えられるケースも多い。ギラつきがあって頼もしいが、客側も温かい目というよりは、なんとなく構えてしまう。いっぽう「canade」は真逆。ご夫妻ともずっと料理やワインが大好きで、長期にわたってイタリアで学び、やはり東京でお店をやりたくて身の丈に合う物件を本郷に見つけた。それゆえ、燈火が灯った瞬間から愛に満ち溢れている。こんなレストランこそ、一日でも長く続いてほしいと願う。

「canade」
・東京都文京区本郷2丁目31−3 二木ビル 1F
・070-3843-8393
*緊急事態宣言下の営業については店に確認してください。
posted by 伊藤章良 at 10:55| Comment(0) | イタリア料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月01日

(144)広尾「レストラン オカダ」

10年の年月が作り上げた
フランス料理好きが唸る料理と空気感


広尾界隈は大好きな場所のひとつ。頻繁に散歩している。メインの商店街は、派手な暖簾やネオンに囲まれたわかりやすいチェーン店が並ぶ一方、少し脇に入ると広尾らしい品のある秀逸なレストランがポツポツと佇んでいる。「レストラン オカダ」も確かにそんな中の一軒で、オープン当初から何度も前を通って、吸い込まれそうに素敵な半地下の入口にいつも魅了されていた。だが、気になりつつも訪れる機会がなかなか到来しなかった。

ぼくの妻はフラワーデザイナーで、店舗を持たず受注ごとに仕入れに行き、自ら現場まで運び活ける。もしくは、制作した花束やアレンジメントを指定先まで届ける仕事をしている。新規オープンの際エントランスを飾る祝花の依頼も多いので、どこよりも早く新店情報が入り、ニヤリとすることもしばしなのだ。

そんな妻に、「レストランオカダ」10周年を祝うお花のオーダーがあった。驚愕した。あの店は、もう10年も広尾の一角で輝いていたのか。少し慌て気味のぼくは、すぐに予約の電話を入れた。ということで、3か月連続でのフランス料理店紹介である。

レストランのスペックにはほとんど興味はないのだけれど、「レストラン オカダ」の岡田宏シェフは、西麻布にあった「ラ・フェドール」で日本での修業を始めたことは知っていた。ぼくはこの「ラ・フェドール」がものすごく好きで、ぼくのフランス料理に対する愛着にも多大な影響を与えたレストランだった。「ラ・フェドール」の田村良雄シェフは、その後軽井沢に「エルミタージュ・ド・タムラ」を興し、軽井沢レストランの草分け的な存在。後進にお店を譲られたと聞くが、ぼくが以前お手伝いをした軽井沢での食フェスでも参加をいただいた。岡田さんは、「エルミタージュ・ド・タムラ」の立ち上げにも参画し、その後渡仏したという。

フロアを担当する木村伸也さんは、伝説の店、原宿にあった「オーバカナル」の出身。お二人がどのように出会ったのか詳しくは存じ上げない。でも、長年の東京のフランス料理好きにとって、このスペックは、どうしても書いてしまいたくなる気持ちをお許しいただきたい。

階段をトントンと降りた半地下に入口があり、小さなウェイティング風のカウンター席。そこからフラットにつながってテーブルが幾つか。この小空間に、ぼくは震えるぐらいのフランスのエスプリを感じた。店の全体を大きく占めるも木目の存在感は、10年を積み重ねて、お店の方々や客がコツコツと塗り固めてきたものかもしれない。

メニューはプリフィクスと呼ばれるアラカルトの中から前菜やメインをチョイスするオーソドックスでわかりやすいスタイル。価格は固定されていて、食材によってはプラスとなる明朗なものだ。こうなるとすべて食べてみたくなる。その上ででき上がった皿の想像がつかないものから選ぶことが多かった。ところが最近は、仕込むのに手間がかかっただろうなあとか、ベーシックなメニューをどれだけシェフご自身の料理にされているのかという点にも興味が出てきた。

「レストラン オカダ」のメニューには、すべて産地が明記されている。そのほとんどが国産で、しかもその食材が土地の名産かどうかはあまり関連性がないようだ。おそらくは、お店からの「和」と「見識」の主張と受け止めて、素直にのっかることとする。

まずは「スープ・ド・ポワソン」。フランス料理店のメニューにスープがあれば、頼んでみるようになった。健康も考えてと言いたいが、ひと皿多く注文できるかなというのが本音だ。もうひとつ、日本料理の椀の持つ意味や重要度をフレンチでも経験したいとの気持ちもある。口当たりよくなめらかで香りのバランスも技巧的。汁物に対する造詣の深い日本人ならではともいえようか。

シンプルなサラダ類も、ドレッシングのオリジナリティを求めてオーダーする。ところが、ドレッシングだけではなく、一緒に添えられた魚介類やソースの下ごしらえが入念で、サラダという名の重厚感が多方面に増していく

「鴨モモ肉と豚足のガレット」は、鴨というより豚足の魅力が最前線だ。ガレットに仕上げ鴨肉をつなぎに使うことで、豚足を上手に化けさせる。ここまでおいしく豚足が食べられると、高額な食材の価値を見失いそうだ。

10周年の節目に、というか、やっと10年目に訪れることのできた気負いなのか、木村さんのフレンドリーな接客にも関わらず、少々普段通りではない自分を感じていた。「ラ・フェドール」以来の年月が駆け巡るアップダウンに息切れしたのかもしれない。広尾の町角に息吹く小さな小さなフランス。そこにやっと触れることのできたぼくは、さあ次はいつ来ようかとばかり考えながら帰路についた。

「レストラン オカダ」
●東京都渋谷区広尾5-17-11
●03-5475-152
*コロナ禍の営業時間に関しては店にお問い合わせください
posted by 伊藤章良 at 09:00| Comment(0) | フランス料理 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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